18 エリンの危うさ
午後は予定通り基地に赴き、ヘイデンに速達便事業についての相談と候補の騎士について話し合った。
人は有り余っているのでルロワ騎士団から人員を割くことにはなんら問題はなく、ヘイデンとエリンは候補に何人かの騎士の名前をあげていった。王都で勉強したいと公言していた者、マークの次に王立騎士団に派遣したいと考えていた者、環境の変化に対して不安がない者など。
それから数名の騎士をまとめるリーダーについては、子供が既に大きくなった夫婦を何組か候補とした。エリンの説明によるとどの夫婦も夫は優秀な騎士で妻はドラゴンの管理者なのだという。
「候補の騎士たちにはヘイデンから話をお願いね」
三十分程たち、あらかたの候補が固まったところでエリン話を切り上げた。
「任せろ。ええと手紙は三日中くらいには届けたいんだったな」
「お願いね。私もそれとなく反応を伺いたいんだけど、今から世間話ついでに少し話をしてきてもいいかしら?」
「やる気がありそうだったらその場で決定してもいいぞ!」
ヘイデンは豪快に笑うとエリンは頷いて「じゃあリュドいきましょうか」と声をかけた。
「ああエリン、すまん。ちょっとリュドヴィックを借りてもいいか?」
リュドヴィックが立ち上がろうとするとヘイデンが割って入った。
「なにかあった?」
「いや、リュドヴィックもこれからはルロワの男だ。ルロワ騎士団の制服をリュドヴィックにも渡そうかと思ってな!」
「騎士の制服を?」
「リュドヴィックは剣の腕も立ったんだろう!俺たちからの友好の印ってわけだ!さ、こっちに制服があるから!」
ヘイデンはリュドヴィックの肩をがっしり掴んで別室に連れて行こうとする。
距離の近さに戸惑うリュドヴィックだったが、エリンは「いってらっしゃい!」と手を振るのでそのままヘイデンに誘導されていった。
・・
「どうだ?お、似合うな」
隣の部屋にはいくつか制服が用意されていて促されるまま腕を通した。
制服は訓練生はグリーンで、正騎士は自分のドラゴンと同じ色の制服を選ぶのだと言う。騎士の数に比べてドラゴンの数は少ないので正騎士になって初めてパートナーが決まるらしい。
リュドヴィックはリュールと同じ山吹色の制服を選んだ。
ドラゴンに乗りやすいようにジャケットはショート丈でズボンも細身ですっきりとして動きやすい。
「元王子が新領主になったって聞いて、騎士たちは盛り上がっている。王族はいつか自分が仕えたいと思う相手だからな」
ヘイデンはリュドヴィックが元王子だと知っていても話し方を変えたりはしない。今のリュドヴィックにとってはやはりその対応がありがたかった。
「僕にその価値はもうないが。追放されたんだぞ」
「この島の人間は、二人が学園生活中に恋に落ちて大恋愛の末に王位を第二王子に譲ったと思っているから大丈夫だ」
「なんだって!?」
「その方がいいだろう」
ヘイデンは大きな口を開けて笑った。
(一国の王が恋愛を優先するなんてなんてありえないだろう)
リュドヴィックはそう思ったが、危険分子の聖女の洗脳にまんまとひっかかりなんの罪もない婚約者を断罪して国外追放、と比べたら何倍もマシな理由かもしれないとも思った。
「とにかく。島の人間はリュドヴィックを歓迎している。それでいいだろう。
それで……リュドヴィックに少し話があるんだが」
「それが本題か」
それで騎士の制服を渡すなどど言ったのか、と不自然に感じたヘイデンの対応を理解した。
「エリンに関わる話でもあるからな。少し話したい」
ヘイデンはそう言うと部屋にある小さなソファに座るように促した。
「ルロワ騎士団の……あまりよくない話だ」
リュドヴィックが座るとすぐにヘイデンは真剣な面持ちで語り始めた。
「エリンはこの島の人間を皆頑張り屋でやる気に満ち溢れていると思ってる」
