14 洗脳がとけた王子は超優良人材!?

 


「あら、ジルだわ」


 二人がさらに歩いていくと、宿舎や倉庫など建物が並んでいるエリアに到達した。そこに大きな木箱に備品を詰めているジルベールがいた。隣には青年がいてジルベールを手伝っているようだ。


「エリン!また会えたね!」


「そりゃ会うだろう」


 パッと顔を輝かせるジルと対照的にリュドヴィックは冷めた顔を見せる。


「エリン、彼がマークだよ。彼を王立騎士団に派遣することに決めた」


「こんにちは。すごく嬉しいです!頑張ります、よろしくお願いします!」


 ジルベールに負けないくらい表情が明るい真面目そうな青年だ。年齢は十七歳だという。


「マークはドラゴン使いとしても優秀だけど、剣の腕も立つ。王族の警備にも関わらせたいから、訓練の合間に学園にも通わせたいんだけどどうだろうか」


「もちろんよ。学費の手続きをするから書類を回してくれる?」


 ジルベールの問いにエリンは即座に許可を出して、リュドヴィックに「リュド、後でこれも説明するわ」と小声で言った。


「あ、ありがとうございます!しっかり勉強させてもらいます!」


「王都での生活は来月からになるけれど、明日ひとまず手続きにマークを王都に連れて行くよ」


「わかったわ。頑張ってねマーク」


「お役目、誇りに思います。ありがとうございます!」


 マークは姿勢を正し大きく礼をすると木箱に物を詰める作業に戻った。どうやら斧を詰めているようだ。それを見てリュドヴィックは質問をする。


「この荷物は?」

「王都のルロワ騎士の武器が摩耗してきたから補充。明日手続きついでに運ぶよ」

「国から武器の補助は出ないのか?」

「支給されるけど斧はルロワ製が一番だから。警備の仕事は剣を使うけど、訓練ではルロワ騎士は斧を使うんだ」


「ルロワの男は屈強だからね!斧が好きなの!」


 エリンが明るい声で割り込んできて、リュドヴィックは今日出会った男たちを思い出す。マーク含めて皆がっしりとしたガタイだった。目の前にいるジルだけはすらりとしているが。


「私は剣派なんだ」


 リュドヴィックの心の声を読み取ったのか、いつもそんなことを質問されているのか、ジルベールは涼しい顔で言った。


「だから王の警護を任されているのよね」


「ふん……ところでこの木箱はドラゴンで運ぶのか?」


「それ以外に方法が?」


 ジルベールはリュドヴィックに対していちいち嫌味な返答をする。


「エリン、私は明日の朝にはマークと一緒に発つよ。だから今夜は一緒に食事をしてもいい?いいよね?」


 先程までの声と打って変わってエリンには甘えるような声を出す。


「僕の妻だ」


 エリンに抱きつこうとしたジルベールをリュドヴィックがべりべりと引き剥がした。




 ・・




 その夜、リュドヴィックは不機嫌だった。


 結局ジルベールがごねたので、夕食の席にはジルベールとマークもいたからだ。


「お嬢様の前だと人が変わると言うのは噂で聞いていましたが、本当なんですね」とマークは笑顔を作りながらも若干引いていた。


 この島の騎士にとって王立騎士団に派遣されているジルベールは憧れの存在なのに、そのイメージが崩れてしまったら……エリンは心配になったが本人はそんなことは全く気にしていないらしい。


