第4話 目的

ユグレイティの地に保護を求めた魔人の衰弱は激しく、回復までに時間を要した。

やはり、魔力は大部分を奪われたようで、回復は微々たるものだった。記憶がないのは、大量に魔力を奪われたことによる反動か、それともそのように更に暗示をかけられたのか、それは分からなかったが。


30台前半の見かけ。茶色の髪に、緑色の瞳の男は、カミュスヤーナの前に跪いて、頭を垂れる。

「魔王様。命をお助けいただきありがとうございます。」

声にかすれはなく、はっきりとしており、陰りは見られなかった。

男の言葉に、カミュスヤーナは、軽く頷く。


「そなたの記憶は、未だ戻らないか?」

「どこかに捕らわれていたようだとしか。ご不審であれば、記憶を見ていただいて構いません。」

「名前もか?」

「申し訳ございません。」

男はさらに深く、頭を垂れた。カミュスヤーナはその様子に首を横に振った。


「よい。記憶を見させてもらうぞ。」

カミュスヤーナは、座っていた椅子を後ろに引き、男の側に歩み寄る。

その様子を、机の端では宰相のアシンメトリコが、扉の横では護衛騎士のセンシンティアが見つめている。

カミュスヤーナは、男の頭に右手を置き、目をつぶった。


しばらくしてゆっくりと瞼を上げる。赤い瞳が瞬かれる。

そして、机の端にいるアシンメトリコを振り返った。

「アシンメトリコ。用事ができた。しばらく、この地を離れる。」

「カミュスヤーナ様?」

カミュスヤーナの突然の申し出に、アシンメトリコは瞳を瞬かせた。カミュスヤーナの顔を見つめるが、彼の面には何の色も現れていない。


「どこに行かれるのですか?」

「それは言えぬ。」

「カミュスヤーナ様!」

アシンメトリコが声を荒げた。目の前の2人の様子を、男は茫然と見つめている。


「あぁ、それとそなた。」

カミュスヤーナに声をかけられ、男がビクッと身体を震わせた。

「そなたの名前は、クリステルだ。よくやった、クリステル。これで目的は遂げられた。」

カミュスヤーナは、口の端を上げて笑った。


声をかけられた男-クリステルは顔を青ざめさせる。アシンメトリコは、主の只ならぬ雰囲気に、センシンティアに声をかけた。

「センシンティア!カミュスヤーナ様を拘束せよ。外に出すな!」

「もう、遅い。」

カミュスヤーナは、窓に向かって右手を掲げ、衝撃波を打ち込んだ。

窓が枠から外に向かって吹き飛ぶ。


「心配するな。この身体は丁重に我が地に迎えさせていただく。二度と出さないがな。」

カミュスヤーナは、自分の胸に手を当てて、淡々と告げた。

「カミュスヤーナ様!」


追いすがってくるアシンメトリコとセンシンティアを片手で薙ぎ払うと、カミュスヤーナは窓があったところから外に身を躍らせた。そのまま、空中に浮遊して、一点を目指して飛んでいく。


すぐさま、アシンメトリコは、カミュスヤーナが出て行った先に目を凝らすが、既にカミュスヤーナの姿は点のようになっていて、その内見えなくなった。

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