24. センタク

 休日の日暮れ時、ふたりはいつものように六畳間で過ごしている。古い文庫本をめくる日藤をちゃぶ台の上で眺めながら、生首のアシュレイはふと問いかける。

「ねえ日藤くん」

「何だ」

「明日のおやつはどっちがいいかな。亀福堂の羊羹か、山猫庵のどら焼きか」

「どうせお前の気分次第だろ、俺はどっちでもいい」

 しばし沈黙が続き、再びアシュレイが口を開く。

「明日のヘアスタイルはどうしようかな。いつも通りか、後ろでひとつ結びにするか。それともワックスできっちり決めるか」

「好きに選べよ。俺が出来る範囲かつ、気乗りする程度でやってやるから」

 古本のページをめくるかすかな音とともに、夕暮れのチャイムが遠くに聞こえていた。

「じゃあさ」

 アシュレイは少しだけ逡巡したのち、こう言った。

「明日も私はこの部屋に居てもいいかな。それとも、暗いガラスケースの中に帰るべきだろうか」


 日藤は文庫本を閉じた。そして深いため息を一つついて、アシュレイの方を見やった。

「そんなもの、お前の好きにしたらいい」

 今までだって、お前はそうしてきただろうが。それだけ言うと、日藤は読書に戻った。

 アシュレイはしばらくその言葉を反芻していたが、やがて、ふぅと柔らかく息を吐いた。

「そっか。うん。じゃあ、そうさせてもらうよ」

 それは何気ない日常の一ページで、それでもアシュレイは心底安心したように微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る