10 ドラゴン島ってどんな島?

 


「それじゃあ、リュド行きましょうか」


 ポニーテールを揺らしたエリンは明るく言ったが、リュドヴィックは難しい顔をしてエリンと隣にいるマシューを見比べた。


「もしかしなくてもドラゴンに乗るのか?」


「だってドラゴンに乗らなければ、ルロワ家の敷地すら出られないわよ」


 エリンは周りを見渡す。ルロワ家の背の高い豪華な門の前に二人と一匹は立っていた。目の前には館。背後には湖が広がっている。湖に浮かぶこの小島はすべてルロワ家の敷地でそれ以外の建物はない。


「ボートとかはないのか?」


「ないわね」


「まあそうだろうな」


 移動手段がドラゴンだということをリュドヴィックは改めて思い知った。


「そのうちあなた専属のドラゴンを決めなくちゃね」


「まさか、一人で乗るのか?」


「ええ。じゃないとここでの暮らしはとても不便よ」


 エリンはさも当たり前のように言うが、リュドヴィックは不安そうに目を伏せた。


「大丈夫よ、ここでは子供もドラゴンに乗れるんだから」


 エリンがマシューに合図をすると、マシューは頭を下げた。そしてリュドヴィックのことをじっと伺っている。やはりドラゴンの金色の瞳は穏やかだった。

 リュドヴィックは恐る恐る近づいて、なんとか背中に乗る。


「上手じゃない」


「ここまではな。空を飛びさえしなければ」


「ドラゴンだから仕方ないわね」


 そしてエリンもリュドヴィックの後ろに飛び乗った。軽くお腹に手を回すとリュドヴィックの肩がびくんと上がる。


「……!!!」


 リュドヴィックがすごい勢いで後ろを振り向くが、二人の顔は急激に近くなり、更に真っ赤になったリュドヴィックは何も言わずに顔の向きを前に戻した。


「一人で忙しい人ね。ただの安全対策よ」


「わかってる」


 拗ねた声が聞こえてきてエリンは笑いを噛みしめながら「それじゃ、マシューよろしく!」と声をあげた。


「わわわわわ……!!!」


 リュドヴィックの声と共に、マシューは空に飛び立った。

 風圧と恐怖を耐えるためにリュドヴィックはぎゅっと目を瞑っていたが、数十秒たって風の抵抗がなくなるのを感じる。


「リュド、目を開けられる?」


 エリンが声をかけると、リュドヴィックはこわごわ目を開けた。


「わあ」


 リュドヴィックから素直な声が出た。

 でも思わず声が出てしまうのも仕方ない、眼下に広がるのは自然豊かな美しいルロワ領だ。

 最初にこの島に降り立った時はそれどころではなく館に直行したので、彼がきちんとこの島を見たのは初めてだった。

 マシューはルロワ領が見渡せるくらいの高さで留まってくれている。空から見下ろすと小さなこの離島の全体図が見えた。


「どう?キレイでしょう?」


「あ、ああ」


 固い声でリュドヴィックは返事をした。それでもいくらかは身体の力は抜けてきていて、先ほどまでものすごい怒り肩だったのもマシになっている。


「真ん中に見えるのが私たちの館よ」


 島の真ん中に大きな湖が広がっている。そして、その湖にぽっかりと浮かぶ島。――こうして上から見ると島というより館が浮かんでいるようだ。


「湖に浮かぶ館なんて素敵でしょ?」


「移動手段がドラゴンしかないのがネックだが」


「正解!」


 リュドヴィックの皮肉にエリンは明るい声で答えた。


「ご先祖様は敵に攻め込まれた時のことを考えて湖に城を作ったみたい。

 もしここを攻められても敵が船でちんたら移動している間に空からドラゴンが一撃よ」


「なるほど、意味があるのだな」


「一度も攻め入られる事態になったことはないけどね。それこそこの島自体が海に浮かんでいるから。外からなかなか攻めてこれないわ」


「南の防衛地としては最適だな」


「そうなの。それで平和な世になった今も国はルロワ領に防衛費を支援してくれているの」


 エリンはそう言うと「あっちを見て」と島の南にあたる部分を指さした。


「だからルロワ基地も南。あそこに灯台があるでしょう?」


 全体的に緑に覆われている島だが、南は森が大きく開かれた見通しのいい平野だ。

 開かれた平野は島の入り口のようにも見えるが、そこは断崖絶壁でドラゴンが降り立つ以外に入り口はない。防衛基地としては最適だろう。先端には背の高い灯台が建っている。


