29. 答え

 霧深い早朝の神社。日藤が長い石段を駆け昇っていくと、その先には大きな石造りの鳥居がそびえ立っている。頂上に着くと、彼は乱れた息を整えてから、境内へと一歩踏み出した。


 本堂の前で、一匹の黒い猫がまっすぐに座って、こちらを見据えていた。その尻尾は二股に分かれている。先ごろ見た黒猫だ。

「忠告はしたぞ、用心せよと」

 日藤は目をそらさずに進んでゆき、黒猫と正面から対峙する。

「いかにも、あやつを連れ去ったのは我である。その理由も、わかっておろうな」

 鋭い眼光が彼を射貫く。日藤はひるむことなく呼びかけた。

「あいつを返してくれ」

「ならぬ」

「何故」

「あやつは化け物だ」

 化け物、と黒猫は言った。あいつが? まさか。

「俺にはそうは見えないが」

「分からぬか。宵闇に輝く月のごとく、あやつは人を狂わせるのだ。月自身に罪のないことが余計に性質の悪い」

 おぬしにも心当たりはあるだろう。あやつの周りで起こった怪事件の数々。これ以上は我とて見過ごせぬ。黒猫はフンと鼻を鳴らした。

「それでも聞かぬか。なれば申してみよ。おぬしは何故、あやつを求める」


 日藤は何か言いたげに口を動かし、やがて黙りこんだ。自分の足元を見つめながら、彼の脳裏には一瞬にして多くの光景が巡っていた。とりわけ彼に強く訴えかけるのは、からっぽの鳥籠と、しんと静まり返った六畳間。

 少しの間を置いて、彼はすっと前を向いた。黒猫の方を見ると、口角の片方を上げて笑った。

「あいつと居ると、退屈しないので」


 黒猫は四つの足を地に着けて、日藤をにらみつけた。

「たわけたことを。我はここらの結界を維持するものとして、これ以上見過ごすわけには」

 そのとき、日藤の視界の外から、白いかたまりが猛スピードで飛んでくる。

「ンニャア~~~ォ!」

 白猫が黒猫へと体当たりして、そのまま取っ組み合いが始まった。

「フシャー!」

 黒猫も猫パンチで応戦するが、若干分が悪い様子。白猫はひらりと飛び退いて、日藤へとちょっと目くばせした。

 その尻尾はやはりふたつに割れていた。三角耳にはピアスがいくつも付いている。何だか既視感があったが、彼はよく思い出せない。

 二匹の猫はにらみ合いを続けながら、お堂の奥の藪へと駆けてゆき、やがて姿を消した。


 はっと気づくと、霧はすっかり晴れて、鳥居の向こうから朝日が昇っていた。

 賽銭箱の前に、見慣れた生首が落ちている。近寄って見ると、それはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 日藤は頭を掻いて、それから生首を大事そうに両腕の中へと抱えた。眩しい日の光の中、石段をゆっくりと降りていき、家に帰った。

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