29 即採用!



「わたくし、絶対に王都に残りたいんですの! お願いします!」


 面接会場にドレスで現れたのは、エイヴァ・ヒスコックと名乗る十七歳の少女だった。この島に日常的にドレスを着る女性などいない。一体この少女は何者なのか。二人は先日記入してもらった紙に目をやる。

 

「王都で育ったの?」

「はい、ルロワ島ではほとんど過ごしたことがありません」


 気の強そうな瞳がエリンをじっと見つめた。ウェーブの金髪を丁寧にリボンでまとめていて、確かにルロワ島より王都のがずっと似合う。


「へぇ。ヒスコックさんの娘さんなのね」

「ヒスコックとは?」

「王立騎士団にルロワの騎士を派遣しているでしょう。ドラゴン部隊の隊長をしてくださっている方よ」

「はい。ヒスコック家の三女です」


 エイヴァの話によると、王立騎士団に所属をするにあたりヒスコック家は十五年前から王都に移り住んだ。

 長女がルロワの男と結婚し、エイヴァが学園寮に入ったタイミングで母と姉二人はルロワ島に帰った。そろそろ隊長の座を降りようと思っている父もルロワに戻るらしく、エイヴァもルロワ島に帰らないかと誘われているらしい。年の離れた姉たちはルロワ島を愛していたが、王都で育ったエイヴァはこのまま王都に残りたいというわけだ。


「来年には学園を卒業しますから、職を探し始めたところなんです。そこで今回の話を聞きました。私もドラゴン速達便の仲間に入れてほしいのです」

「もしかして、君はドラゴンに乗れるのか?」

「はい。ヒスコック家の者であれば当然です」


 自信満々にエイヴァは頷いた。王都に住む者でも、ドラゴンに近い人間がいることをエリンは知らなかった。


「職が決まらなければ、ルロワ島に戻って島の男と結婚しろと言われています。どうしてもそれは避けたいんですっ!」

「エイヴァは仕事が好きなのね!」

「いえ。わたくし、慕っている方がおりますの。その方以外と結婚する気がないんですわ!」

「まあ! 学園で出会ったの? それとも――」


 エリンは身を乗り出した。貴族の学園に馴染めなかったエリンは女性の恋愛話を聞くのは初めてなのだ。


「わたくし、父の仕事柄よくルロワドラゴン騎士団のみなさまとご一緒させていただく機会がありましたの」

「じゃあ相手は騎士……!?」

「ええ。ジルベール・アンリオ様でございます。もちろんジルベール様とどうにかなろうなどとは思っていません。雲の上のお方ですし。ですが、この気持ちを抱えたまま、どなたかに嫁ぐことなどできません! ジルベール様のお近くで仕事ができるだけで光栄ですわ!」


 エリンとリュドヴィックは顔を見合わせた。エイヴァは二人の様子には気づかずうっとりとした表情で、頬に手を当てている。


「ジルベールって、あのジルベールよね。ルロワドラゴン騎士団の」

「もちろん、そうですわ! ジルベール様は皆の憧れですから。微笑みすらいただけないのですが目が合うだけでも、いえ、そこにいらっしゃるだけでも、わたくしは何百年も生きられそうな気がしますの。影から見ているだけでもいいんです」

「はあ」

 

 ――コンコン。嫌な予感がしてエリンがドアを見やると、返事を待たずに扉が開かれた。そこにいたのは、噂の本人・ジルベールである。


「エリンッ! ドラゴン事業に私を選んでくれたって本当!? 団長から話があったんだよ、エリンが指名をしてくれたって! 驚いたけど、わかっていたよ。エリンは私がいないとダメなんだって!」


 部屋に入ってくるなり、ジルベールは嬉々とした声で叫んだ。

 

「……ジル。あなたどうしてここに……」

「だって! 居ても立っても居られなかったんだよ! エリンが私を選んでくれたんだから! 大丈夫、今日は休みだから。ね、団長からすでに聞いたけど、もう一度エリンの口からききたいな、私が必要だって……!言ってくれるかい!?」


 確かに、先日グルーバー騎士団長に話をして了承をもらった。次に王都に行ったときにでもジルベールとは話をするつもりだった。


「おい、来客中だぞ」


 ぶっきらぼうなリュドヴィックの声で、ジルベールは初めてエリン以外の人物が応接間にいることに気づいた。ルロワ家の館に重客など訪れることはない。まさか来客中だと思っていなかったジルベールが部屋の中を見ると、あっけにとられた表情のエイヴァが目に入った。


