13 小さな島の主の元王子様

 


「まさかドラゴンに乗るのが怖い男がルロワの新領主様だなんてね!」


 美しい顔で嫌味を並べるのはもちろんジルベール。エリンの前に乗ったリュドヴィックは相手にすることなく、いや相手にする余裕がない。

 三人を乗せた二匹のドラゴンは人や建物、木々にぶつからない範囲の低空飛行を続けている。


「ジルいい加減にしなさいよ。王都の人はドラゴンと縁がない生活を送ってきたの」


「だから私は言ったんだよ、島の男から選んだら?って。私のように王都にいる人間ならこの島に新しい風を吹かすこともできるよ」


「ドラゴンに乗るのが怖いくらいの感覚の人を求めてたからいいの!」


 びゅうびゅうと風で声は流れていくが、エリンは言い返した。


「そんなこと言ってる間についたわ!ほらリュド、ここがルロワ基地!」


 湖を南下し、小さな森を抜けたところにある広大な土地がルロワ基地だ。

 エリンの声にリュドヴィックがこわごわと目を開けると、立ち並んだ建物のすぐ上を通過したところだった。その建物たちをエリンが「ここは宿舎や本部よ。あれは倉庫」と説明する。

 建物が途切れた先には何もない平野が広がり、そこにはたくさんの男たちとドラゴンが見える。――訓練しているのだろうか。

 その頭上を通過し、最南の灯台のふもとに二匹のドラゴンは着陸した。


 ジルベールとエリンが飛び降り、リュドヴィックも後に続く。ドラゴンの乗り降りだけは、乗馬の経験を活かせるのでかなり自信がある。


「お嬢!」


 リュドヴィックが優雅に降りることができた!と心の中で自画自賛しているとその場に砂埃が舞立つ。

 マシューやジルベールのドラゴンよりも大きい緑のドラゴンから大柄の中年男性が降りてきた。

 顔には大きな傷があるガッシリした体型のひげ面男で、ラフなカッターシャツとスラックス姿だ。



「ヘイデン!」

「もしかして彼が新しいルロワ領主か?聞いてるよ、結婚したって。よろしくな!」

「リュド、彼はルロワドラゴン騎士団の団長のヘイデンよ。」

「リュドヴィック――リュドヴィック・ルロワだ。よろしく頼む」


 リュドヴィックは本来の外面の良さでなんとか青白い顔を隠した。

 ヘイデンはリュドヴィックの手を両手でがっつりと握り、白い歯を見せて豪快な笑顔を見せた。


「リュドヴィック・ルロワ――……」

 響きにショックを隠せないジルベールだけが暗いオーラをまとっている。


「お、ジルもいるじゃないか。またサボってお嬢に会いに来たのか」

「失礼な。私は今回はちゃんとお役目があるんですよ」

「珍しいな。それでお嬢、今日は?」


「ヘイデンに新領主の挨拶と、リュドにこの基地を知ってもらおうかと思って。ちょうどジルが帰ってきていたから案内してもらうわ」


「そうか!ゆっくりみていってくれ。そういえばブルーノが逃亡したって本当か」


「残念ながら本当よ、父の行方がわかったら教えてちょうだい」


「エリンも苦労するな」


 ヘイデンは苦笑いをした。「あいにく俺は今日は忙しいんだ。ジル、案内は頼んだぞ」


 ジルベールはむくれながらも頷き、ヘイデンに書類を渡した。


「団長。王立騎士団から騎士補充要請があります。マークがいいと思うのですがどうでしょうか」

「マークは王立騎士団に憧れていたから喜ぶだろうな」

「では後で声をかけます」

「うん。俺も話しておく。じゃあ俺は行く。またな」


 返事を待たずにヘイデンは緑のドラゴンに豪快に飛び乗り、すぐに去っていった。


「この島の人間は忙しいな」

「ね、バイタリティーに溢れてるでしょ。早く仕事をさせてあげたいわよね」




 ・・



 ジルベールは真面目な男ではあるので、基地の案内はしっかりと行ってくれた。ある程度案内し終えると、新しく王立騎士団に加わるらしいマークに話をしにいくと去っていき、エリンとリュドヴィックは二人で基地を歩いている。