「もうお嬢様ではなく、奥様だ」


 そうやっていちいちリュドヴィックが反応するから、ジルベールも余計にわめく。

 ジルベールが帰りたくないとごねるのを「この館の主人は僕だ」とリュドヴィックがなんとか追い出した。


 追い出した後に「話がある」と言われたのでエリンは自室には戻らず応接間でお茶を飲むことにした。目の前にはむっつりと黙っているリュドヴィックがいる。


「あの男は君のことが好きなのか」


「そうね、ずっと妹のように育ってきたし」


「そういう意味じゃない。恋愛として、だ!」


「それはないわ。生まれてすぐに私のお母様が亡くなったから、住み込みでこの館に働いていたジルのお母様が代わりに育ててくれたの。妹として育ったから」


「そうだろうか」


 もしかしてやきもちを焼いてくれているのだろうか。拗ねた顔をするリュドヴィックが可愛らしくてエリンは小さく笑う。


「そんな可愛いお話のために今夜は一緒に過ごしてくれているの?」


「ち、ちがう!」


 エリンの小さなからかいに顔を赤くしたリュドヴィックはどもって咳払いをする。


「事業内容について相談だ。どれが使える案になるかわからないからな。日々思ったことを報告しよう」


「それ最高!今日は何か気づいたことがあった?」


 エリンは思わず拍手して身を乗り出した。


「あのいけすかない男が斧を木箱で運ぼうとしていただろう。あれはどれくらいの重さまで耐えられる?」


「そうね、ドラゴンの種類にもよるけど今日の木箱の大きさなら斧ニ十本は入りそうだったわね」


「逆に言うとそれ以上は運べないか……」


「運送業を考えていた?」


「ああ。人を乗せられなくとも荷物は運べるだろう。過去に検討したことは?」


「検討したことはあるわ」


 エリンの返事にリュドヴィックは残念そうな顔になる。すぐに思いつくことならブルーノやエリンでも思いついただろう。


「でも父の代では積極的に動いていたわけではないし、過去に検討したからといって諦める必要はないわ。ドラゴンは船や馬車よりもずっと早いから絶対役に立つと思ってる、馬だと二日かかる王都への移動が二時間もあればつくんだから」


「うん。ドラゴンと運送は相性はいいと思う。一つの柱として考えて行こう。過去に検討したものと断念した理由を教えてくれるか」


 真剣な表情になったリュドヴィックにエリンは小さく頷いて話し始めた。


「まずこないだ話した、人の移動手段として使う方法。こちらは誰も乗りたがらないからといって却下。


 次に荷物運送。他領や王都への工業品や農作物の運送を検討したけど、出荷する量が多くて一気には運べないのと、急ぎで送らないといけない物ではないから、とあまりいい返事はもらえなかった。


 それなら逆に軽い物をと思って、手紙や小包の配達業も考えたの。それぞれの家に届けられたらと思ったけれど、王都は建物がぎっちり並んでいるでしょう。ドラゴンには合わないし、人が配るスピードと結局あまり変わらないのでは?と言われてしまった」


「なるほど」


 話を静かに聞いたリュドヴィックはお茶を口に含んだ。「人の移動手段に関しては、僕も積極的に乗りたいとは思わないから一旦やめておこう」



「そうね」


「でも荷物運送に関して諦めるのはもったいないな。打ち出し方を変えるだけで、使いたいと思う人はいるはずだ。そうだなあ。


 ドラゴン運送のメリットはまず『早さ』特に長距離なほど助かる。それから『安全性』だ。

 運送業と大きく銘打つのではなくて、まずは限定した使用方法を打ち出そう。大量の荷物を運ぶのも、狭い範囲への配達も合わない。


 長距離かつ軽い物に限定するんだ、ドラゴン速達便」


「長距離で軽い物……?」


「王都から各領地への重要な書簡だよ。

 今は早馬を走らせているけど、重要であるほど早く届けたいし、従者は危険を伴う」


 エリンには全く思いつかなかった案だ、国の中心で貴族に令を出す立場となるリュドヴィックには必要な場面が何度もあったのだろう。


「ドラゴンならその日のうちに遠くの領地でも届くし、安全だ。空を移動するから狙われることもほぼなければ、ドラゴンに乗るのは屈強なルロワ騎士だ」


「訓練騎士たちの出番ね!」


 エリンはワントーン高くなった声で叫んだ。


「そうだ。領地のどこかにはドラゴンが着陸する場所くらいあるだろう。宣伝文句を『早さ』と『安全』に限定して、重要な書簡や荷物を届ける仕事を始めよう」


「でも、場面を限定してしまうのはなんだかもったいないわね」


「ひとまず、だ。とにかく王都の人間はドラゴンと縁がない。ドラゴンを使うという発想が全くないんだよ。ドラゴンが荷物を運びますと言われても夢の話だと思うし、馬や船があるから取り入れようとも思わない」


「ドラゴンをおとぎ話だと思ってるからどんなものか想像がつかないのね」


「王子の頃にドラゴンが荷物を届けられると知っていたなら、国として依頼したかった。騎士団にドラゴンは常駐しているのにどうして今まで思いつかなかったのかと思うよ」


 リュドヴィックは残念だ、という顔をしてみせた。

 なるほど。エリンが思っている以上に人々にとってドラゴンは遠い存在らしい。具体的な案を示さないと冗談だと思われるのか。

 今まで父が王都の貴族に提案しても相手にされなかった理由も頷ける。


「まずは使い方を限定して売り出して、実際に使ってもらう方がいいだろうな」


「早速やりましょう!」


 具体的な方法は何も決まっていないというのにエリンは立ち上がった。ポジティブなエリンの欠点はせっかちなところだ。


「まあこれだけでは人もドラゴンも余るから、他の柱も考えないといけないけど」


「そうね、でもまずはこれよ!行動あるのみ!早速話をしにいきましょう」


「待って、誰に?君はツテがあるのか?」


「ないわ。でもリュドにはあるでしょう?」


 先程まで生き生きとしていたリュドヴィックだが、途端に自信のない顔に変わる。


「ないよ、僕は追放された身だ。追放されてまだ数日。王城には戻れないよ」


「王子としてのコネじゃないわ、あなたには洗脳仲間がいるじゃない!優秀なね」

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