04 仲間、飛び越えて夫婦

 


「ええと、父が本当にすみません、リュドヴィックさま……じゃなくてリュド」


 ルイーズの暴風で部屋は散乱としていた。紙があちこちに散らばり、紅茶も零れてしまっている。

 メイドがたくさんいて良かった、と初めてエリンは思った。彼女たちはテキパキと紙を集め、部屋を掃除してくれて、新しいお茶を用意してくれている。


 彼女たちの仕事が終わる頃にはエリンとリュドヴィックはブルーノがいない事実を受け止められるようになっていた。


 最後の書類も集め終わり、一人のメイドがエリンに手渡した。


 書類をザッと読んで、エリンは口をあんぐり開けた。

 もう今日驚くのは何度目だろうか。


 書類には――ルロワ家がリュドヴィックに既に相続された旨が記載されていた。


 まだ結婚式も済んでいないし、エリンは今日話を聞いたばかりだというのに、父と王家の間で婚姻の手続きが完了しており、ブルーノは既に爵位をリュドヴィックに継承していたわけだ。

 知らないうちにリュドヴィック・ルロワ辺境伯が誕生していた。


 本人の許可なくこんなことが許されていいのか?と思ったが、王家が関わることだから何でも許されているんだろう。


 隣から書類を覗き込んだリュドヴィックも面白いほどにエリンと同じ反応をした。

 口を大きく開けているリュドヴィックにエリンは話しかけた。


「これってつまりもう私と貴方は夫婦ということ……?」


「うん。王はよっぽど私に戻ってきてほしくないみたいだな」


 リュドヴィックは自虐的に言った。


 なるほど、リュドヴィックがドラゴン島に到着した後すぐ帰りたがることを危惧して、爵位を継がせてしまえば戻れない。そう考えたのだろう。

 国王はやっぱりドラゴン島のことを恐ろしい牢獄だと思っているのだろうか。



「君の許可もないのに、すまなかった」


 思いつめた顔をしているリュドヴィックは謝罪した。


「いやリュドも知らなかったわけだし……。

 国王の意向もあるけど、うちの父も乗り気だったと思うわ」


 自由になりたいブルーノが領主の立場にうんざりしていたことはよく知っている。

 エリンが学園を卒業したら、すぐに婿とエリンに後を継がせたいとはずっと言っていた。

 きっと相手を見つけることができなかったエリンに内心がっかりしていたことだろう。


 だからと言って、このすべて丸投げは最悪だが。


「それで、リュドはどうかしら。まだ到着したばかりだけど、ドラゴン島は。

 この婚姻と相続に異議を申し立てる?」


 エリンが聞くと、リュドヴィックは首を振った。


「いや、いい。どうせ私はもう戻れないし、戻る気もない」


 リュドヴィックは真剣な表情になる。意志は固そうだ。

 王都で何があったのか知る由もないが彼の意志を固める何かがあったのだろう。


「そっか。じゃあ遅かれ早かれ私たちは結婚していたわけだしまあいいか」


 エリンは書類をペラペラめくりながら、あっさりと言った。


「受け入れるのが早いな」


「切り替えの早さは私の長所なの。あの父といたら、自然と鍛えられるわ」


「確かに」


「私の考え方を変えるしかないわ。毎回カッとなるけどね」


「君はいいのか?突然私と結婚だなんて」


 ずっと不貞腐れていたリュドヴィックだが、初めて気遣う声音を出す。

 リュドヴィックは一応罪人であるが、エリンは何も罪のない若い令嬢なのだ。客観的に見ると、一番の被害者はエリンだった。


「ええ。私はさっきも言った通り、事業のパートナーを探していたの。リュドの力を貸してもらえると嬉しい」


 当のエリンはリュドヴィックを夫というより優秀な人材として見ていたのであっさりと答えた。


「わかった」


 先ほどはエリンの言葉をまっすぐ受け止められなかったが、今度はリュドヴィックもしっかり頷いた。

 どちらにせよもう領主になってしまったのだ、やるしかないだろう。



「父に怒りをぶつけるのは結婚式にしましょうか」


「結婚式には帰ってくると言っていたな」


 王家との契約書類だけかと思いきや、ドレスのデザイン画などもあった。準備のいいことだ。


「結婚式かあ」


 ドレスのカタログを興味なさそうにリュドヴィックは見ているので、エリンはすぐに怒りの声を挙げた。


「リュドは追放されてこの国に来て、私との結婚は、罰だと思っているかもしれないけど。私は普通に結婚を夢見ていた乙女だということはお忘れなく」


「あ、ああ……。そうだな。ごめん」


 ハッと気づいたようにリュドヴィックは言う。

 言われるまで気づかないだなんて、王と親子そろって失礼だ。この島は監獄ではない。

 でも、きちんと謝ってくれるならそれでいい。リュドヴィックは反抗期だとしてもやはり素直だ。


「わかってくれればよろしい」


 長所の切り替え力を発揮して、エリンは笑顔に戻った。


「さっき父も言っていたけど、領地運営は島に戻ってからは私は全てがやっていたし特に困ることはないかな。少しずつリュドヴィックにも引き継ぐわ」


「わかった、よろしく」


「さっきも話したドラゴン事業についてはおいおい相談するわ」


「うん」


 話がひと段落ついたところでエリンはどっと疲れが押し寄せてきたのを感じる。

 隣のリュドヴィックも疲れた顔でお茶を飲んでいた。


「今日は一旦休憩にしましょうか。また夕食で会いましょう」


「助かる」


「じゃあ、あなたの部屋を案内させるわね」


 学園では遠い存在だったので、リュドヴィックとこれだけ会話をするのは初めてだ。

 面倒なことにお互い巻き込まれたので、一種の仲間意識は芽生えていた。


 ――もう仲間を飛び越えて、夫婦になっているのだが。

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