26. 故郷
「おかえり日藤くん。荷物来てた?」
日藤は黙ってちゃぶ台の上に小包を置いた。中身はアシュレイが待ち侘びていた洋菓子の詰め合わせだ。その他雑多なチラシ類も無造作に投げ出して、彼はどっかりと畳に腰を下ろす。
「あー。また散らかして。チラシはすぐ仕分けて捨てろっていつも言ってるだろう」
「そんなにいうならお前がやれよ」
「私は出来ませーん。生首いびりはもう慣れたよーだ」
舌を出してからかう生首。日藤は「じゃあこの菓子はいらないな」と小包を取り上げる。アシュレイは慌てて「嗚呼ごめんなさい私が悪いんです許してお願い!」と叫んだ。
その日はマドレーヌと紅茶でおやつにした。アンティークのカップ&ソーサーにストローを添えて、フォークで小さく切り分けた焼き菓子と共に卓上に並べる。
アシュレイがダージリンの香りを楽しんでいる間に、日藤はチラシ類の仕分けに取り掛かった。公共料金の支払い通知を間違って捨てて、何度か水道やガスが止められたことがある。ものぐさな彼にとって、アシュレイのお小言はなんだかんだで良い薬だった。それもまた癪ではあったが。
日藤は一枚のチラシに目を留める。それは葬儀社からのダイレクトメールで、近くの公民館で行う終活セミナーのお知らせだった。遺言状の書き方や格安の葬儀プランまで、専門スタッフが手取り足取り教えてくれるらしい。
「おっ、日藤くん。終活にご興味が?」
「俺はそんなに衰えちゃいない」
まあ、ただ、考えはするだろ。そんな呟きに、アシュレイは疑問符つきの目線を向ける。
「今のうちに、永代供養の墓地でも探しといた方がいいかなと。キクコさんのところはこっから遠いみたいだし、他に親類もいねぇし」
「ふーん。きみって案外、故郷の土に埋まりたい的なタイプ?」
日藤はチラシをゴミ箱に放り捨てながら、気もそぞろに返答した。
「まあ、他人の迷惑にならんに越したことはない」
「真面目だねぇ」
「悪いか」
「いいや、良いことだよ」
マドレーヌがあらかた片付いた頃。日藤が紅茶のお代わりを淹れたあたりで、アシュレイがふと口を開いた。
「あのさ。以前から考えていたことがあるんだけど」
「何だ」
アシュレイはためらいがちに切り出した。
「うん。実はね、昔の記憶があいまいなんだ」
君には長いこと黙っていたけれど。だって自分でも釈然としなかったんだ。
「……私がどこから来たのか。どんな道筋をたどって、ここまでたどり着いたのか。断片的な記憶はあれど、全体像はどこかおぼろげだ。自分の正体すらも、自分では分からない有様でさ」
アシュレイはそこで言葉を切った。日藤は視線だけで続きを促す。
「ねえ、私の故郷はどこなんだろう。どこか暗くて寒い場所だった気もするんだけど、そんな場所がふるさとだなんて寂しいだろ。だから、この家が私の第二の故郷だ。帰るべき場所だ」
そうだろう? アシュレイは凛としたまなざしで、彼の方をまっすぐに見上げた。日藤はそっぽを向いて「勝手にしろ」と、肯定のしるしを見せる。
生首は眩しそうに笑った。
「紅茶、もう一杯飲みたいな」
湯気の経つ色鮮やかなお茶を、彼はなみなみとついでやった。
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