08 それはラブコメの定番で


 

 エリンはベッドから立ち上がり、転がっているリュドヴィックを迎えに行ってやる。

 リュドヴィックは混乱していて、かわいそうに震えていた。


「大丈夫?」


「だ、誰だ!!!!」


「エリン・ルロワですよ」


 起きているリュドヴィックは男性ではなく人見知りの子供ドラゴンに見えるから不思議だ。安心してエリンは優しく声をかける。


「あ、ああ……」


 ようやく昨夜のことを思い出し始めたらしいリュドヴィックの腕を掴む。一瞬ビクッとするが、大人しくしている。


「思い出した?リュドの可愛い奥さんのエリンですよ」


 ふざけて言いながら引っ張ると、リュドヴィックは真っ赤になりながらも立ち上がった。エリンはベッドに座り直すが、リュドヴィックはベッドを見ると狼狽えるので隣に座ることまでは促さなかった。


「私が抱きしめたんじゃないですからね」


 ほとんどバスローブが脱げた状態のリュドヴィックを見てエリンは言った。痴女の疑いをかけられては困る。


「す、すすすまなかった。責任は取る……!!!」


 真っ青になったリュドヴィックは真面目に言った。


「あはは、もう結婚してるわ」


 エリンが声を出して笑うが、リュドヴィックの顔はまだ青ざめている。赤くなったり青くなったり忙しい人だ。


「ぼ、僕は……その、君を……」


「そんなことリュドがするわけないでしょ」


「……そうか」


 それを聞くと少し安心したようで、大人しくなったリュドヴィックはエリンの隣に座った。

 笑ってしまったが、リュドヴィックは幻術をかけられていたのだ。自分の意思関係なく動いてしまう恐怖を知っているのかもしれないとエリンは思った。


「大丈夫よ、ここには貴方を洗脳する人もいない」


 リュドヴィックの目を見て力強くエリンは言った。子供のように不安げな顔がまた少し穏やかになる。


「それで、僕はどうして君を……あんな近く……」


「寝ぼけて少し抱きしめただけよ、ほんの数分」


「き、君は嫌じゃなかったのか……」


「驚いたけど、寝ぼけていただけだし。それに夫婦だからね」


 夫婦、と言われてリュドヴィックの端正な顔はまたしても真っ赤になった。


「ふふ」


 わかりやすいリュドヴィックはやはり可愛らしくてエリンは笑みがこぼれた。学園のプリンスのリュドヴィックは遠目に見る憧れの存在だったが、こうやって素直でわかりやすいリュドヴィックの方が一緒にいるなら楽しいかもしれない。


「そういえば髪の毛、そうしてると学生時代みたいだ」


 エリンのふわふわの赤毛を見てリュドヴィックは言った。ドラゴンに乗る時はロングヘアーが邪魔なので、ドラゴン島に戻ってきてからはポニーテールか三つ編みでまとめている、昨日はポニーテールだった。


「私のことを知っていたのね」


「一応生徒のことは皆覚えるようにしていた。これでも王になる予定だったからな」


「すごい」


 幻術にさえかからなければリュドヴィックはいい王になっていたのだろう。昨夜の涙を思い出して少し切なくなるが、過去のタラレバを考えても仕方ないし、自分の夫になったことを素直に喜ぶことにした。エリンはそういうポジティブな女だ。


「それに君は有名だったから、ドラゴン令嬢と」


「あら、そのあだ名リュドでも知ってたのね」


 学生時代のエリンはドラゴン令嬢と噂されていた。ドラゴンがたくさん住む未知の島からやってきた辺境伯令嬢。ドラゴンのような赤毛にドラゴンのような黄色の瞳、人を食べてしまうかも、なんて物騒な噂を流されたこともあった。

