第10話 虐げられる娘

「お嬢様。そのお顔は・・。」

目の前に座っている少女の顔を見て、私は顔をゆがめた。

少女の頬には、大きな青あざができていた。先週はなかったはずだ。

私の言葉を受けて、少女はぎこちない笑みを浮かべた。


「お父様のご機嫌を損ねてしまったの。ちゃんと冷やしたから大丈夫。」

まだ、ふっくらとした頬につけられた青あざは、見ているだけで痛々しい。

「勉強はお休みして、休まれますか?」

「だめよ。お父様に進捗を確認されるもの。進んでいなかったら、また・・。」

少女は、その身体を震わせる。


目の前の少女の名はイヴォンネ。私は彼女の教育係であるラーファエルだ。


イヴォンネ様は、父君である魔王様に虐待されている。事あるごとに、イヴォンネ様は大きな怪我を身体中に負っている。

一介の教育係でしかない私は、彼女に勉強を教えることしかできない。

たとえ、どんなに痛ましいと思っても、魔王様に抗議することなどできない。

彼女に就く侍女も、この件に関しては口を噤んでいる。


彼女は基本この部屋に閉じこもり、外に出ることはないが、唯一魔王様に呼ばれる時だけ、魔王様の部屋に向かう。戻ってくる時は、何か傷を負って帰ってくることが多い。

振るっているのは拳だけのようだ。きっと、動けなくなるのは困るのだろう。

私は、数年前に突然イヴォンネ様の教育係に任命された。なぜ、異性の私だったのか。その時はよくわからなかった。それまでは、一文官でしかなかったのに。


でも、今はわかる。

私は、亡くなった魔王様の伴侶の弟なのだ。私の顔立ちには、姉の面影があった。もちろん、姉と魔王様の子であるイヴォンネ様にも。

魔王様は、姉の面影を持つ者が、何の不都合もなく、側にいるのが嫌なのだろう。だから、遠ざけた。でも、イヴォンネ様には、何か姉と似たところを探してしまうのかもしれない。それが、彼の癇に障るのかもしれない。


ある日、いつものようにイヴォンネ様の部屋に行くと、思いつめたような顔をした侍女が、相談があると言って、私を呼び留めた。

イヴォンネ様は、昨夜魔王様に呼び出され、その後、臥せってしまっているらしい。

今まで寝込むことはなかったので、一体何をされたのかと思っていると、侍女が重い口を開いた。


「魔王様の元から戻られた後、湯浴みをしたのですが・・。」

身体のあちこちに赤い斑点があり、下着がわずかに赤く染まっていたという。

「月のものではなく?」

「・・イヴォンネ様はまだ初月も来ておりません。」

「今回が初月だったとか。。」

「であれば、今も出血がございますよね?今はもう止まっているのです。」


彼女の言葉が指し示す事象に思い当って、自分の顔から血の気が引いた。

「まさか・・実の娘だぞ。しかも、身体は未成熟ということではないか。」

「私が勘ぐりすぎなのかもしれませんが、イヴォンネ様は怯えたようにされていて、何もお話しにならず、すぐに臥せってしまわれたので。」

どうしても、私の心の中だけに留めておくことができなくて。と彼女が涙ぐむ。


「他にお話しできる方が、ラーファエル様しかいらっしゃいませんでしたので。」

それは・・その通りだ。彼女に接するのが、侍女か私、そして、魔王様くらいしかいないのだ。


「私が気づかない体で、お嬢様の様子を伺ってみよう。そなたは彼女の身体を見ているから、既に気づいているであろうことは、お嬢様には分かっておられるだろう。」

「イヴォンネ様は寝台にはいますが、寝てはいないようです。本来異性を寝台に近づけるのはよろしくないとは思うのですが、このまま何もしない方が、どうなるか恐ろしいので。」

侍女は、私をイヴォンネ様の寝室に案内した。


部屋に入った私からは、寝台の上にある掛け布に包まれた白い塊しか見えなかった。

イヴォンネ様は、掛け布をかぶって、寝台の上で蹲っているようだ。

侍女に隣の部屋で待っているよう声掛けをして、私は後ろ手に扉を閉めた。

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