15 ペアルックパートナー

 


「洗脳仲間って……」


「ああ呪術だったっけ。どちらでもいいけど、聖女に洗脳された人たちのこと」


 洗脳仲間、嫌な響きである。

 あまり触れられたくない話題なのかリュドヴィックは渋い顔でお茶をすすった。


「だって私にはたいしたツテがないし、まあちょっとは顔が効くお父さんは行方不明、リュドは追放されてる」


「改めて並べると酷いな」


「事業を始めるなら権力がある貴族、そしてできれば王都で影響力がある人、がいいでしょ」


「それはそうだ」


「だから、洗脳仲間よ!彼らは将来有望な若者。でもって学園を卒業して、あなたと違って立場を追われていないでしょ」


「そうらしいな」


「彼らはきっとリュドに負い目があるわ。今、王都でまともに話を聞いてくれる立場がある人は彼らだけよ」


「それも……そうだな。私は罪人だから」


 リュドヴィックは窓の外を眺めて小さなため息をついた。

 初めて会った日から聞いていなかった「私」だ、とエリンは思った。王子としての自分と追放された後の日々をまた思い出したのかもしれない。

 エリンは立ち上がると移動してリュドヴィックの隣に腰かけた。そして背中をとんとんと優しく叩く。


「なんだこれは」


「悲しくなっちゃったかと思って」


「なってない!」


 よかった、顔を赤くして文句を言うリュドヴィックはいつものリュドヴィックだ。

 エリンは今度はバシッと力強く叩いた。


「そのうち貴族たちから、なんなら王からだって、力を貸してくださいって言わせるわよ!あなたはもうリュドヴィック王子ではないけど、リュドヴィック・ルロワとして成功すればいいだけなんだから!」


 エリンはリュドヴィックの手を取って立ち上がった。リュドヴィックもつられて立ち上がる。


「そう、だな」


「過去を気にしてる暇はない!前進あるのみ!今は洗脳された仲間たちが優秀だったことに感謝する、それだけ!」


 静かな夜にエリンの元気な宣言が響いた。リュドヴィックは苦笑いではあるが口元を緩めた。


「早速仲間たちに面会を打診しましょう!ちょうど明日ジルが王都に帰るから手紙を届けてもらうわよ!」


 今夜は遅くまで眠れなさそうだ。沙汰が下されるのをじっと待っていた夜とはもう違う、これからは進むだけだ。リュドヴィックはそう思った。




 ・・



「一番の問題はこれだな」


 火山の麓、ドラゴンたちの住処でもあるブルーフォレストの入り口にやってきたリュドヴィックは観念したように呟いた。


「仕方ないわね、王都にはドラゴンで行くしかないから」


 エリンの頭には馬車で一日かけて王都に行くという選択肢はないらしい。

 リュドヴィックが今までドラゴンに乗り続けた時間は長くて十分。王都に行くには二時間は空にいないといけない。

 半分抗って、半分諦めた気持ちでリュドヴィックはパートナーを探しに来ていた。


「王都まで一人で乗るのか」


「私と一緒に乗ってもいいけど。一人で乗る方が安定すると思うよ」


「今後も王都に交渉には何度も行かないといけないだろうし必要なんだろうな……」


「そうよ。じゃあ入りましょうか」


 リュドヴィックはもう十分も森の前でブツブツウンウン唸っている。せっかちなエリンにしてはよく待った方だ。しびれを切らしたエリンは先に森に足を踏み入れることにした。重い足取りでリュドヴィックもついていく。


