02 キラキラ王子のフリーフォール

 


 突然なすりつけられた逆断罪・国外追放王子ではあるが、エリンは少しだけ淡い期待を抱いていた。


 学園の女生徒であれば一度は憧れたことのあるリュドヴィック王子。


 お話から出てきたような王子様、成績は常に学年首席で、スポーツも乗馬も魔法もなんでもできた。

 常に笑みをたたえ、誰にでも優しく、爽やかで紳士的で。


 彼にはお姫様のような婚約者・シャルロットがいたし、雲の上の存在なので、自分の恋人になってほしいとは露ほども願わなかったが、ひっそりと焦がれることは皆一度はあっただろう。

 エリンも例外ではない。見かけると今日はいい日だな、と浮かれたりもした。


 そんな彼が結婚相手だなんて、冷静に考えればかなりラッキーな話だ。

 朝は突然のことで動揺したし、父の態度に苛立ったが、昼には気持ちも落ち着いていた。

 エリンは根がポジティブなので、素敵な王子に甘い言葉を囁かれるのか、と乙女心が湧いてくるくらいにはなっていた。



 昼、エリンはブルーノと共にルロワ領を出て、大陸の最南にリュドヴィックを迎えに来ていた。

 指定された場所に着くと、王子は数名の騎士に連れられて待っていた。さながら罪人の島流しである。

 とても結婚するというおめでたい雰囲気ではない。

 国王はドラゴン島を牢獄と勘違いしたのだろうか。



 そして、騎士に連れられた罪人のようなリュドヴィックを見て……

 あれ?思っていた人と違うな? エリンは二度見した。



 いつも微笑んでいて、キラキラと効果音が出ていて、清涼感を周囲に撒き散らしていた王子はどこだ?

 目の前にいる彼は、口を一文字に結びぶすっと突っ立っていた。

 今にもそのあたりに唾を吐き出しそうな態度だ。



「ルロワ辺境伯!リュドヴィック元王子をお連れしました!」


 年配の騎士がエリン達に気づいて、大声で挨拶をする。


「こんな僻地までお疲れ様です。疲れたでしょー」


 かしこまった場のはずが、ブルーノの力の抜けた声で何も締まらない。


「はい、じゃあリュドヴィック様は預かるんで。お疲れ様でした」


 騎士達の中にいたリュドヴィックの腕を掴み、あっさりとこちらに引き寄せたブルーノは騎士に向かってお疲れ様!と手を振る。


「は、はあ。では失礼します!」


 深いお辞儀をした真面目そうな騎士達は去っていく。

 エリンは隣に並んだリュドヴィックの顔を盗み見する。彼は去っていく騎士たちをジッと睨みつけていた。


 どうやら思い出の中の王子様とはまるで違うようだ。

 聖女の洗脳の影響で性格まで変わってしまったんだろうか。



「長旅お疲れ様です。ブルーノ・ルロワです。こちらが娘のエリン」


 リュドヴィックの雰囲気を気にすることもなくブルーノはヘラッと笑った。


「リュドヴィック・ブラ……いや、リュドヴィックだ。迎えに来ていただき感謝します」


 表情は固いままでリュドヴィックは挨拶をする。ようやくこちらを向いて、エリンと目が合うが笑顔を作ろうともしない。いつも穏やかに微笑んでいたエメラルドグリーンの瞳は鋭い。


