9. つぎはぎ

「アシュレイさん、お久しぶりねぇ」

「やあキクコ! 会いたかったよ」

 六畳間で親し気に挨拶しあっているのは、卓上の生首アシュレイと、先代店主の喜久子キクコばあさんである。日藤とは伯母と甥にあたる人物だ。お土産の風呂敷包みを傍らに置いて、積もる話が尽きない様子。いつにもまして賑やかになったと、日藤はキクコばあさんの紫色のパーマヘアを眺めていた。

「キクコ、今日は一体どんなものを持ってきてくれたんだい」

「うふふ、最近お裁縫にはまっていてね」

 風呂敷から取り出したのは、パッチワークのブランケットである。

「うわぁ、すっごい! これキクコが作ったの?」

「そうよぉ。年寄りはヒマでしょうがなくてねぇ、気づいたらこんなに出来ちゃったのよ」

「本当にすごいよ。こんなに美しいパッチワークは見たことがない」

 アシュレイは食い入るように布地を見つめている。なぜそんなに興味を引かれているのか。日藤も近づいて見てみるが、至って普通のパッチワークである。変わった布地であるとか、金銀の糸があしらわれているとか、そうしたことは一切ない、飾り気のない素朴なものだ。

 ではなぜ、アシュレイは「美しい」などと。そんな日藤の疑問はすぐに解消されることとなる。

「だって、縫い目のひとつひとつに丁寧な心がこもってる。ああ、その美しい心が、私には尊く感ぜられるのだよ」

 日藤は、ほう、と感嘆の声を漏らす。意外に思えたが、アシュレイは「美は心」派であるらしい。日藤自身もそうだった。

 日々古道具に接し、その経てきた年月を手触りや色つやに感じ取ってきた彼だからこそ、理解できることがある。人がモノと大切に向き合い、長い年月を暮らしていくことで、その心が古道具の美となって立ち現れてくる。色や形ではなく、それが人と共に過ごしてきた歳月こそが、骨董の美しさを確かなものとしている。傷一つない茶碗よりも、ひび割れを巧く金継ぎした茶碗のほうが、彼にとっては美しいのだ。

 この生首、案外分かってるじゃないか。ひそかに感心する日藤をよそに、二人は昔話に花を咲かせていた。まだまだ賑やかな時間は続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る