第12話 彼が伴侶を好きな理由
イヴォンネは眠っている男性の額に、細い棒状の魔道具の先を押し当てた。手に持った魔道具に対して、微量の魔力を送り込むと、男性の瞼がゆっくりと上がった。
「カミュスヤーナ。」
イヴォンネが名を呼ぶと、カミュスヤーナは軽く瞬きをした後、寝台の端に乗り上げているイヴォンネの顔を見て、その表情を緩める。
「テラスティーネ。」
「カミュスヤーナ。今日は口づけする前に、少しお話をしませんか?」
「君が望むなら、喜んで。」
カミュスヤーナは、寝台の上に上半身を起こす。イヴォンネは寝台の上から身を外すと、近くにある円卓の椅子に腰を下ろす。部屋の扉の近くに立っていた青年が、円卓にお茶の準備をする間、カミュスヤーナも別の椅子に腰を下ろした。
青年はお茶の準備を済ませると、その緑色の瞳で、カミュスヤーナとイヴォンネを順に見つめる。イヴォンネが軽く頷いたのを確認すると、また部屋の扉近くに戻った。
青年は、ずっと昔から仕えている者だ。名前をヴァルッテリと言う。今は魔王ラーファエルの命を受けて、カミュスヤーナについている。橙色の髪に、緑色の瞳を持つ自動人形だ。普段から様々なことを申し付けられて作業する万能者だ。
ラーファエルは、最初にカミュスヤーナに会ってからは、直接会うことをしなかった。こうして魔力を貰いに来るのも、イヴォンネが一人で来て行っている。さすがに、イヴォンネとカミュスヤーナを部屋に2人きりにするのは憚られるのか、必ず、ヴァルッテリが監視をしている。
以前、ヴァルッテリに、ここでの内容はラーファエルに報告しているのかと、イヴォンネが聞いたところ、自分は、カミュスヤーナがイヴォンネに危害を加えないよう監視しているだけで、報告義務はないと答えていた。イヴォンネは、何度か、ラーファエルと話す時に、それが本当か探りを入れているが、確かに報告はしていないようだった。
イヴォンネでは、カミュスヤーナを目覚めさせることも、眠らせることも、イヴォンネを彼の伴侶テラスティーネと思わせることもできないので、ラーファエルが、それらのことができる魔道具を作った。先ほど、寝ているカミュスヤーナの額に押し当てたものが、それだ。
イヴォンネは最初、カミュスヤーナを贄にすることに、特に思うところはなかった。そればかりか、もう贄を新たに探さなくて済むという安心感から、手に入れられるなら、それでいいとばかりに思っていた。なのに、彼がイヴォンネを通じてテラスティーネのことを思う気持ちを見て、ここ最近は罪悪感が沸いている。
それと、嫉妬のようなものも。別にカミュスヤーナを好きになったわけではなく、これだけ思われているテラスティーネに対する嫉妬だ。
イヴォンネが本当に欲しいのは、彼の人の心だけなのだ。
「カミュスヤーナ。貴方は私のどこが好きなのですか?」
お茶を飲みながら、イヴォンネが尋ねると、彼は視線をさまよわせる。確かに答えにくいことを尋ねている自覚はある。だが、彼女の周りにはこのようなことを尋ねられる人がいない。
「どこがと言われると難しい。全てとしか言いようがない。」
真顔で答えられると、内容が内容なだけに、イヴォンネの頬に熱が集まる。別に自分のことを言われているわけではないのに。
「私は貴方にそんなに思われるような人間ではないと思うのですが。」
「何を言う。私が危ない目に合った時、助けに来てくれたのは君ではないか。私が厭うていた生まれも関係ないと言ってくれた。私は君がいてくれなかったら、どこかで自分を投げ出していただろう。君がいるから、私は今生きていられると言ってもいい。」
語られ続ける言葉に、イヴォンネは思わず自分の口を両手で覆った。
うぅ・・甘すぎる。思っていた以上だった。
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