21 これが貴族社会だ!

 


「王都にもこんな大きなお屋敷があるのね」


「国の仕事に関わる貴族たちの家はこのあたりに集まっている」


 エリンが踏み入れたことのないエリアだった。王都は建物がぎっしり立ち並んでいていつも賑やかだが、ここは閑静な住宅地だった。

 どの邸宅も立派な門と広い庭があり、住宅地と呼ぶには一軒ずつの敷地が広すぎる。王都の外れにこんな場所があったとは知らなかった。


 エリンも今日は久々にドレスを着ている。この場所に来るならばきちんとしたドレスを着るようにリュドヴィックに指示されていたのだ。


「僕も幼い頃は王城ではなくここで育ったんだ。一番奥にブランシャール家もある」


「上級貴族の子供はここで交流を深めたってわけね」


「まあそうだ」


 お酒が抜けたリュドヴィックは思い出に浸らずにスタスタ慣れた足取りで進んでいく。奥にいけばいくほど各宅の敷地は広くなる。


 リュドヴィックが足を止めた。ここがリプソン家らしかった。

 大きな門の奥に見える館はルロワ家より大きく見える。門番に「エリン・ルロワです。エルヴィス様と約束をしています」とエリンが告げると、門番はその大きな門をあけることなく「伺っております。こちらへ」と二人を案内した。


 館を取り囲む塀に沿って細い道を通っていくとリプソン家の裏側に出た。高い塀に小さな扉がついていて、門番が鍵を差し込み扉をあけると館の裏側の庭が繋がっていた。

 どう見ても使用人の出入り口なので一瞬二人は顔を見合わせる。そのまま門番は庭を進んでいき、館の中に通じる扉も開いた。

 中は薄暗い廊下で、すぐ近くは厨房のようだった。やはり使用人の出入り口だ。

 門番はその場にいるメイドに案内を引き継いだ。


 彼女は応接間に二人を案内してくれた。外から見ても大きくて立派な館だったが、内装は予想以上に煌びやかで一目でわかるほど高級な調度品が並べられている。


「使用人の面接と間違われたかと思ったわ」


 小声でエリンがリュドヴィックに耳打ちしている間に、メイドたちはてきぱきとお茶の準備を進めていった。


 約束の時間をだいぶ過ぎた頃にエルヴィスは現れた。


「すみません。仕事が忙しいもので」


 入ってきた男は涼やかな口調で二人の前に座った。この男こそ「氷の王子様」が似合うのではないかと思うほどツンとした雰囲気の銀髪の美男子だ。


「エルヴィス、時間を作ってくれてありがとう。元気だったか」


 リュドヴィックは完璧な微笑みを作るが、久々に友人に会えた嬉しが滲み出ている。


「……ええ。それで商談とは何でしょうか。時間がありませんので手短にお願いします。島で道楽を始める貴方と違って私は忙しいので」


 返ってきた言葉はやはり冷ややかだった。もしかしてとんでもない皮肉屋で久々に会えた照れ隠しなのかとエリンは一瞬思ったが、隣のリュドヴィックが動揺していることに気づいた。


「エルヴィス……」


「ドラゴン速達便について、私が説明します」


 リュドヴィックの表情が強張るのをみたエリンが横から入った。この日のために用意した資料をエルヴィスの前に並べて、速達便について説明した。


「リプトン公爵であれば地方の貴族に重要な書簡を送ることも多いですし、今よりずっと早く安全に届ける事ができます」


 エリンには目を向けずにエルヴィスは書類に目を向けて、一枚目だけ目で追うと紙から手を離した。ひらひらと紙が舞って床に落ちる。


「お話にならないな」


 エルヴィスはエリンの話を遮り、小さく笑ってようやくこちらを見た。いやエリンのことは見ていない、リュドヴィックに冷たい笑みを向けている。


「あなたも落ちぶれた物ですね。こんな世迷言を」


「いいえ、有用なサービスです」


 エリンが口を挟むが、エルヴィスは視線を変えない。


「ドラゴンなんて恐ろしいもの、誰も使いたがりませんよ。

 ――そもそも貴方は国を追放されたのでしょう。それなのに貴族に対して事業を始めるだなんてありえないと思いませんか」


「な――」


 エリンが声をあげようとするがリュドヴィックが膝に手をおいて制止した。


「貴方はもう王子ではない。この国の危険分子を庇いたて、国を救おうとした善良な、そしてバスティーヌ家のシャルロット嬢を皆の前で辱めた。誰がそんな人と契約を結ぶのでしょうね」


