11 ドラゴン派遣サービスを始めましょう!
「リュド、口に合わなかった?」
広い食堂は二十人は座れるほどの長机があり、その端っこでエリンとリュドヴィックは向かいあって昼食を取っていた。
メイドが十人壁にずらっと並んでいる。カトラリーを落としてしまってもすぐに五人くらいは飛んできそうなほど二人を見守っている。
メニューはパンに野菜とチーズを挟んだもの、野菜のスープ。
王都とこの島の文化は違うから味が合わないのかと一瞬エリンは思ったが、学園寮でもよくあるメニューだし、味付けも特別変わらない気がする。
「あ、もしかしてこのジュースが嫌だった?ルロワの特産物オロゴロンフルーツ。酸味の中の苦みが私は好きなんだけど」
「いや……食欲がないだけだ。その……まだ空にいるみたいで」
マシューなりにゆっくり降りてくれたが、それでもリュドヴィックにとってはかなり辛かったようだ。
「降下する時は、内臓だけが空に取り残されるよう気分になる」
「詩的な表現ね」
「なんとかならないか……」
「そうね。もう貴方のパートナーを決めちゃった方がいいかも。マシューは優しいけど豪快なところがあるから」
「繊細なドラゴンをお願いしよう」
リュドヴィックはそう言うと、まだ食事を取る気にならないのかフレッシュジュースだけちびちびと飲んだ。
「ドラゴン事業について話す余裕はある?」
「ああ、食欲がないだけだ。胃がひっくり返っている気がする」
そんなことないわよと笑い飛ばそうとしたが、リュドヴィックの顔色は本当に悪いのでエリンは黙っておくことにした。
「知っていると思うけど、まだドラゴン事業の中身は完全に白紙よ」
「そんな自慢げに」
「戻ってきてからはずっと領地経営の引継ぎを行っていたんだもの。そろそろドラゴン事業の構想を詳しく練ろうと思っていた時に、あなたが来てくれたわ。最高のタイミングで!」
「……とにかく何も決まっていないというわけだ」
「具体的なことはね。でもざっくりとしたイメージならあるのよ」
エリンは自慢げな顔を作ると、堂々と宣言した。
「ドラゴン派遣サービスをしようと思っています!」
「ドラゴン派遣サービス……?」
「そう、その名の通り。この国で必要としてくれる場所に必要なドラゴンを派遣するの」
「……イメージがわかないな」
リュドヴィックはピンとこない顔をしている。
ドラゴンが存在すること自体は、王都の者でも知っている。ルロワドラゴン騎士団も有名だ。しかし日常生活の中でドラゴンを見ることはない。一生の中でドラゴンを見る機会は一度もないかもしれない。
「でも、ドラゴンと人を活かすにはそれくらいしか思いつかなくて」
リュドヴィックの微妙な反応を見たエリンの声はしぼむ。
「この島の中でできそうなことはないのか?」
「それがないのよ。ドラゴンの力を活かした工業でもできればと思ったんだけどね。上から見てわかったと思うけど、そんな土地がないのよ。工場を作るスペースはないわ」
「なるほど。人とドラゴンが増えすぎて、仕事だけでなく土地もないと」
「正解!
ドラゴン騎士団も、人材とドラゴンを派遣しているわけじゃない?それと同じように求められているものを派遣できないかと思って」
国の王立騎士団に数名ルロワの者とドラゴンを派遣している。王立騎士団の宿舎にも数匹ドラゴンは住んでいて、人前にはほとんど出てこないが王都の中でドラゴンが住む場所だってあるのだ。
「島で鍛えられたルロワの人間は強いし、ドラゴン使いという特別な才能もある。国がその強さを求めるから、派遣する。
それと同じことを、日常的なこと。王都の人が便利になるようなことに、うまく派遣できないかと思って」
「それで例えばどんなものを?」
「それが……全くの白紙!」
「ううむ」
やりたいことはよくわかった、とリュドヴィックが考え込むとエリンはキラキラした瞳でリュドヴィックを見た。どうやらリュドヴィックの案に期待しているらしい。
「私はずっと島にいてドラゴンがいる生活が当たり前だから。どんな場面で求められているか予想がつかないの。
だからこのタイミングでリュドが来てくれたのは本当に神の助け!しかもリュドほど優秀な人は――ああ、卑下しないでね。貴方のことは私はすごいと思っているから。
だから最高のパートナーが来てくれたと思ってるわ!」
一息でまくしたてたエリンにリュドヴィックは変な顔をする。笑っているとも困っているともとれる顔だ。
「君は本当に変わっているな、僕は王都では笑われ者の罪人だぞ」
「国王から言わせたらここはギリギリ国外よ、王都のことはしらないわ」
「……ふん」
どうやら嬉しい気持ちを抑えている顔だったようだ。
わかりやすい反応にエリンも同じ表情になってしまう。ごまかすように咳払いをしてリュドヴィックは話を戻した。
「すぐにアイデアはわいてこないが……とりあえず一番わかりやすいところなら、王都の人間はドラゴンに乗らないな。移動手段として、ドラゴンはどうなんだ?」
「ああそれね。考えたこともあって、実際父が誰かに交渉してみたこともあるけれど。いい顔をされなかったみたい」
「どうして?」
「それはリュドが一番わかってるんじゃない?怖いからよ、空を飛ぶのが」
「ああ。なるほど」
移動手段としてドラゴンはかなり優秀ではある、理論上では。馬よりずっと早いし、意外と安定感があるのはリュドヴィックも体験してみてわかったことだ。
しかし、空を飛んだことがない人間にとってはかなり抵抗がある。理屈ではないのだ。
「じゃあ移動手段のサービスは難しいか……」
「そうね。――でもそういうこと!そういうアイデアを私は求めているの」
案の一つにはならなかったが、それでもエリンはパッと顔を輝かせている。
「まずはリュドにこの島を知ってほしい!それで王都との違いを教えて。きっとリュドの違和感が、この島にとっての未来につながるわ!」
「……うん」
どちらかというと……いや、かなり卑屈なリュドヴィックだが、エリンのポジティブさにあてられてなんとかなるような気もしてきた。
「明日は実際に街を歩いてみましょう。湖を超えるにはドラゴンに乗る必要があるけど低飛行をするから。ほんの一瞬ならきっと大丈夫よ」
「僕は高所恐怖症なだけなんだ。低ければ問題ない」
「今日この後の時間は、領地の仕事について教えるわ」
「わかった。書類仕事だと思うと気楽だ」
明らかにホッとした顔をするリュドヴィックにエリンは笑いをかみ殺した。表情が顔に出やすいリュドヴィックは本当に素直で好感が持てる。
バサバサアッ!ズシャー!
外から凄まじい音が聞こえた。だれかが屋敷に来たようだ。――ドラゴンの羽音と着地音だ。
聞き慣れない音に驚いたリュドヴィックはキョロキョロしている。ホッとした表情は一瞬で消えていた。
「ドラゴンに乗って誰か来たみたい」
エリンは移動して窓の外を見てみる。広い庭に青いドラゴンがいるのが見えた。
「あのドラゴンは……」
ドドドと勢いのいい足音が聞こえてくる。足音は二人のいる部屋の前で止まり、扉がばーんと開かれた。
「ああ、やっぱり、ジル――」
「エリン!」
入ってきたのは騎士団の制服を着た若い男性だった。シルバーの長い髪をポニーテールにしている。どれだけ急いだのだろうか、ゼエゼエと息を切らしていた。
「ジル、何かあったの?」
「エリン、結婚したって本当か!?」
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