11. 坂道

 長い長い上り坂を、日藤は登っていた。アシュレイの乗った台車を引きながら、木々に囲まれた荒れ道を行く。依頼人の待つ別荘は人里遠い森の中だ。舗装のない旧道の草むらを抜けて、台車はがたんがたんと不安に揺れる。

「日藤くん、手、離さないでね。絶対だからね」

 生首は白い顔を更に蒼白にして、来た道から目を離せない様子だ。急勾配の坂の上、転がり落ちればひとたまりもない。日藤は息を切らしながら、黙々と歩みを進めて行く。


 そうしてたどり着いたのは、蔓草がはびこる西洋風の屋敷だった。年老いた依頼人に迎えられ、年季の入った調度品の並ぶ応接室に腰を下ろす。

 香りの良い紅茶を差し出しながら、老紳士はうっすらと笑みを浮かべる。

「お待ちしておりました。本日は、事前にお伝えしていたように、私のコレクションを一括で引き取っていただきたいのです」

 かなりの作業となりますが、どうぞご容赦ください。依頼主はそう言って遠慮がちに身を引いた。

「お任せください。あなたのコレクションは責任持って、私どもがお預かり致します」

 日藤は軽く頭を下げ、それから並べられた骨董へと向かう。数々の陶磁器やガラス工芸の名品を前に、彼は真剣な目でひとつひとつ鑑定していく。それらの品に正しく値をつけ、その価値を遍く伝えるために。


 応接間に残されたアシュレイは、さてどうしたものかと視線を巡らす。すると老主人から声がかかり、しばし二人で語らうこととなった。

 主人がティースプーンに掬った紅茶を、アシュレイはひとさじ口に含む。

「お気遣いどうも。ご主人は、見に行かなくていいのかい。大切な品なんだろう」

「ええ、もう別れは済ませましたから。……それよりも、私はあなたとお話がしたい」

 革張りの椅子に腰掛けた老人の背中は、先ほどよりもずいぶんと小さく見えた。

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