18. 椿
「そういえば、例のお客はどうしたんだい。あの、椿の」
「ああ、何度か連絡をしたんだが、中々電話に出てくれなくてな。全く、送金手続きがまだだというのに」
ちょうどその時、店の電話が鳴った。日藤は妙な胸騒ぎを覚えつつ、受話器を取る。
電話の主は、例の依頼人の親族とのことだった。彼女が遠慮がちに言うことには、買取依頼は取り消してほしい、と。
日藤が理由を尋ねると、彼女はしばしためらった後に答えた。
依頼人の男は死んだ、と。
「どうして」
日藤の口から言葉がこぼれた。受話器を持つ手が震え出す。
電話口の彼女はたどたどしくも説明した。男が心を病んでいたこと、人知れず身辺整理をしていたこと、そして最期は自ら命を絶ったこと。
「集合住宅の屋上から、飛び降りたんです」
それを聞いた日藤の脳裏には、男の最期の光景がありありと映し出されていた。コンクリートに叩きつけられ、血に染まった死体から、真っ赤な花が咲いていく。
男は自ら椿になったのだ。日藤はそう直感した。全身に悪寒の走る中、彼はかろうじてやり取りを終えて受話器を置いた。
悄然として座り込む日藤に、後ろから声がかかる。
「大丈夫かい、日藤くん」
アシュレイの表情は読み取れない。眩しい逆光が鳥籠の辺りを白く染め抜いている。
「彼、残念だったね」
その声はあまり感情を含んでいない。どこか淡々と、起きた事実のみをなぞるような。冷静すぎる……少なくとも日藤には、そう聞こえた。
「……少し、風に当たってくる」
日藤は半ば逃げ出すように、戸口から表に出た。いまだ収まらない寒気を抱えながら、人気のない朝の住宅街を歩く。
陽の光がやけに眩しい。思わず目を閉じれば、瞼の裏には不吉な赤がよぎった。
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