19. 置き去り
骨董品の買い付けの帰り道、日藤は近所の駐車場に車を停め、台車を押しながら自宅への道を進んでいた。そこは平坦な歩道のない道路で、片側一車線の車道がゆるいカーブを描いている。
今日は良い収穫があった。日藤は入手した品物の陳列方法などを考えながら、アシュレイと骨董品の載った台車をゆっくりと押していく。
前方から軽トラックが走ってきた。日藤は台車を端によせ、車とすれ違う。
その直後。ガシャーンと大きな衝突音が響いた。日藤は思わず身をすくめながら、背後を振り返る。停車した軽トラックのそばに自転車が横転している。乗っていた人はどこに? ヘルメットを被った学生が道路にうずくまっている。交通事故。警察。怪我人。死……。
日藤はしばし雷に打たれたかのように硬直していたが、すぐに携帯電話を掴んで走り出した。事故の通報、怪我人の救護。事がことならば、一刻を争う事態だ。
日藤の通報のおかげで、その事故は円満に収束した。駆け付けた警察官の事情聴取に、運転手は青くなって頭を下げながら応答した。幸いなことに、自転車の少年にほとんど怪我はなかった。数十分のうちに聴取は終わり、警官たちは捜査協力の礼を述べつつ去っていった。
一方その頃、アシュレイは台車の上から、事故の後処理の様子を眺めていた。日藤は事故現場へと行ってしまったので、現状はこの生首の身ではどうすることもできない。鳥籠の中から天を仰ぐ。どんよりと曇った空からは、今にも雨が降り出しそうだ。
日藤くんは大丈夫だろうか。アシュレイは物思いにふける。彼は最近、妙に落ち着きがない。物音に敏感だし、その割りには呼びかけになかなか返事がなかったりする。何かを恐れているような、そんな様子だ。
それに、私を見る目もなんだか変な気がする。何か後ろめたいことでもあるのか。それとも私におびえているのか、まさかそんな事もあるまい? 何にせよ、友人として心配だ。
遠くの山の方からカラスの声が聞こえる。そちらを見上げると、黒い鳥が数羽、大きく輪を描くように飛び交っている。があがあとわめきながら、山裾へと羽ばたき下りていく。
置き去りにされた所在なさに、アシュレイは一人つぶやいた。
「雨はいやだなぁ。せっかくのヘアセットが崩れてしまう。無粋なカラスもいることだし、早く迎えに来てくれないかなぁ」
その鼻先で、ぴちょんと雨粒が跳ねた。ぽつりぽつりと雨が降り出し、やがて本降りになっていく。
芯までずぶぬれになりながら、アシュレイはあくまで朗らかに、こう一人ごちた。
「まあ、なるようになるさ」
この雨だって、早めのシャワーにはちょうどいい。アシュレイはそう思うことにした。数十分もしないうちに雨は降り止み、それと同時に日藤が戻ってくる姿が見えた。
翌日、アシュレイは盛大に風邪を引いた。
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