30. 雲壌/天地

 骨董屋日藤は、週末に都内某所で行われる蚤の市、その準備に追われている。六畳間は積まれた段ボールや散乱した梱包材で足の踏み場もない。

 日藤は陶器を紙包にくるんで箱に収めていく。今日中に発送手続を済ませなければならない。手際よく作業を進めていると、アシュレイから茶化すような声がかかった。

「あの黒猫じいさんを撃退したんだって? やるじゃないか」

「見逃されただけだろ。それよりお前、大分探したんだぞ。手間かけさせやがって」

「しょうがないだろ。私はずっと寝てたんだから、どうしようもない」

「家まで運ぶのも大変だった。人の頭部って、あんなに重くて持ちづらいものだったか」

「はいはいご苦労様」


 ぼやく日藤を眺めながら、アシュレイはニヤニヤとしながら、こんなことを言った。

「それより、あの白猫から聞いたよ。きみったらずいぶんクサイ台詞を言ったものじゃないか。『あいつがいると退屈しないので』だったかい。大層な気に入りようだね。お熱いねぇ」

 日藤は梱包の手を止め、ジロリと生首を見やった。

「は?」

「そりゃあ好きにもなっちゃうよね。ほら、私ってば完璧に美しいから!」

 日藤は立ち上がると、アシュレイの入った鳥籠を乱雑に持ち上げた。それを視線の高さまで持っていくと、むっとした顔で言うことには、

「何か勘違いしているようだが、俺が、お前を見つけ出したんだ」

 俺がいなかったら、お前は今頃物置の中で埃にまみれていたに違いない。

 するとアシュレイは意地の悪い笑みを浮かべる。

「いいや。私が、きみを虜にしたんだよ」

 私がいなけりゃ、きみは今も独り寂しく酒でも飲んで、しみったれた余生を過ごしていたさ。

 両者はしばらくにらみ合いを続けていた。

 やがて日藤は鳥籠を抱えて立ち上がると、手近な段ボールにそれを放り込んだ。そのまま蓋を閉めてガムテープの音をびりびりと鳴らす。「これも必要だな」と、天地無用と書かれたシールをべたりと貼り付けた。

「冗談だって!やめて発送しないで!」

 箱の中からアシュレイの情けない声が聞こえる。彼は笑いながら鳥籠を取り出して、ちゃぶ台へと戻した。


 障子の裏に、廊下の隅に、埃の積もったケースの影に、黴の匂いがする棚の間に。人ならざる気配はあちこちから感じられた。そうした息遣いやささやき声が、徐々に近づいてきているようにも思える。


「作業終わったら、茶でも淹れるか」

「やった。私はおせんべいが食べたいな」

 だが今のところは、いたって平和な六畳間であった。

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鳥籠とムーンライト あおきひび @nobelu_hibikito

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