16 便利さを体感していただきましょう

 


「はあ疲れたあ」


 エリンが部屋に入るなり呟いてしまうのも無理もない。


 ジルとマークの出立に間に合わせるために昨日はほとんど眠らずに手紙の文面を考えて、いつでも王都に飛んで行けるようにリュドヴィックのパートナーを選んだ後は、どのように売り出していくか仕組みや値段設定をずっと話し合っていたのだ。


 明日にはマークが返事をもらってくる。今日はさっさと眠ってしまおう、そう思ったエリンがベッドに飛び込もうとするが……。


「ベッドがない」


 無駄に大きな館なので、エリンの自室も広い。でも今夜はやけに広いと思ったのだ。

 今すぐに飛び込みたい愛するベッドがない。


「ベッドがないんだけど……」


 よれよれとベッドがあったあたりにエリンは移動すると、ベッドで隠されていた壁に扉がついていることを発見した。


「ああ、そういうことか」


 納得したエリンは躊躇せずに扉を開けた。

 エリンの予想通り、扉の先には大きなベッドがある部屋が用意されていた。ベッド以外にはテーブルとイス。シンプルな寝室だ。そしてエリンが入ってきた扉と反対側の壁にも扉が見えた。

 エリンは迷いなく扉をノックをした。


「リュド、聞こえる?」


「うわっ」


 扉の向こうからやはりリュドヴィックの声がした。


「ベッドなくて困ってるでしょ?ここに寝室が用意されているわ、夫婦の」


「どういうことだ」


「また父がやらかしたみたいね。二人で寝ろってことみたい。入ってきても大丈夫よ」


 エリンは言いたいことを言い終えたのでベッドに飛び込むことにした。ふかふかの布団に沈むと眠気が襲ってくる。


「どういうことだ」


 ふわふわと夢の世界に飛び立とうとしたエリンを、扉を開ける音が遮った。

 大足でリュドヴィックが歩いてくるのを目をこすりながら迎え入れた。


「私たちの寝室を同じにしたみたいね」


 二人の部屋の間に一部屋挟まれていることの意味を考えておけば防げたかもしれないなとエリンは後悔した。二人が外出している間にしてやられたわけだ。

 リュドヴィックが今夜はわめかないのは、エリンと同じことを考えているからだろう。


「疲れているから寝てもいいかしら。リュドもどうぞ」


「だから僕は君ほど図太くないんだ」


「私たち夫婦になったんだからそのうちそういうことも考えないといけないのかしらね」


 エリンがあくびをしながら言うと、リュドヴィックは予想通り真っ赤になった。


 ――本来の婚約者と結婚していたらどうするつもりだったんだろうとエリンはふと考えた。彼女の前でならずっと王子様でいたんだろうか、心の中では動揺しながらもきちんと夫としての仕事を真っ当したのだろう。真面目な人だから。

 最初はなんとか応えるべく演技をしていたとしても、スマートな対応を続けているうちに心から愛せたはずだ。きっとリュドヴィックはそういう人だ。


(いいのよ、こういうリュドヴィックだって可愛いんだから)


