28. かわたれどき

 日藤は夜明け前に目を覚ました。傍らには流しっぱなしのラジオ。文机で寝落ちしていたようだ。凝り固まった肩をだるそうにほぐして、彼はアシュレイのいる六畳間へと向かう。生首は目を開いてぼうっと宙を見つめていた。

「散歩でも行くか」

 それを聞いてアシュレイは「良いのかい?」と目を輝かせた。この生首は自分では移動できないわりに、外に出かけることが好きなのだった。


 まだ日も昇らぬ薄暗い路上を、鳥籠の載ったキャスターを引いて彼は歩いている。冷え冷えとした空気の中、街頭の明かりだけが淡く照っている。路地を抜け橋を渡り、両脇に田んぼの広がる一本道を進んでいく。

 辺りはほんのりと霧がかっていた。日藤は(珍しいな)とちょっと不思議に思ったが、たいして気には留めなかった。


「なんだか雰囲気があるね。こんな朝は、何か面白いものが見られる気がするよ」

「何だそれは。……だがまあ、かわたれどきと言うくらいだしな」

「カワタレ……何だいそれ」

彼は誰時かわたれどき誰そ彼時たそがれどきの類語で、夜と朝の境目の、こんな薄暗い早朝のことだよ」

「へー。さすが、物知りだね」


 彼は上の空で、田んぼの向こうにある山々を眺めている。先ほどそれを口にした時から、彼はじわりと胸騒ぎを覚えていた。たそがれどきは不吉な時間。人が異界に連れ去られる時。

 ならば、かわたれどきとは一体何が起こる時なのか。こんな変に暗く霧深い早朝に、こんなところを歩いていていいのだろうか。

 やはりもう帰ろうか。日藤が鳥籠の中へと声をかけた時、彼は異変に気づき立ち止まった。アシュレイの姿がない。かの生首が収まっていたはずの鳥籠は、いつの間にか空っぽになっている。

 冷たい風が彼の背を撫でた。白々とした街灯が、彼の頭上で頼りなく明滅している。

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