第11話 彼女を救う方法

「ファンニ?放っておいてと言ったではないの。」

ファンニは、私に相談を持ち掛けた侍女の名だ。掛け布ごしに聞こえる声は、掠れていて、私の心配を誘う。


「ファンニ?」

「ラーファエルです。お嬢様。」

彼女の呼び掛けに応えると、彼女が身体をこわばらせたのが、掛け布ごしにでも分かった。


「なぜ、来たの?」

「いつも通り勉強を教えに参りましたら、お嬢様が臥せっていると聞いたので、ご様子を伺いに来たのです。」

「大丈夫だから。今日は休むわ。」

そう返されるだろうとは思っていた。私は言葉を続けた。


「お顔を拝見させていただけますか?自分の目で確認しないと、納得できないたちですので。」

「・・・人前に出られるような恰好ではないわ。」

掛け布がごそごそと動く。こちらを隙間から窺っている可能性はあるので、私は掛け布の塊から視線を外さないよう心がけた。


「お嬢様。一目見たら、失礼させていただきますので。」

私が帰りそうもないとわかったのか、掛け布の塊が縦に伸びた。寝台の上で座り込んだようだ。

「こちらに来て、ラーファエル。」

「はい。」


私が寝台に近づくと、掛け布の塊の間から、白い髪に包まれた頭が現れた。長い髪は掛け布の下で動いたせいか、所々縺れている。だいぶ泣いたであろう瞼は腫れぼったくなっていて、頬にはいく筋かの涙の痕が見られた。頬の青あざはだいぶ薄くなっている。そして、わずかに見えた首筋に赤い斑点がついていた。


「お嬢様。」

「ラーファエル。・・私、辛い。」

彼女は、苦しげにそう呟いて、紫の瞳をにじませた。

「何度も痛いと言ったのに、お父様は手を止めてはくださらなかった。」

私はためらいながら、彼女に向かって手を伸ばした。彼女の眼は私を見ているようで、見ていない。


「何度もお母様の名を呼ばれるの。私はお母様ではないのに。」

「っ・・。」

彼女の身体を掛け布の上から抱きしめた。いくら抱きしめても彼女の身体の震えは抑えられなかった。


「もう、さすがに耐えられない。もう一度呼ばれたらどうすればいいの?・・それとも、その内、そんなことも感じなくなるのかしら・・?」

「お嬢様。そんなことはおっしゃらないでください。」

なぜここまで2人の関係は崩れていったのだろう?やはり、姉の存在が魔王様には大きかったのだろうか?だがこれ以上は、彼女の身体も心ももたない。


「助けて。ラーファエル。」

「・・お嬢様。魔王様を討伐なさいませんか?」

私の言葉に、彼女は身体をこわばらせた。


「無理よ。」

「お嬢様のお力であれば、討伐することはできないことではありません。事前の根回しなどは必要になりますが、私が力をお貸ししましょう。」


実際、姉が亡くなってから、魔王様の態度は目に余るものになっていたのは事実。できるだけ周りの者を味方につけて、情勢をひっくり返すのはできないことではない。


「どうか、私にお任せください。」

「・・貴方は、その見返りに何を望むの?」

このぬくもりがほしいと、思わず口走ってしまいそうになった。慌てて口を引き結ぶ。


「私は魔人としては魔力に乏しいので、お嬢様の魔力を定期的に分けていただけませんか?」

「そんなことでいいの?」

「よく考えてください。私は貴方からしか魔力が欲しくないと、言っているのと同義です。」

つまり、私は定期的に、口移しで魔力を奪わせろと言っているのだ。


彼女は私から離れられなくなるし、もし、彼女の魔力が足りなくても、私は分け与えられない。他の魔人から奪えということだ。

彼女にとっては父親である魔王様からは自由になれるが、私が縛り付けることになる。私はそれが分かっていながら、彼女にそれを求めている。そして、弱っている彼女がそれに応じざるを得ないことも、分かっていて私は口にしている。


「いいわ。その話に乗ってあげる。今より悪くなるとは思えないから。」

「では、ひとまず今はお休みください。私が幸せな夢を見せて差し上げます。」


私は彼女を抱きしめていた腕の力を緩めると、右の掌を彼女の両目にかぶせる。しばらくすると、彼女の身体から力が抜け、私の方に倒れこんできた。掌を外すと、彼女の瞼は閉じており、規則正しい寝息が聞こえてきた。


「よい夢を。」

私は、再度彼女を抱く腕に力を込めた。

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