第5話 残された者たち
そこへ、扉をノックというより、叩く音が聞こえてきた。
センシンティアが扉の所に戻って、扉を開ける。
そこにいたのは、水色の髪と青い瞳を持つ女性だった。部屋の惨状を見ると、顔をしかめた。
「一体、何があったのですか?アシンメトリコ。」
アシンメトリコとセンシンティアがその場に跪く。
「申し訳ございません。テラスティーネ様。カミュスヤーナ様が、クリステルの記憶を確認したところ、様子がおかしくなりまして。」
「窓を吹き飛ばして、外に出て行かれたということでしょうか?」
テラスティーネが、アシンメトリコの言葉に続けて、口を開く。
「は、はい。」
「・・・クリステル。」
テラスティーネの呼び掛けに、男は顔を上げた。
「貴方は、カミュスヤーナ様が出て行かれた理由を知っていますか?」
「・・推測でもよろしいでしょうか。」
「かまいません。」
「魔王様はこうおっしゃっていました。『この身体は丁重に我が地に迎えさせていただく。二度と出さない。』と。私の記憶は戻っていませんが、どこかに捕らわれていたような感じは残っています。魔王様も同じように捕らわれたのではないかと。」
「貴方は、魔力を奪われていましたね。」
「はい。」
「目的は、カミュスヤーナ様の魔力ですか。」
テラスティーネの言葉に、アシンメトリコとセンシンティアが視線を合わせる。
「本当にあの方は人気ですこと。」
テラスティーネは頬に手を当て、小首を傾げ、深々と息を吐いた。
「エンダーンを呼んでください。アシンメトリコ。」
「ここにいますよ。母上。」
テラスティーネの願いにかぶせるように、応答が返った。
テラスティーネが後ろを振り返ると、金色の髪、金の瞳の青年が立っていた。
「貴方の懸念が当たってしまいました。エンダーン。」
「だから、情けをかける必要はないと申し上げましたのに。」
口調とは裏腹に、その表情は明らかに面白がっている。
「私は何度彼を取り戻せばいいのでしょう?いい加減干渉しないでほしいのですが。」
「まぁ。これは父上の美しさ故ですから。」
エンダーンはその笑みを深める。
「彼の居場所は、これで分からなくもないですが、何か心当たりはありますか?」
テラスティーネは左手の薬指に嵌めている装身具を視線で指し示す。その装身具は魔道具で、対になっている装身具の位置を教えてくれる機能がある。対になった装身具はもちろんカミュスヤーナの指に嵌っている。
「心当たりはありますが・・。アシンメトリコ。父上はどの方角に向かった?」
「北の方角かと思います。」
「では・・多分ハンニカイネンだと思います。」
「ハンニカイネン?」
「ここ、ユグレイティの地の北方に位置する地の名前です。その地を治める魔王は、夢を使って人を操る術にたけています。」
「でも、カミュスヤーナは、魔力量が多いのだから、術をかけるのは難しいのでは?」
「確かに魔力量でいけば、父上の方が多いでしょう。ですが、相手は魔王ですし、魔王は特定の術に関しては、他の者には及ばないほど秀でていることがあるのです。父上は全体的に強いですけど、暴走しないように力を普段から押さえていますから。相手の有利な土俵に引きずり込まれると、術にかかることもあるのですよ。」
エンダーンの説明に、テラスティーネは軽く頷いた。
「カミュスヤーナにかかった術を解く方法はあるのかしら?」
「夢から覚めるしかないですね。難しいですけど。」
エンダーンは片手を広げた。
「大抵、幸せな夢を見せて、夢から覚めたくないと思わせるものなのです。ただ、相手の目的が、父上の魔力なのであれば、殺してしまうことはないでしょう。ある程度魔力を奪ったら、回復するのを待って、また奪うということを繰り返すのでしょうね。魔力の貯蔵庫みたいに利用するのです。父上以上の方は、なかなかいませんから、使いつぶそうとはしないでしょう。」
「何とか、カミュスヤーナと接触する方法を考えましょう。」
「それであれば・・アメリア。」
エンダーンは後ろを振り返った。そこには、黒い髪、水色の瞳の少女が立っていた。髪は顎のラインで切り揃えられており、その容姿はテラスティーネによく似ている。
「ハンニカイネンに売った自動人形に連絡を取ってみてくれ。壊れていなければ、応答はするはずだ。」
「かしこまりました。」
アメリアはエンダーンに礼を取ると、その場から姿を消す。
テラスティーネがそのやり取りを見て、エンダーンに問いかけた。
「自動人形に連絡が取れるの?」
「私が魔王だった時に、各地に売りつけた自動人形は、普段は主の言うことしか聞かないが、私やアメリアの応答は受け付けるようにしてあります。各地の情報を得るのに、使い勝手がよかったので。」
「自動人形は全ての地に売りつけたの?」
「全ての地の魔王が欲しがったのですよ。私はそれを受け付けたまで。では、アメリアの報告を待ちましょう。」
「クリステルの処遇はどうされますか?」
アシンメトリコがテラスティーネに向かって問いかけた。
「本当は記憶を戻してあげたいところだけど・・カミュスヤーナ様と同じように暗示にかかる可能性があるから、しばらく我慢してもらえるかしら?」
「命を助けていただいただけで十分です。それよりも、私のせいで魔王様が・・。」
「それは気にしなくていいわ。ちゃんと取り戻すから。」
テラスティーネが髪を払って微笑む。
「しばらくこの館に滞在すればいいわ。仕事はしてもらうけどね。仕事はアシンメトリコから案内するわ。・・・カミュスヤーナがここにいても、同じようにしたでしょう。」
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