 これからお世話になる家の人間に失礼な人だな。エリンは憧れていた気持ちがガラガラと崩れていく気がした。



「じゃあ今から我が領に案内します!あ、島なんだけど、知ってたかな?」


「はい」


「それで、リュドヴィック様。ドラゴンに乗ったことは?」


「ありませんね」


「そっか、今から乗ってもらいますね。」


 ひたすら不貞腐れて仏頂面をしていたリュドヴィックの顔が驚きに変わる。

 その顔を見てエリンはこっそり笑ってしまった。ブルーノにはいつもエリンも困らされているが、ブルーノのペースに巻き込まれる人を傍から見ている分には面白い。


「乗ったことないのですが……」


「大丈夫!エリンと乗ってもらうから!」


「私と!?」


 密かに笑っていたエリンにまで飛び火した。結局父のペースに巻き込まれる運命らしい。


「あの、すみません。どうしてドラゴンに乗らないといけないんですか」


 リュドヴィックの質問は、ドラゴンと無縁の王都に住んでいる者なら至極真っ当だが、


「どうしてと言われても交通手段がドラゴンしかないからね」


 ブルーノの言う通り、ドラゴンと共存するこの島には船も馬車もない。ドラゴンに乗るしか島に渡る方法はなかった。



 そしてブルーノは後ろに控えていた自分の相棒ルイーズに飛び乗った。



「ここだと積もる話もできないでしょう。まずは屋敷に向かいましょう」


 確かにこの最南の地は何もない荒野だ。今後の話をするにはどう考えても向いていない。



「じゃあ私は先に帰ってるから、エリンよろしくねー!」


 面倒事をエリンに押し付けてブルーノはさっさと飛び立ってしまった。

 残されたエリンとリュドヴィックは呆気にとられながら空を見たが、ブルーノ達はすぐに見えなくなってしまった。



「ええと、リュドヴィック様。エリン・ルロワです。よろしくお願いします」


「ああ、久しぶりだな」


 相変わらず学園の爽やかな面影はなく仏頂面で素っ気なかったが、覚えてもらえていたとは意外だ。それに関しては素直に嬉しい。



「そりゃドラゴン乗ったことないですよね」


「うん」


「この子は私の相棒のマシューです」


「小説の挿絵と同じなんだな」



 ここで立ち尽くしていても仕方ないので、エリンはドラゴンをまず紹介した。

 エリンの髪色と同じ、赤色のドラゴンだ。


 馬より二回り程大きく、硬い鱗に覆われたトカゲのような風体に大きな羽と尾がついている。

 人の顔をすっぽり飲み込んでしまえるほどの大きな口には鋭い牙が輝き、人の顔よりも大きい手の先には鋭い爪が輝き、全体的に恐ろしい風貌なのだか瞳は優しい。


「この子たちはとても穏やかなんですよ」


「うん」


 リュドヴィックも穏やかな瞳に気づいたらしく、ジッと観察している。


「うちの島にはたくさんドラゴンがいますが皆いいこなので安心してください」


「わかった」


「じゃあ乗りましょうか。」


 まだリュドヴィックは困惑しているので、まずはエリンが乗ってみせた。


「私の前に座ってください」


「普通に座ればいいのか」


「リュドヴィック様は乗馬得意でしたよね。馬とそう変わりませんよ」


「そうか」


 こわごわとリュドヴィックが近づくと、マシューはそっと頭を下げて背に乗りやすいようにしてくれる。

 ドラゴンは馬よりもずっと賢い。乗り切るまで大人しくしていてくれるし、硬い鱗の上は意外と安定感がある。

 乗馬が得意なリュドヴィックはすんなりと座れた。



「ここに手綱があるので持っていてくださいね」


「うん」


 リュドヴィックに手綱を握らせて、エリンも彼の後ろから握る。

 彼を後ろから抱きしめるような形になってしまうが、初めて乗るのだから一応安全対策だ。


 男性との二人で乗馬は憧れのシチュエーションだった。

 まさか自分が男のような立ち位置で、ドラゴンで叶えることになるとは思わなかったが。


 リュドヴィックは緊張していて、この体勢に特に文句はなさそうだ。



「それじゃあ出発しますよ。絶対離さないで下さいね」


「う、うん」


「じゃあマシュー行くよ」


 マシューは羽を大きく広げそのままバサアと飛び立った。いつもよりスピードを控えてくれているな、とエリンは思ったが、リュドヴィックはもちろん初体験である。


「う、うわ、うわわわわあああ!!!!」


 リュドヴィックは情けない声をあげた。

 先程まで反抗期のようにブスッとしていた彼が、裏返った声で叫んでるのを見ると、失礼ながら面白い。クールでいたいのかもしれないが無理である。


「大丈夫ですよ!」


 後ろからエリンは励ましてみるが、それどころではないらしい。


「うわ、うわわわわ!」


「目、あけてみてください!閉じるから怖いんですよ!」


「こんな高いところ、目を開けたら怖いだろう!!!」


 あまりの恐怖にリュドヴィックは怒鳴り始めた。


「高所恐怖症なんですか?」


「誰だって!怖いだろう!!!!」


「まあ……そうですかね」


 幼い頃からドラゴンと共に育ったエリンはその気持ちは全く分からないが、とりあえず共感しておく。

 馬よりずっと安定感もあるし、安心だけれど。彼のプライドを守るため黙っておく。



「五分もたてばつきますよ!」


「五分もあるのか!?」


「手だけは離さないでくださいね!」


「手汗で滑りそうなんだが!!!」


「仕方ないですね」


 手綱を持つリュドヴィックの手に自分の手を重ねてギュッと掴む。


「な……なにを!」


「滑るって言うから……」


「う……」


「ほら、目開けてみてくださいよ」


 リュドヴィックの手はひどく冷たくて、相当緊張しているらしい。

 目の前に広がる海も空も真っ青で、広くて、中途半端に地上が見えるよりずっと怖くないはずだ。エリンはそう思って声をかけた。



「開けた!開けたぞ!」


「きれいでしょ?」


「うん……。でももっと低い場所を飛べないのか?」


「飛べますよ」


「頼む!」


「マシュー、降下してくれるー?」


 マシューに向かって声を張り上げて頼むと、言葉通り降下した。いや、垂直に急降下した。



「ぎゃああああああああ!」


 突然のフリーフォールにリュドヴィックは喉が焼け切れてしまうのではと思うほど叫んでいる。


「マシュー!マシュー!ごめん、今日はゆっくり!!!

 大丈夫ですか?」


 あまりの恐怖に放心状態のようである。仕方なくエリンはリュドヴィックの腰に手を回した。


「安全対策だから失礼しますね」


 初めてのスキンシップをこんな形で叶えるとは。

 魂が抜けたリュドヴィックを介護しながら、このまま二人と一匹は飛び続けた。


 憧れの王子様は、反抗期で高所恐怖症で案外情けなくてイメージから外れてはいたが。

 夫としてはそれくらいのほうがこちらは緊張しなくていいかもしれない、とポジティブなエリンは思ったのだった。

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