1章 ざまぁ王子がドラゴン島にやってきた

01 ざまぁされた王子の婿入り?

 


 事件から一カ月後。

 舞台は変わり、この国の最南の島、ルロワ辺境伯領。通称ドラゴン島。


 自然豊かな島には大きな湖があり、その湖に浮かんだ島に辺境伯の屋敷があった。


 その屋敷に住むのは、ブルーノ・ルロワ辺境伯と一人娘のエリン。



 朝食の席にて。

 天気の話題のように軽い口調で辺境伯は話し始めた。



「リュドヴィック王子の事件、覚えてる?」


「あの日のことを忘れられる人はいないでしょうね」



 パンを齧りながらエリンは答えた。

 エリンは王子たちと共に卒業した生徒の一人だった。


 リュドヴィックとシャルロットのことを思い出す。二人は生徒皆の憧れのカップルだった。

 しかし聖女だと名乗るチヒロが転入してから、二人の仲に亀裂が入ったという噂があり、三人と全く関係のないエリンでも見かけた時に様子がおかしいと感じることもあるほどだった。



 そして、あの断罪・追放である。詳しい背景は知らないものの、全ての生徒に大きな衝撃を与えた。

 上級貴族とあまり関わりもなく、卒業後すぐに島に帰ってきたエリンは詳しくないのだが。



「大変な事件だったな」


「結局何がどうなったのか全く知らないんだけどね。そういえば、あの聖女どうなったんだろ」


「そのリュドヴィック元王子なんだが、我が家に婿入りすることになった」


「ん?」



 軽く始まった噂話に軽いノリでとんでもない爆弾が投下された。

 あまりにもサラッと会話に挟まれたので、エリンは聞き間違いかと聞き直した。



「リュドヴィック元王子が婿入りするんだ」


「どこに?」


「このルロワ辺境伯家に」


「え?」


「つまり、エリンの夫となる」


「はああ?」



 あまりの衝撃にエリンは持っていたグラスを落としてしまう。床に派手にジュースがこぼれ、グラスは割れた。

 メイドがすぐにやってきて片づけるのを見ながら「エリンはそそっかしいなあ。」とブルーノは呑気につぶやいた。


 とぼけた父に呆れることは今までも多々あったが、今回ばかりは笑って済むことではない。



「どういうこと!?説明してよ!」


「まあまあそんな怒らずに」


「怒らないわけないでしょ!?」


 思わず立ち上がっていたエリンに、まあまあとりあえず座ってとブルーノは苦笑いをする。

 その態度にもまた苛立ちが込み上げてくるが、ひとまず話を聞かないことにはどうしようもない。

 怒りをおさえてエリンは椅子に座り直して、新しく持ってきてもらったジュースを口に含む。



「リュドヴィック王子は国外追放となった。これは知ってるね?」


「うん」


「今回問題となった聖女だが、聖女を騙りこの国の転覆を狙う危険分子だったそうだ。」


「へえ」


 聖女が現れた半年前、国中は大騒ぎになった。なんでもどこか別の世界からやってきた光の乙女だとかなんとかで。

 学園に入学した後は、王子や生徒会からも一目置かれる少女だった。



「彼女には洗脳の力があって、今回王子をはじめとして学園の生徒たちが何人か洗脳されていた」


 そしてブルーノが挙げた名前は、他人に疎いエリンでも知っている面々である。

 生徒会長、騎士団長の息子、宰相の息子、資産家の跡継ぎ、学園の天才魔法師。



「将来有望な人ばかりじゃない」


「うん。彼女は学園の有力者を洗脳して支配に置き、革命を起こそうとしていたと考えられている。

 なぜそんなことをしようとしたのかはまだわからない。黒幕がいるかもしれない。

 慎重に捜査を進めているみたいだよ」


「うわ、怖い」


 ただの横恋慕かと思いきや裏でそんな恐ろしい事実が隠されていたとは。

 確かに聖女が王子以外の令息といる場面はよく見かけたかもしれない。



「その事実に気づいたのはシャルロット嬢だ。

 それに気づいた自称聖女がでっちあげの罪をシャルロットに着せ、あの事件が起きたわけだ」



 シャルロット嬢は自称聖女の悪行に気づいた功労者だったわけか。

 あの時起こった出来事がようやく腑に落ちる。


 納得しかけて、エリンはハッとした。



「それでなんでそこから私とリュドヴィック王子の結婚になるのよ!?」


「ああ、それなんだが……。

 王子や他の生徒も洗脳されていただけで特別罪はおかしていない。

 大変なことになる前にシャルロット嬢が気づいてくれたからね」


「それで?」