 もっともエリンから言わせればドラゴンはいろんなタイプがいるのだが、メジャーなドラゴンの童話の挿絵のドラゴンがエリンの見た目と合致した。


「す、すまない……」


「なんで謝るのよ。ドラゴン女に食べられるとでも聞いた?」


「違う!」


「まあ私がドラゴン令嬢で言われてモテなかったのは事実だけどね」


「ドラゴン島への婿入りが嫌なだけで君自身はかわいいだろ」


 この男、恋愛免疫がなさすぎるのにそういったことは真顔で普通に言うらしい。これが婚約者のいた男か。


「ふうん」


 対してエリンはこういうストレートなものには弱い。赤くなりそうな顔を背けて、恥ずかしさを振り切るように茶化した。


「そんなかわいい奥さんを目の前にして昨日はシャリーより素敵な淑女はいないって言ってたけどね?」


「シャリーほど完璧な淑女は他にいないだろ」


「それを妻の前で言うのやめましょうね」


「それと好みは別だろ!僕は君のほうがタイプだ!」


 短気なリュドヴィックはすぐにムキになるが、すぐ自分の言葉に気づいて赤くなる。これには照れるんだ、とツッコミをいれるエリンの顔も赤い。


「好みの奥さんでよかったわね」


「君も美しい僕が夫でよかっただろ」


「うん」


 エリンが素直に頷くと、自分で言ったくせにリュドヴィックは明らかに動揺していて笑いがこみ上げる。

 好きな顔を目の前にして、二人きりで、ベッドに腰掛けているというのに、全く甘い雰囲気になる予感がしない。


 そんな自分たちがおかしくてエリンが声を出して笑うと、リュドヴィックもここに来てから初めての笑顔を見せた。学園のときに何度も見た微笑みではない。



「私たち、いつかは本当の夫婦になれるかもしれないわよ」


「そうかもな」


 今はまだ反抗期の赤ちゃんドラゴンに見えるし、彼とキスするシーンも想像できないけれどこれから長い時間を過ごす夫婦なのだ。恋が出来ればいいなとは思う。

 



「まだ六時じゃん、二度寝するかぁ」


 エリンはそのままゴロンと寝転がった。寝転ぶとすぐに眠気が襲ってくる。


「自分の部屋で寝てくれよ。僕は君みたいに図太くないんだ」


「リュドだって結局寝てたじゃない」


「僕のクマを見ろ、全然寝てない」


「まだ部屋から出してもらえないんじゃない?」


 目がとろんとしてくるのを感じる。こうなると自分の部屋に戻るのは億劫だ。


「もう朝だから出してもらえるだろ」


 エリンの腕を引っ張り始めるリュドヴィック。かわいい奥様に容赦ない。


「リュドも寝たら?」


「君がいるのに眠れるわけないだろ!」


「寝てたじゃん」


 リュドヴィックの手を振り払おうとしたが、エリンの力は日頃ドラゴンと接して鍛えられている。振り払おうとした反動でリュドヴィックがエリンの上に降ってきた。


「わ、」


 リュドヴィックがすぐにベッドに手をついたから、エリンが押しつぶされることはなかったが


「もう、」


 とエリンが抗議のために顔をあげると、そこにはリュドヴィックの唇があり。

 ラブコメのお約束らしくリュドヴィックとエリンの唇同士がぶつかっていた。


「……」

「……」


 お互い思考停止して固まった後、リュドヴィックが奇声をあげてベッドから転がり落ちた。一体何回目だろうか。


「い、今のは事故だから……でもごめん」


 エリンはリュドヴィックのもとに駆け寄って座り込む。リュドヴィックは狼狽している。


「ぼ、ぼぼくのファーストキスだったんだぞ!」


「私だってそうよ!」


「せ、責任を取ってもらおう!」


「だからもう私たち夫婦なんだってば。」


「……ぐ」


「じゃあやり直す?」


 エリンの言葉にリュドヴィックはシドロモドロになりながらも叫んだ。


「しない!!!」


「あ、そう」


「そもそも君は全然動揺していないな!?」


「してるけど、リュドがそれ以上に驚くから落ち着くだけよ」


「いいか!?次キスする時は絶対にときめかせてやるからな!!!」


 そんな宣言をされるとさすがのエリンも動揺して、その表情にリュドは満足したように笑った。


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