第22話 父との邂逅
テラスティーネを目覚めさせるために、魔道具を付けて眠りに落ちたところ、なぜか自分の父親であるマクシミリアンの夢の中に迷い込んでしまった。
目の前に立つ彼は私とあまり変わらない齢に見える。
彼の表情は晴れない。私は歓迎されていないらしい。
「父上は、私を逃がした咎で、母上を処刑なさったのではないですか?」
私は、ユグレイティの魔王の館の資料庫で、家系図には目を通している。それにその頃から宰相としてユグレイティの地にいたアシンメトリコからも、そのように聞いていた。
だが、先ほど見せられた彼の記憶からするに、母は別の理由で命を落としたように見えた。父も涙を流して、それを惜しんでいたのだから。
「実際は違う。彼女は天仕の純血統種に襲われて、致命傷を負ったのだ。」
「天仕の純血統種ですか?」
「そなたの母のリシテキアは、人間の血が混じった天仕だった。天仕は血統を重んじる種族であり、純血統種はそれ以外の天仕を屠り、王への供物として捧げている。彼女はその襲撃を受け、命を落としたのだ。」
自分の母が天仕であろうことは、推測していた。以前自分の魔力が極端に減った時に、自分にも羽が出現したし、その後も意識的に羽の出し入れが可能であったからだ。アシンメトリコ等が、それを知らなかったのは、天仕が魔人にとって捕食対象であるから、父がその事実を伏せたのだろう。
「ちょうどいい。そなたに伝えておきたいことがある。」
父は、私の目を見つめて言った。
「カミュスヤーナ。天仕の純血統種全てに報復せよ。」
「それは以前にも貴方に繰り返し聞かされていたような気がしますが。」
私がそう答えると、彼はその赤い瞳を眇めた。
「そなた、記憶が戻っているのか?」
「やはり、私の記憶を操作されましたね?マックス。」
私の言葉に、彼は目を瞬かせた。
「いつ取り戻した。その記憶を。」
「父上。私は一度事故で記憶を失いました。それを思い出したのに伴って、貴方が消した記憶も一緒に思い出してしまった。貴方がアルフォンス様と共に私の命を救ったことも。」
貴方は、幼い私のことを気にかけてくださっていたのですね。と私は言葉を続けた。
「私はリシテキアの思いを叶えたまでだ。彼女は私たち家族が幸せに暮らすのを望んでいた。最後にはバラバラにはなったが、結果的に幸せにはなれたであろう?」
「残念ながら、今も横やりが多くて、平穏無事に幸せに暮らしているとは言いかねます。」
彼は口の端を上げて、楽しげに告げる。
「それでも、そなたは幼い頃から言っていた願いを叶えたではないか?そなたはあの娘と結婚したのだろう?」
「それは・・結果的には、です。父上が記憶を操作したおかげで、私は彼女のことも再会時にはただの従兄妹という認識しかなかったのですから。途中には他の者と婚約もさせましたし・・そんなこと今はいいのです。父上はテラスティーネの居場所をご存知なのでしょう?私はテラスティーネを迎えに来たのです。彼女の居場所を教えてください。」
私は彼に問いかけた。先ほど、「テラスティーネはここにはいない。」と言っていたのだから、彼はその居場所を知っている可能性は高い。それに今、私が尋ねられるのは彼しかいない。
「そなたが伴侶の手を離したのではないか。」
「私の腕の中に彼女はいた!」
私は声を荒げて、彼を睨みつけた。先ほど見せられた父の記憶から、父がどれだけ母を愛していたかが分かった。ならば、私がテラスティーネを思う気持ちも理解できるだろう。
マクシミリアンは、私のことを凪いだ赤い瞳で見つめる。彼は、動きを止めて、そっと瞼を閉じた。しばらくして目を開けると、私に向かって告げる。
「テラスティーネのいる場所はわかった。」
「本当ですか!」
「だが、残念ながら、そなたは行けぬ。私が彼女を帰してやるから、そなたはもう帰るのだ。」
「私も連れていってください。彼女に会いたい。」
「理は壊せぬ。彼女がいるところに通常生者は足を踏み入れられない。」
彼の言葉に、私は身体を震わせた。
「それは・・テラスティーネは死んでしまったということですか?ならば、尚更彼女に会わせてください。彼女のいない世界で生きている意味はない!」
「そうではない。彼女は私が帰すと言ったであろう?彼女を永遠に失いたくないのであれば、帰れ。そして、彼女が目覚めるのを待っていろ。」
そなたは、私の言葉が信用できないと申すのか?と、彼は私と同じ赤い瞳で、睨みつけた。
「いえ、そんなことは。」
私が言いかける前に、私の頭に彼の手が載せられた。
「そなたの思いは私にも理解できる。私がリシテキアを思うように、そなたも伴侶のことを思っているのであろう?時には人を頼ることも必要なのではないか?」
「頼る・・ですか。」
「そう。今はこの私を頼ってほしい。カミュスヤーナ。今の私がそなたに対してできることは、もうこれくらいしか残っていない。」
頭に載せられた彼の手が、髪の流れに沿って動いた。
私は彼に頭を撫でられたのは初めてのはず。なのに、なぜこんなにも懐かしさを覚えるのか。撫でられたことをとてつもなく嬉しいと思ってしまうのか。
私は彼の手が離れた後、自分の頭に手を当てた。
そして、彼のことをじっと見つめた。私と同じ赤い瞳が、優しく細められている。
「マックス。私は貴方の子でよかったと思います。」
とても幼い頃、私は夢の中に友がいた。金色の髪と赤い瞳、私よりずっと年上で、彼はマックスと名のっていた。彼はいつも優しく色々なことを私に教えてくれた。
仕事の忙しかった父と既に亡くなった母。一人で過ごすことの多かった私にとって、彼の存在は心のよりどころだった。
「そなたは私にとっても優秀な息子だ。」
彼が私に向かって、優しい笑みを浮かべる。私はその表情に見惚れて、言葉を失った。
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