「ああ、そうだな」
「でも残念ながらそういった人間だけではない」
「まあそうだろうな」
リュドヴィックはキラキラした瞳で語るエリンのことを思い出しながら頷いた。
「この島は働く場所がない。職がない男たちは皆この騎士団で面倒を見て賃金をルロワ家が出してくれる。
真面目に正騎士や王立騎士団を目指す者もいるが、三分の一ほどはやる気がない。適当に訓練に参加さえすればそれで賃金をもらえるからな。平和な世だ、有事など起こらないと思っているから腑抜けるんだ」
「ふん」
エリンから話を聞いて実は疑問に思っていたことでもあるが、実際に真実を聞くと不満の声が漏れ出た。納得する気持ちと同時にやはりエリンの表情が思い出された。
「俺も幹部たちも目を光らせているがなにしろ数が多いし、そもそも騎士に向いていない者も多い。
どれだけやる気のないやつでもこの島の人間の責任はとるとブルーノの時代から言われてるから辞めさせられもしない。だから、こうやって新しい仕事を提供してくれるのは本当に助かる」
「騎士に向いていない者というのは、例えばどんな者だ?」
「一言でいうと、体力がない者だな。斧も剣も扱えずろくに走れもしない。
指揮官として才能がありそうな者もいたりするけど、いかんせん実技ができないと人の上には立てない」
「なるほど。知性はあるわけだ。そういった者が活躍できる仕事も考えてみよう」
「頼んだ」
ヘイデンは深く頷いた後に、少し迷いながら話し始めた。
「エリンはあの通り、見たまんまの人間だ。人を疑うということをしらん。エリンが語ることは綺麗事でもある」
「そうだな」
「それはエリンの危うさだ。全てを信じてプラスにとらえてしまうから、崩れていることに気づかないまま進んでしまう。エリンだけで行う事業は夢物語で終わってしまう。
……だからリュドヴィックがエリンのパートナーになってくれて安心した」
「僕が?」
「初めて会った時に俺を疑うように観察していたからな。お前はエリンと人の見方が違う」
ヘイデンに穏やかな目を向けられるとリュドヴィックは深く頷いた。
(エリンは人を信じるところから始まる、僕は疑うところから始まる)
それはリュドヴィックにとって引け目だった。エリンの眩しさに暗くなることがあった。彼女の隣に立つのは自分でいいのだろうか、と。
「俺はエリンにはあのままでいて欲しいと思っている。エリンの明るさに救われる人は絶対にいるからだ。曇りないままいてほしい」
「同感だ」
「さてはリュドヴィックも救われたか」
「な……」
リュドヴィックの反応にヘイデンの目尻が大きくたれさがる。
「俺は王都の騎士団に行ったときにお前を見た。あの時はどんな男か掴めなかったが、今の方がずっといいな」
「ふん、話がそれているぞ」
「ははっ、悪かったな。とにかくリュドヴィックはエリンに染まらず今のままでいて欲しいんだ」
「それなら簡単だ」
「頼んだ。まあこれは騎士団長というよりかは父親代わりの頼みかもしれん!」
ヘイデンは優しい目をしてもう一度豪快に笑った。
――人の醜さはいやというほど知っている。
裏表がある人間をどれほど見てきたことか。王になる立場として信頼できるものか、否か、人の真意を読み取る癖がついている。表面だけの対応をどれだけ繰り返したか。
彼女の透明さは自分には眩しすぎて、嫌になるときがある。
でも、そうか。
こんな自分だからこそ出来ることがあるのか。
「ありがとう、ヘイデン。僕がこの島にきた意味がわかった」
「島の人間が島を愛しているのもルロワ家に義理を感じているのも本当だ。若い二人のために出来ることはなんでもするさ」
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