第2話 迷い人

魔人の住む地ユグレイティは、大部分が森に覆われている。気候は温暖で、雪はまず降らない。そして、住んでいる魔人は魔王の館にいるもののみ。町や村は存在しておらず、魔物の集落が点在するだけである。


この地を治めている魔王カミュスヤーナは、魔人のユグレイティの地への不法滞在を許していなかった。ユグレイティの地には、侵入検知の結界が張られており、魔力を持つ魔人の侵入を検知した場合は、カミュスヤーナが分かるようになっている。


ここ最近の魔人の侵入の検知はなかった。だから、宰相アシンメトリコが告げた内容に、カミュスヤーナは困惑の色を隠せない。


宰相アシンメトリコは、目の前にいる主に向かって、頭を下げる。

「命を助けてほしい。と、その魔人は申しております。」

「そなたは直接会っているのか?虚偽の可能性はありそうか?」

カミュスヤーナは、アシンメトリコに向かって尋ねた。


「確かに来ている衣服もボロボロで、大分やせ細っています。しかも・・保持魔力がほとんどないようです。」

「だが、どこから来たのかも、自分が何者か、なぜそのような状態になったのかも、分からないと言っているのだろう?命を助けるのはいいが、そのままこの地に留まらせていいかの判断が難しい。」

カミュスヤーナは、その赤い瞳を細める。


魔人なのに、保持魔力がほとんどないということはあり得ない。魔力は命を燃やす燃料のようなもの。人間よりも寿命が長い種なのだから、それなりに魔力は保持しているはず。ということは、元々持っていた魔力を他者に奪われたのだろう。魔人であれば、相手より魔力量が高ければ、魔力を奪うことは可能ではある。つまり、その魔力を奪った者は、それなりに高い魔力量の魔人であるということになる。


可能性が高いのは、他の魔王か魔王の配下。


隣の地ジリンダは以前に合った一件により、このユグレイティの地と友好関係を築いている。そこから逃げてきたわけではないだろう。すると、南以外の地・・。だが、ユグレイティの地の境域結界には反応はなかった。ただ、魔力を保持していなかったのだから、結界に反応があるわけがないのかもしれないが・・。


その魔人が、どこかの地からの刺客であると、否定ができないが、そのような状態では、他の者を害すことなどできないだろうと、カミュスヤーナは思い直した。


「ひとまず、食事を与えて、回復を待とう。回復してから、記憶を覗けば、虚偽かどうかもわかる。」

「かしこまりました。」

アシンメトリコは、カミュスヤーナの言葉を受けて、空中の何もないところをしばし見つめた後、軽く目をつぶった。


「イーヴォとブラウリオに申し付けました。また、その件で、エンダーン様が謁見を申し込まれておりますが、いかがしますか?」

「・・エンダーンにはすぐ会う。そう伝えよ。」

カミュスヤーナは、机の上に肘をつく。


魔王カミュスヤーナが、このユグレイティの地を治めるようになってから、まだ数年足らず。その内1年は本人が行方不明になっていたこともあって、実際に治めた期間は更に短い。他の地との交易も、隣の地ジリンダくらいで、それすらも始まったばかり。それなのに、何かしら干渉を受けるのは、ひとえに魔王カミュスヤーナの存在があるためである。


魔王カミュスヤーナは、プラチナブロンドの髪と赤い瞳を持つ、容姿の整った男で、保有している魔力量は、他の魔王の中でも多い。その多さゆえに、魔力が飽和状態になると、破壊衝動が引き起こされ暴走するという厄介な側面も持ち合わせている。

また、魔人なのに、人間の住む地で育ったという異色の経歴を持つ。彼の伴侶テラスティーネと、出会ったのも婚姻したのも、人間の住む地である。


その魔力量の多さと、整った容姿、人間の住む地で育ったことによる魂の美しさにより、他の魔人、特に魔人の中で力のある魔王の興味を引く存在と化してしまった。


行方不明になっていた間の後始末も終わり、ようやっとのんびりと過ごせるようになったと思っていた矢先の出来事に、カミュスヤーナは大きく息を吐いた。

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