「皆治療も受けて洗脳も解けた。

 王子以外の生徒は、各家で休養という形にしてしばらくたてばまたあるべき場所に戻れるだろう」


「それで?」


「しかし王子だけはあんな騒ぎを起こしてしまった。

 国の危機を招く自称聖女をあのような場で庇い、シャルロット嬢を断罪した。洗脳されていたから、で済まないんだ」


「それで?だからってなんで結婚?」


 回りくどい言い方にエリンはまたイライラしてきた。この話にまるでエリンは関係ないというのに。

 話の行先はまだ見えないのに、着地が自分に繋がっているのが気味が悪かった。



「王もシャルロット嬢もレオナー王子も、リュドヴィック王子には同情していて……」


「だから、それでなんで私と結婚!?」


「つまりこの最南の島を、国外とみなしたというわけだ」


「はあ……?」


「可愛い息子を無責任に追い出したくない、しかし世間の目もある。

 大陸からは出てるから、島はギリギリ国外だろう!というわけだね」


「いや、ギリギリアウトでしょ」


「そんなわけで、うちが王子を引き取って、エリンと結婚して、二人にこの家を継いでもらうことになりました!」


「いやいやいや……!」


 ずっとまわりくどかった話が最後だけ突然シンプルに着地した。

 言いたいことはわかった。でも納得できる話ではない。



「でも、エリンも王子様と結婚したいって言ってたよね?」


 上目遣いでブルーノがエリンを見てくる。そんなチワワのような目を中年がしても可愛くはない。


「物の例えで結婚するなら王子様みたいな人がいいなとは言ったけど、本物の王子がいいとは言ってない」


「でもリュドヴィック王子は見た目も王子様じゃないか」


「それとこれは話が違うよね」


 頭が痛い。無茶苦茶だ。なんで王族の問題を我が家が引き取らないといけないのか。



「うちの島には滅多に外から人は来ないから、王子が住んでも大丈夫だと思ったみたいだよ」


「それは向こう側の意見でしょ。こちらは大丈夫じゃないよ?」



 しょぼんとしているブルーノだが、全然譲る気はなさそうで、エリンは嫌な予感がした。



「もしかして、お父さん……この話受けちゃったの?」


 チワワの表情のブルーノはコクンとうなずいた。全然かわいくない。



「なんで!?」


「だって……。先週、王都に行ったの覚えてる?」


「行ってたね」


「いつも通り、ルイーズに乗って飛んでいったんだけど」


 ルイーズはブルーノの相棒のドラゴンだ。いつも王都へはドラゴンに乗ってでかけているから連れて行ったのだろう。



「その時にルイーズが城の庭にある、初代王の像をしっぽでなぎ倒して粉々にしてしまったんだ……」


「……」


「それで、それを許してもらう代わりに……」


「……私が断ってくるわ」


「待って!!!ご、ごめん。本当にごめん……。」


 しょぼくれて情けない声を出すブルーノは、別のアプローチからエリンを説得することにしたらしい。



「でも、リュドヴィック王子が夫になるというのはエリンにとっても悪い話ではないんだよ!

 この島に婿入りしてくれる人、探してこれなかったじゃないか」



 これを言われるとエリンは弱い。


 このドラゴン島に婿入りを希望する者はいなかった。

 学園で相手を探してくるわ!とエリンは勢いよく出ていったのだけれど、三年間寮生活の中で、結局婿どころか恋人も出来なかった。



「洗脳が解けた今、リュドヴィック王子なんて超優良物件じゃないか!」


「まあそれはそうだけど……」


 成績優秀、眉目秀麗、確かに彼以上の人はなかなかいない。

 実は学生の頃、こっそり憧れたこともあった。いやエリンだけではない。あの学園の女生徒であれば誰もが一度は憧れたことがあるだろう。


「国王命令みたいなものだから……ねっ?」


 軽いノリの父親には苛立つが……

 ルロワ辺境伯家の立場は高くない。いや、低い。

 過去の功績でなんとか成り立っている家なのだ。


 受け入れたくはないが、エリンには夢がある。


「それでリュドヴィック王子はいつ頃からこちらに?」


「この後来るよ。お昼にはつくんじゃないかな」


「はあああ?」


 このお調子者で呑気な父には散々迷惑をかけられてきたがここまでとは。

 呆れ果てたエリンはもうそれ以上は何も言わず、天を仰ぐのだった。

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