32. 利益が出ないと事業になりません!


 それからドラゴン速達便はいくつか依頼を受けることができた。

 ブルーノから紹介があった貴族から二件、ジルベールのファンのご婦人から二件、エイヴァの学友から一件、イーデンの学校の生徒から一件。

 半月の間に六件の依頼。順調な滑り出しに見えて、一同は依頼のたびに喜んでいたのだが……。


「二回目の依頼が来ない……」


 エリンはぼやきながら肉にかみついた。

 そう。リピーターがいないのだ。

 おすすめをされて、無料ならば……何か依頼できるものはあったかしら、と半分ひねり出して依頼をしてくれていたのだ。

 王都のタウンハウスの貴族が、領地の家族へ贈り物をする、ほとんどがそんな使い方だった。特に急ぎでもないけれど、せっかくなら使ってみようか、と半分お情けで使ってくれたのだ。

 イーデンの依頼だけは、魔法の授業で生徒が大けがをしてしまい、地方の家族に緊急で知らせるもので。速達便としての意味があったのだが。


「今までの生活に速達が根付いていないから、利用者も思いつかないのかしら」

「イーデンの依頼が理想の使い方だけど、突発的なことは頻度としては多くないんだろうな」


 エリンとリュドヴィックとエズラの三人はルロワの酒場で夕食を取りながら今後について話していた。

 リュドヴィックは街の庶民的な料理屋が案外気に入っていて、外で食事をとることも多い。

 エズラも無料で料理が食べられるのならとついてきたが「あなたの頭脳を活かす場はここよ!」とエリンにおだてられたので、素直に会話に参加している。


「重要なことの一つは認知度を上げることだ」

 エズラも肉にかぶりつきながら言った。「イーデンの依頼のように。緊急事態が起きた時に『ドラゴン速達便を利用しよう』と思う人間を増やさなくてはならない」


「それは絶対に必要ね」

「営業を強化して、初回無料で認知度を広めていこう。しかし今王都で営業をかけられるのはジルベールとエイヴァだけだ」

「営業以外にも、何か知名度が上がるような施策を考えた方がよさそうね」


 とはいえ、三人ともすぐには思いつかない。

 

「知名度については一旦置いておこう。それだけでは大きな利益にはならない。前話していた『ドラゴン部隊が毎日国を一周する』ほどの件数には到達しない」

 

 エズラがそう言うと、

 

「個人の緊急の書簡は、単発の依頼だからな。単発の依頼とは別に継続的な契約もあった方がいい。貴族の日々の業務の中に、速達便を組み込むことができればいいんだが……。毎日でなくても、王都から領地や別の場所に速達を送る……それが組み込まれる業務は何になるだろうか」

 

 リュドヴィックはそう言って考えこむ。速達便を日常的に利用する、そんな仕組みができて、契約を結ぶことができれば。

 

「速達に限らなくてもいいわよね。ドラゴン速達便の売りは、安全もあるわ。道中に襲われる心配もないから」

「早さと安全が売りか……」

「王都の貴族のことは私とエズラにはわからないし」

「失礼な、僕は貴族の血を引いているんだぞ」

「リュドヴィックにこの問題はお願いできるかしら。もちろん私たちも案は考えるけど」

「わかった」


 エズラは面白くなさそうにスープを音を立ててすすったが、島から出たことがないので何も言えなかった。


「それと利用してくれた方に一度話を聞いてみようと思うのよ。お父さんが紹介してくれた方たちは王都に住んでいる方たちだし。日々の困っていることも聞いてみるわ。私王都に行ってくるわ」

「頼んだぞ、僕はドラゴンに乗れないからな。僕はその間に知名度をあげる施策を考えておこう」

「偉そうだなぁ」

「イーデンとも話をしてくれ。所属する人間の母数も多ければ、利用する機会も多くなる」

「わかったわ。王都で利用者に話を聞いてくる。それから、ジルやエイヴァとも話して今までの感触も聞くわ」


 そう言ってエリンはフルーツジュースを一気に飲み干した。あれからリュドヴィックからお酒禁止令を出されているので最近はジュースを飲むことにしている。


「僕も行こう」

「一人でも大丈夫よ」


 リュドヴィックは少しむっとした表情になると


「僕も話を聞いた方がイメージできるし、エリンは何をするかわからないからな」と言い張った。

 

「余裕がないことで」とエズラのつぶやきを受けて、リュドヴィックはじろりと睨む。


「学園とは――いや、学園に限らずだが、組織でも。大きな契約を結びたい。単発のもの、継続的なもの、とはまた別に」


 エズラはリュドヴィックを睨み返しながらそう言った。


「学園と契約?」

「どの学園も新しい年が始まる前に新入生に便りを出す。かなりの枚数になるだろうから、大口契約が結べるだろう」

「なるほどね。速達の必要はないかもしれないけど、安全に確実に皆の手元に届くわね」

「ああ。大口の契約に関しては、価格設定も考えてもいい。イーデンに話してみてくれ。まあ彼にはそんな権限はないかもしれんがな」


 相変わらず尊大な口調でエズラは言った。

 イーデンは平民の通う学園に勤めている。学園がどれほどの費用が負担できるかわからないところは難点だが、彼自身の影響力はあるだろう。マクレガー家の後継ぎなのだから。


「単発のもの、継続的なもの、それから年に数回しか利用しなくても継続的に大口の契約が見込めるものね」

「この三つの柱で進めていけば、件数は稼げて、利益に繋がっていくはずだ。それぞれを考えていこう」


 リュドヴィックの言葉にエリンはしっかり頷いた。エズラは仏頂面のままでワインを飲んでいたが。


 単発の知名度に繋がるアイデアはエズラが担当し、貴族の日常に組み込んでいくことはリュドヴィックが考える。

 エリンは足を動かし、人々から知識をもらってくる。それぞれ得意なことを分担し、三つの柱を考えていくことになったのだった。


「なんだかうまくいく気がしてきたわね……!」

「エリンはいつもそれだな」

「絶対成功させるぞー!」


 エリンはグラスを持つと、二人のグラスをカチンカチンと鳴らした。

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逆断罪・国外追放された王子とドラゴン派遣サービス始めました かわなあさ @kakukawana

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