 エリンはなぜだか自分に言い訳をしてしまったので、その考えを振り切って真っ赤になったままのリュドヴィックに声をかける。



「今夜はもう寝ます」


「だから僕は眠れないんだが」


「こないだは一緒に寝たのに」


「まあいい。僕の部屋には横になれる大きなソファがあるから君はここで眠ればいい。

 そうだ、あの扉は鍵がなかった。勝手に僕の部屋には入らないように」


「はいはい、わかりました」


 部屋を立ち去ろうとしたリュドヴィックだったが、用意されたテーブルに書類が置いてあるのを見て立ち止まった。

 そこに置いてあるのはいくつかのドレスのデザイン画のようだ。


「これは君が?」


「うーん、何それ。ドレス?知らない」


 ベッドから身を乗り出したエリンはリュドヴィックの手にあるものを見た。


「ウエディングドレスのデザイン画だな」


「早く結婚式をしろって圧を感じるわね。そんなことよりドラゴン速達便の準備に忙しいけど」


「結婚式は乙女の憧れと言ってなかったか?」


「言ったかも」


 これから王都を行き来して交渉をしたり、実際に運用を始めたら……と考えると乙女の憧れなどと言っている場合ではない。


「ああ、でも。結婚式は早めにした方がいいわね。リュドを島のみんなに紹介しないといけないから。皆を集めて紹介したり、それぞれに挨拶に周るよりは結婚式でお披露目しちゃった方が早いし」


 他の領地ならともかくここは島全体が顔見知りなのだ。領主として顔見せはしなくてはいけないだろう。


「一理ある」


「よし。こっちも同時進行で進めよう!」


 乙女の憧れは完全に消えていて、政治道具となった。


「明日のマークの返事次第で、結婚式の日程を決めちゃいましょう!じゃあおやすみ、寝ます」


「君は寝ると決めたら本当に早いな」


「ふかふかだよー、リュドもこっちで眠ったらいいのに」


「結構だ。ではおやすみ」


 仲が悪いわけではない夫婦だけれど、出会いが出会いだったばかりに二人の白い結婚生活はまだまだ続きそうだ。



 ・・



 昼前にマークはルロワ邸を訪れた。島に戻って一番にルロワ邸に来てくれたらしい。さすが真面目な人柄である。


 マークには昨日のうちに洗脳仲間の五人全員に手紙を渡してもらい、今朝返答をもらうようお願いをしていた。


「三名にお渡しして返答を頂きましたが、二名は王都にはお住まいではないようで渡せませんでした。ですが、お二人の行方は調べてきました」


「ありがとう、助かるわ!」


 なんといってもエリンは世間知らずの島女で、リュドヴィックは騒動の後は幽閉のち追放である。

 洗脳後自宅療養を行っていた彼らのその後は知らなかったのだ。


「三名からのお返事はこちらです。それから他のお二人の居住地はこちらに。お二人はご自身の領地にお住まいのようです」


「ありがとう。今回の事業は王都に住んでいる者と優先的に話をしたい。まずは三人から進めるか。――予想通りの面子だ」


 マークは三通の書簡と一枚の書類を取り出した。リュドヴィックは受け取ると静かに封を切り、中身を読んだ。


「ふむ」


「なんだって?」


 リュドヴィックの隣に座っているエリンは手紙を覗き込んだ。


「三人とも話を聞いてくれることにはなった」


「やった!やっぱりね!最初の面会は断れないと思ったわ」


「日にちの候補までくれているから、その日に伺うと返事をしよう」


「じゃあマーク。帰ってきたところ悪いけれど、今すぐ王都に戻って彼らに手紙を届けてきてくれるかしら」


「え?」


 エリンは本当にせっかちだとリュドヴィックは思ったが


「どれだけドラゴンが早いかを体感してもらった方がいいでしょう!さっき返事したばかりなのに、もう!?って驚いてくれたら最高ね!」


「マーク、大丈夫か?」


「もちろんです!大事なお役目を任せてもらえてうれしいです!すぐに出発します」


 そう言うとマークは応接間の大きな窓に近づいて口笛をふいた。見覚えのある光景だ。

 バサバサと羽の音がして、マークのパートナーである緑のドラゴンが窓際にあらわれていつかと同じく部屋には風が吹き荒る。


「まってマーク!まだ返事を書いていないわ!ほら、リュドヴィック今すぐ三通書くわよ!

 アン、レターセットとペンを持ってきてくれる!?ルーシーはマークが空でも食べられるようなものを用意して!」


 メイドたちは今日もたくさんいるので、指示すればあっという間に必要な物は目の前に並ぶ。


「本当にこの島の人間は忙しい」


「だからみんなにちゃんとした仕事をさせてあげたいのよ!こんなにやる気があるんだからね!」



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