8. 鶺鴒(セキレイ)

「鳥、ですか」

「ええ。鶺鴒セキレイという鳥なんです。今まで沢山のお店や市を巡りましたが、何年探しても見つからなくって」

 日藤はそれで安心した。とりあえず、彼女はまともな客のようだ。探し物は、セキレイの描かれた皿か掛け軸のたぐいだろう。

「お探しします。少々お待ちください」

 女性を応接セットに座らせ、陳列された骨董品たちに向き合う。条件に合うものは確かここだったかと、目星をつけて探しにかかる。

 それにしても、なぜ「セキレイ」にこだわるのだろうか。似たような小鳥なら他にもたくさんいるというのに。少しの疑問を抱きながら、棚の奥へと手を伸ばす。


 そうして探し当てたのは、陶製の大皿で白い釉薬を塗ったものだった。白い表面を半紙に見立てて、細い筆で鳥の絵柄が描かれている。小枝に止まり首をかしげる白黒の鳥は、セキレイで間違いなさそうだ。くちばしを細く開いて今にもさえずり出しそうな、生き生きとした表情を醸している。これならあのお客も満足するだろう。そう安堵したのも束の間のことだった。

「嗚呼。そこに居たのね」

 突然すぐ近くから女の声がして、日藤は背筋を凍らせた。いつのまにか彼のすぐ後ろに立っている女性。彼女が近づく気配はなかった。足音のひとつすらしなかった。いつからそこにいたのか。

「かわいそうな人。こんなところに閉じ込められて」

 女は日藤の背中ごしに手を伸ばして、大皿の縁をいとおしそうに撫でた。日藤はおそるおそる目線だけをそちらにやった。彼女の表情は恍惚に歪み、生温かい吐息が彼の背に伝わってくる。

 女はそっと大皿を自分の腕へと引き取り、強く抱きしめた。そしてうっとりとした口調で、

「まってて、すぐに逃がしてあげる」

そう呟くと、間髪入れずに大皿を頭上に振り上げた。

「待て、何を……」

 日藤の制止も届かず、女は皿を床に叩きつけた。それは耳障りな音を立てて割れ、白い陶の破片が一面に散らばる。

 ばらばらに壊れた皿を前に、女は沈黙した。痛いほどの静寂がその場を覆っている。喉に張り付く舌をなんとか動かし、日藤は何かを口に出そうとした。しかし、


「あっ……すみません。掃除道具はありますか」

 振り向いた彼女は先ほどとは似ても似つかない、いたって申し訳なさそうな様子で頭を下げた。

 女性は棚の陰に立てたほうきとちりとりを見つけ、割れた皿をきれいに掃きとった。「弁償します。おいくらでしょうか」と財布を取り出すのを見て、日藤はやっとのことで我に返る。

「いえ、こちらの不手際です。本日はお代もけっこうですので」

 そう言い繕うので精一杯だった。

 ドアベルを鳴らして、彼女は人の好さそうな笑みを浮かべて去っていく。「では私はこれで。どうもありがとうございました」

 その後ろ姿を見送った後、日藤は眉間を押さえて椅子に座り込んだ。あの女は何だったのか。鶺鴒の皿に見せた異様な執心と破壊。とりわけ不気味なのは、あれだけのことがあったにも関わらず、彼女が何事もなかったかのように振る舞ったことだ。どう振り返ってみても、尋常な様子ではない。

 バックヤードからアシュレイの声が響く。「日藤くん、大丈夫かい? 何やら大きな音が聞こえたけれど」

 日藤は額の汗を袖でぬぐいながら、遠くの声へと言葉を返した。

「いいや、なんでもないよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る