「貴方だって洗脳されてたんでしょう?」


「そうでしたか?世間が知らないのなら、それは事実ではないのでしょう」


 エルヴィスはエリンの言葉を切り捨ててカップに口をつけた。


「私を使って父に話をするだなんてみっともないと思いませんか。父には今日面会するなんてとても言えませんでした」


「あなた……」


「自分の罪を認めず、この国から出ようとせず。こうして王都に戻ってきていることを恥ずかしいと思わないのですか。あなたは追放された身ですよ」


「リュドヴィックは罪は犯していないわ。それに王がルロワ島を国外と言って婚姻を結ばせたのよ」


「だとしても。私だったら王都にはとても戻れませんが」


「戻っていない。ルロワ領主として交渉に来ただけよ。置かれている立場はわかっているから貴族と面会はしない。あなたたちならリュドヴィックの気持ちもわかってくれると思ったのよ」


「卑怯な考え方ですね」


「泥臭いと言ってちょうだい」


「ああ確かに」


 エルヴィスはようやくエリンの方を見て、足から顔までじろりと見て声を出して笑った。


「確かに土臭いかもしれません。ルロワ島の臭いでしょうか」


「エルヴィス」


 じっと黙っていたリュドヴィックが声をあげた。


「私は確かに恥ずべき存在だ。しかし彼女は何もしていないだろう」


「ルロワの者というだけで……おっと失礼。今はあなたもルロワの人間でしたね」


「エルヴィス。時間を作ってくれてありがとう。君の立場もあるのに会いにきて申し訳なかった」


「……ええ。今後はお控えくださいね」


「どうして会ってくれたんだ」


 リュドヴィックの表情から気持ちは読めない。凪いだ目でじっとエルヴィスを見ている。


「それはもちろんあなたに会いたかったからですよ。どこまで落ちぶれてしまったのか。――よくわかりました」


 エルヴィスはリュドヴィックを値定めするように見た。リュドヴィックは何も持たずに島にやってきた。今日はエリンの父であるブルーノの服をひっぱりだしてきたのだ。

 しっかりした生地のものだし、メイド達がきれいに整えてくれていたが、デザインは昔のものだしサイズはぴったり合わない、王子だった頃の洗練された印象はない。


「ドラゴン令嬢がお似合いですよ」


 蔑んだ目はエリンにも向けられる。


「そうだ。シャルロット嬢は、私と結婚するのでご心配なく」


「エルヴィスは婚約者がいたのではなかったか」


「ええ。しかしあなたと婚約破棄になったことで傷がついてしまった。バスティーヌ公爵から私に打診があったのですよ」


「じゃああなたの元婚約者にも傷がついたんじゃ?」


「君のような国外の者には貴族社会がわからないだろう。バスティーヌ家と元婚約者は違うんだ。サイラスやイーデンとも会うようですね。昔が懐かしいからと言って間違ってもシャルロット嬢に面会など申し込まないように」


「できるわけがない」


「さすがにそれくらいはわかっていましたか」


 エルヴィスは口角を上げると、後ろに控えていた使用人に「お帰りだ」と伝えた。使用人が二人のもとまでやってきて「ご案内いたします」と声をかける。


「ああそうだ、ルロワ辺境伯」


 立ち上がったリュドヴィックをエルヴィスは呼び止めた。


「あなたはもう王子ではない。私はリプトン公爵家で、あなたは国外認定されている辺境伯だ。言いたいことがわかるね?今までと同じように話しかけないでくれ」


 エリンから殴り掛かりそうなオーラを感じたリュドヴィックは「申し訳ありませんでした」と言いエリンの腕を組んで扉に向かう。

 エリンが睨みつけるために振り向くと、笑顔のエルヴィスと目が合った。


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