 ドラゴン島の基地はどんなものだろうかとリュドヴィックはあれこれ想像を膨らませていたが、王都にある基地とそう変わらずごく一般的な物に思えた。


 二つ違う点がある。一つはドラゴンがいること。何匹ドラゴンとすれ違ったかわからない。


「あのドラゴンは背中がトゲトゲしているな。背中に乗れるのか?」


 そしてドラゴンにもいろいろな種類がいることに気づいた。

 エリンのマシューのような童話の挿絵にいそうなドラゴンだけではない。首から背中にかけて二列に板のような物が並んでいるドラゴンや、毛がびっちりと生えているドラゴンまでいる。


「背中にトゲトゲがあるドラゴンはスケリキンゴドラゴンという種類なの。気性も荒くて戦闘向き、人を背中に乗せずに単体で敵に向かっていくわ」


「ドラゴンには種類がいくつかあるんだな」


「そうよ。明日はリュドのパートナーを探すためにドラゴンの森にいきましょうか。鳥のような小さなドラゴンもいるのよ」


「ふうん」


 すれ違うドラゴンを観察するリュドヴィックをエリンはじっと見た。

 リュドヴィックは高所恐怖症でドラゴンに乗ることが怖いだけで、ドラゴンそのものに対しては恐れや拒否反応はない。ブルーノが今まで王都の人間にドラゴンとの共存を進めても詳しい話を聞いてくれないことの方が多かった。リュドヴィックの姿勢はやはり好感が持てる。


「彼らにはそれぞれに合った仕事がきっとあるはずなのよ」


「それにしても協力的なんだな、ここのドラゴンは」


「ずっとそうして暮らしてきたみたい、何百年も。そしてそれは火山のおかげでもあるのかも」


 エリンは北の方角を見た。遠く離れた場所にいても、山の頂のブルーは見える。

「火山のおかげ?」とリュドヴィックが質問した声は「お嬢!」という大きな声に遮られた。


 二人が声がする方を見てみると、若い騎士たちが何人もこちらに向かって駆け寄ってくるのが見える。


「新領主様は、元王子って本当!?」

「王子を捕まえてくるなんてお嬢どんな手を使ったんですか」

「うわ、本当に王子様だ!」

「見たことあるのか?」

「いやないけど、ほら童話の中の王子みたいだ」


 リュドヴィックが言葉を発する前に、あっという間に二人は何人もの騎士に囲まれ話が盛り上がっている。あの事件を知らないのか皆友好的にリュドヴィックに話しかける。


「よろしくお願いします、リュドヴィック様!」

「ああ、よろしく……」


 元気よくハキハキとたくさんの男が名を名乗り、リュドヴィックに笑顔を向けてくる。それは王子の時に向けられた笑顔とは違う気がした。

 リュドヴィックが面食らいながらも一人ずつ丁寧に挨拶するのをエリンは黙って見ていた。


 しばらく彼らに囲まれて輪の中にいたが、年長の騎士が現れて


「お前らサボって何しているんだ。戻るぞ!――お嬢に、新領主様!はじめまして!結婚式でのお披露目を楽しみにしていますね!」

 と若い男たちを連れてあっという間に去っていった。



「本当にこの島の人間は忙しい」


 彼らの背中を見ながらリュドヴィックは小さく呟いた。

 これがリュドヴィックから見た王都の騎士団と異なるもう一つだ。

 何度か騎士とすれ違ったが、皆気さくに話しかけてくる。ここでは、貴族と平民の壁があまりない。


「王子時代はこんな風に話しかけられたことはなかった?」


「ああ、そうだな……」


 エリンのストレートな質問にリュドヴィックは素直に頷いた。


 視察で王立騎士団や基地を訪れたことが何度かある。

 騎士団の幹部が恭しくリュドヴィックをもてなし、団員たちは整列して彼を迎えた。訓練の様子は見させてもらったが、あんなふうに雑談を交わしたことはない。


「嫌だった?」


「嫌ではない。これくらい垣根がない方が民の声も聞きやすいだろう」


「ふふ、リュドはルロワ領主に向いているかも」


 元々国を治める立場だった人に、こんな小さな島の領主が向いているだなんて失礼だったかしらとエリンは口を抑えたけれど。リュドヴィックは「そうだろう」と胸を張った。

 その表情にエリンは、手で隠した唇が笑みに変わるのを抑えられなかった。

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