「南側に異常があればすぐに気づけるようになっているわ」


「常に見張りがいるのか?」


「人材が余りすぎている、と言ったでしょう」


「ああ、そうだった」


 エリンがトントンとマシューの背中に触れると、マシューはぐるっと百八十度回転し、北の方角を向いた。


「わわわ。な、なんだ!」


 油断していたリュドヴィックがグラッと傾く。エリンが慌てて身体を支えると、リュドヴィックは真っ青な顔でエリンを睨んでいた。


「動くときは声をかけてくれないか」


「ご、ごめん。気を付けるわ。……あれがルロワ山よ」


 北には大きな山がそびえたっていて、山の頂上から噴煙が立ち上っている。山頂はへこんだ窪地がありその中はブルーに輝いている。


「なんだ、あの煙の中の青いものは」


「きれいでしょう?あれは青い炎なのよ」


「炎?」


「ルロワ山は活火山なの。元々この島は火山の噴火によってできた島なのよ。あ、でも今は噴火の恐れはないから安心して」


「初めて見たな」


「近くで見ることも出来るわ。ドラゴンにとってもあの火山は大切な物なのよ」


 遠くから見ても噴煙の中に見えるブルーは美しい。近くで見ると炎はどのように見えるのかリュドヴィックは興味が出た。



「そして、湖を囲むようにルロワの街があるわ。湖の東にあるのがその名の通り、イーストタウン。住宅地ね。学校や医療所もここにある。それから住宅地の奥にはこの島の農業地帯があるの」


 東には建物がいくつも立ち並んでいて、そこから更に東に進むと開けた場所がある。そこで農作物を育てているのだとエリンは説明した。


「西にあるウエストタウンは王都でいう城下町のような場所ね。食べ物や雑貨も売っているし、飲食店もあるわ。

 それからウエストタウンを更に西へ行くとビーチがあるのが見える?」


「ああ本当だ。他は崖だけど、西だけは砂浜があるんだな」


 白い砂浜のビーチが見える。その近くにはいくつか小屋も見え、漁業を営む者の小屋だとエリンは説明した。


「あそこに船が見えないか?」


「あるわね」


「船、あるじゃないか!」


 目ざとく小さな船を発見し「あれほど恐ろしい思いをしてこの島に渡らなくてもよかったんじゃないか」とリュドヴィックは憤慨するが、エリンは「ああそうか。漁業の船はあったわね」と今思いついたように答えた。


「移動手段として使ったことがなかったから全く思いつかなかったわ。あれは漁業のため。魚はドラゴンの羽音に驚いて逃げちゃうから」


「まあともかく船があることはわかった」


「あれは漁業用だからね」


 リュドヴィックの企みにエリンは釘を差した。


「それから、湖の北。火山の麓まで森が続いているでしょう?あれがドラゴンの住む森、ブルーフォレスト」


 上から見下ろすと濃い緑しか見えないほど深い森だ。上からだと何もわからない。


「ドラゴンの森……そこに住んでいるのは野生なのか?」


「半野生……といったところかしら?ルロワ領できちんと管理はしているし、世話をしている担当者もいるから。

 大半のドラゴンがそこを寝蔵にしているのだけど、マシューは私の館に住んでいるし、騎士団所属のドラゴンは基地の宿舎に住んでいたりもするの」


「これに関しては完全に未知の世界だな。ドラゴンを半分御伽話として捉えていたから」


「ふふ。実際に見てみればすぐにわかるようになるわ」


 エリンは嬉しくなった。リュドヴィックは未知のものを安易に怖がらず嫌がらず、受け入れてくれる人なのだと。

 完璧キラキラ王子ではないけれど、素直な人なのだ。


「どこか行ってみたいところはある?実際に見てみるとまた違うわよ」


「いや……今日はもう屋敷に帰って、ドラゴン事業について相談しないか」


「あら、やる気ね」


「どこかに行くならドラゴンで移動するんだろう。……ずっと空にいたから、緊張でお腹が痛くなってきた」


 どうやら高所恐怖症のリュドヴィックにはそろそろ限界が近づいてきたらしい。


「そうね。ちょうどお昼時だし帰りましょうか!マシュ――」


「エリン」


マシューに合図をしようとしたエリンをリュドヴィックは制止した。


「マシューに降りるときはゆっくりと頼んでくれないか。僕は急降下がその……苦手だ」

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