 一歩入ってみると、リュドヴィックの知っている森とは少し雰囲気が違った。

 ひんやりとした空気が肌を刺して冷たい空気が胸に入り込む。目の前には広がるのはうっすらと青い森だった。

 背の高い――五メートルはあるだろうか――木に囲まれている。なるほど、空から見た時に何も見えなかったのは、これだけ背が高い木々に囲まれていたからか。

 木々は日光をさえぎりあたりは薄暗い、そこにキラキラとした青い光が舞っていて神秘的だ。この光が森全体を青く染めているのだろう。

 光る石たちに囲まれている人工的に作られた小さな小道をエリンは歩いていく。リュドヴィックは辺りを見渡しながらエリンについていった。


「この光は?」


「火山の影響なのか、この森はいつも青い光が雪みたいに降っているの」


「美しいな」


 どこからか水の音が聞こえてくるだけで、あとは二人が踏みしめる土の音だけだ。

 入り口が見えなくなるくらいには歩いたがこの静かな森に百匹近いドラゴンがいるとは思えなかった。


「木の上で休んでいたり、もっと奥にいるわ」


 エリンが上を見上げて、リュドヴィックも同じ動作をするが木は高すぎて良く見えない。


「どこに……」


 リュドヴィックが目を凝らしてみようとした時、彼の後ろの木々の合間から一匹の黄色いドラゴンが顔を出した。


 エリンのパートナーのマシューに比べると少し小さく、短い毛が身体中を覆っている。大きすぎる鳥に見えるほどだ。前足にもびらびらとした大きな羽が並んではえている。

 ドラゴンはゆっくりと歩いてくるとエリンの身体に頭をこすりつけた。穏やかな緑の目はリュドヴィックを見つめている。


「リュール、元気そうね」


「君は全員の名前を憶えているのか」


「大体はね。この子は甘えん坊だからいつもこうして寄ってきてくれるの」


 エリンが背中を撫でてやるとすりすりと頭を揺らす。確かに人懐っこいドラゴンだ。


「そうだ、リュドヴィックのパートナーはこの子はどうかしら?」


「人が好きなのにパートナーはいないのか」


「この子はあまり戦いには向かないから、騎士団に所属できないの。騎士以外にドラゴンとパートナー関係になるのはルロワ家だけ。島の外に出る時とか、フルーツの出荷で必要な時なんかは手伝ってくれるけどね」


「ふむ……」


 リュドヴィックがリュールを観察しようとすると近寄ろうとすると


「わ」


 いつの間にかたくさんのドラゴンたちが二人を囲んでいた。そして頭上には鳥――いや、これが先日エリンが言っていた鳥のようなドラゴンなのだろう。鳥よりも翼は大きく顔は鋭く長い。開いた口からは小さくて尖った牙が見えた。細くて長い尾もゆらめいている。


「みんなリュドヴィックが気になるみたい。ドラゴンに大人気ね」


 ドラゴンというと恐ろしいイメージが先行するが、こうして二人の近くまできたドラゴンたちに敵意はなさそうに見える。

 彼らの住処に入ってきたのに威嚇されることもなく、リュドヴィックに興味を持って見守っているのだから。

 集まってきたドラゴンたちは様々な種類がいた。色も緑、紫、赤、青。リュールのようにゴワゴワとした羽毛が目立つドラゴン、ゴツゴツとした鱗があるドラゴン、立派なトサカがあるドラゴン、首が長くて大型のドラゴン、昨日見た背中に板が並んでいたりトゲトゲがはえているドラゴンもいる。


「あれはティタンドラゴン、あれはシャモドラゴン」とエリンが隣であれこれ種族を教えてくれているが全く頭に入る気はしない。


 リュドヴィックはリュールと目があった、気がした。緑の瞳はリュドヴィックと同じ色をしている。

 

(――そういえば、エリンとマシューも同じ瞳の色をしていた。

 僕は金髪だし、リュールも黄色だから、大きくくくれば同じ色……ということにしよう。そう思うとなんだか愛着がわいてくる。名前も同じリュ、がつくし。)



「リュール、僕と来てくれるか?」


 穏やかな瞳はじっとリュドヴィックを見つめている。

 言葉に反応したリュールはゆっくりと歩み、リュドヴィックの元まできて頭をさげた。


「リュールが乗って、って言ってるわ」


「そ、そうか」


 そういえばマシューに乗るときもこんな風に頭をさげて乗りやすくしてくれていることを思い出した。


「僕は空を飛ぶのは苦手なんだ。優しく飛んでもらえると助かる」


 首から背中にかけてそっと撫でながら、声を掛けるとリュドヴィックはリュールの背中に乗った。


「私はマシューを森の外で待たせているから、後から追いかけるわ。館で集合しましょう」


「わかった。よろしくな、リュール」


 バサバサと翼が動く。そして、リュールは本当にゆっくりと上昇をはじめた。

 ドラゴンにも性格があるみたいだ。エリンのパートナーであるマシューなら五秒でこの森を飛び出していただろうな。リュドヴィックはそんなことを考える余裕すらあった。


 ……パートナーを作るというのは、本当に重要なんだな。

 自分が伝えて、その意図を組んで動いてくれる。想像しない動きにならないからずっと安心できる。


 リュールは木々を抜けて広い空まで上がった。

 下を見ずに前を向いて、エリンがそう言っていたことを思い出す。

 リュールは空に到達してもすぐには動こうとはせず、その場で翼を動かし滞在してくれている。


「ありがとう。ルロワの館はわかるか?」


 リュドヴィックが声をかけると、翼が大きく羽ばたきゆっくりと前進する。

 いつになく安定した気持ちでリュドヴィックは空の中にいた。

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