「失礼しました。まさかエイヴァ嬢がいらっしゃるとは」


 ジルベールはふにゃりとした表情からさっと澄ました顔つきに変わったが、エイヴァは呆けたままだ。


「ジル、エイヴァのことを知っているの?」

「もちろんですよ。ヒスコック隊長のご息女ですから」


 エリン大好き浮かれジルから打って変わって、凛とした声で答える。

 一応ジルベールにも恥じらいというものがあったのか、とエリンは初めて知った。


「ええと、エイヴァ。念のために聞くけど、あなたの意志は変わらない?」

「はい。大丈夫です。わたくしの愛は揺らぐことはありませんから……!」


 エイヴァはその場で採用となった。


 ・・


 

「ジル。今後は来客も増えると思うから、感情のままに扉を開けないでね」

「うっ、ごめんね、エリン」


 珍しくしおらしい様子のジルベールは素直に謝った。


「本当にこいつに任せて大丈夫なのか?」

「王都でのジルベールは完璧だから大丈夫よ」


 午前の面接がすべて終わって、三人は昼食を取っていた。あの後ジルベールも面接に参加し、午前に採用が決まったのは事務担当が一人とエイヴァとなった。


「それでエイヴァの件なんだけど。彼女にはジルベールと一緒に営業の担当をしてもらおうかと思っているのよ」


 エリンの提案に、リュドヴィックは反対した。

 

「彼女は女性だし、上位貴族でもない。まだ学園生だし、適任とは思えない」

「そうでもないわよ。王都の貴族学校に通っているし、在学中は学友に案内してもらうだけでもいいと思うのよ。ジルも彼女は優秀だと言ってたでしょう。それに人付き合いもいいみたいだし」

「うん、ヒスコック隊長がいつも成績を自慢しているね」

「何より王都で育った人の意見を取り入れたいのよね。王都の人間を雇おうかと思っていたけど、ドラゴンについて理解が深い方がいいわ」

「ヒスコック隊長はよく家族を連れてきてはドラゴンに乗る特訓をさせていたよ」


 王都で育って、ドラゴンに乗れる。それはエリンが一番求めている人材だった。


「どちらにせよ在学中は貴族たちへの営業は難しいと思うし、大部分はジルに任せたい。でもジルは騎士団としても忙しいでしょ。王都で雑務を手伝ってくれる人も欲しかったのよ。ドラゴンにも乗れるなら、手紙を届ける手伝いもしてもらえるし」

「まあそうだな」


 二人も納得したようにうなずいた。かくしてエイヴァはジルベールの部下として王都で働くことが決まった。


「ところでジルベールって恋人っている?」

「な……!」


 エリンの質問にジルベールは狼狽えて赤くなる。


「わ、私はエリンに忠誠を誓っている身なんだよ! 他の女性にうつつを抜かすわけがないよ!」

「いや、他の女性も見てくれて構わないわよ。まあいいわ、エイヴァをよろしくね」

「エリンから任された役目、全うして見せよう!」


 そういってジルベールが胸を張ったところで、コンコンとノックの音が聞こえる。


「旦那様、奥様。午後の面接の方がいらっしゃいました」

「だんなさま、おくさま」


 元気いっぱいだったジルベールが萎れていくから、


「よし、午後も頑張るわよ!」とエリンは明るい声で吹き飛ばした。


 ・・



 最後の面接者はなかなか現れなかった。遅刻も遅刻。約束の時間になっても現れる気配がない。

 ヘイデンから紹介を受けたルロワドラゴン騎士団の訓練生だが、二人の結婚式にも来ていなかったようで、用紙も記入しておらずどんな人物が来るのかわからない。


「もう不採用で良くないか。不真面目だ」

「それもそうねえ」


 本人が来ないのであれば仕方ない。そう判断したところで、ヘイデンが現れた。


「遅れてすまなかったな」


 よく見るとヘイデン一人ではなかった。青年を肩に担いでいる。ヘイデンが肩からおろしたのは神経質そうな細身の男だった。大きな眼鏡が小さな顔からずり落ちている。

 彼をソファに座らせるとヘイデンは肩を抱いた。これで逃げられないわけだ。


「こいつはエズラ。騎士団の訓練生だ」


 ジルベールは例外として、ルロワは斧を振り回す筋肉質な男が多い。エズラと呼ばれた男性は背は高いものの、ひょろりとしていて斧を持ったら身体が曲がりそうだ。

 眼鏡をかけなおしたエズラはぎろりとエリンたち面接官を睨んだ。


「ああ、エズラか!」


 ジルベールは顔見知りのようで懐かしそうな顔を見せるが、エズラはジルベールを見ようともしない。


「ドラゴン事業なんて夢物語だ、ばかばかしい。僕はここで働く気はない」


 エズラは吐きだすように言った。


「すまん、エリン。こいつ口も悪いんだ」

「ううん、気に入ったわ! エズラ、採用!」


 エリンは嬉しそうに高らかに宣言した。

 リュドヴィックは大きなため息をつくが、こうなることはわかっていたようだ。そして、ヘイデンとジルベールも同様の表情をする。

 睨みつけていたエズラだけが目を見開いたのだった。






 

 

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