第16話 全て壊せ
「放してください!」
突然上がった叫び声に、私は目の前のテラスティーネの顔を見つめた。
テラスティーネは動作を止めて、瞳を瞬かせた。
「カミュスヤーナを放して!」
私たちの横に駆け寄ってくる人物がいた。私たちの間に身体を割り込ませ、私のことをその背に庇う。目の前に揺れる長い水色の髪。
「どうやってここに来たのかしら?偽物の私。」
「私が本当のテラスティーネです!」
私は2人のやり取りを見ながら、庇ってくれた彼女の後ろに身を起こした。
私の前で腕を横に広げているのは、長い水色の髪を持つ女性だった。その声からしても、彼女はテラスティーネだ。
その向こう側でも、テラスティーネが楽しげな顔で、こちらを見つめている。
「テラスティーネが2人・・?」
私を庇った方のテラスティーネが振り返り、私の顔を見て、その顔をゆがませた。
以前、テラスティーネの身体を使って造られた自動人形のアメリアも、テラスティーネにうり2つだったが、今回はさらに色も全く一緒。着ている服が一緒だったら、どちらがどちらか分からないほどだ。
目の前にいる彼女の頬に涙が落ちる。
ああ、私はまた彼女を泣かせている。
私は思わず彼女の頬に流れた涙を、手を伸ばしてぬぐった。彼女は驚いたように目を見開いた後、ぎこちなく笑ってみせた。
「ずるいわ。泣くなんて。偽物のくせに!」
奥で、テラスティーネが私たちの様子を見て口を挟む。
「ここでなら、カミュスヤーナは何にも縛られずに、私とだけ過ごしていられるの!今まで、いろいろ辛い目に合わせてしまったから、ここでのんびりゆっくり過ごしてもらっていたのに。なぜ、邪魔をするの?」
「皆がカミュスヤーナのことを待っているの。私が独占するわけにはいかないわ。」
「なぜ?他の人など、関係ないじゃない?好きな人と一緒にいることの何がいけないの?」
「いけないことではないわ。」
テラスティーネの答えに、テラスティーネは大きく口を開けたまま固まった。
「貴方の気持ちは分かるわ。私もカミュスヤーナをどこかに閉じ込めて、ずっと私のことを見ていてほしいと思ったことはあるから。」
私は彼女に告白されているような気分になって、口を掌で覆った。きっと、顔は赤くなっているはずだ。こちらに背を向けている彼女に、顔を見られなくて助かった。
彼女は、目の前のテラスティーネに向かって、語り続ける。
「でも、貴方はここから出てこられないでしょう?そうしたいと思っていても、できないことはあるの。カミュスヤーナは連れ帰る。」
「・・・。」
「君が本当のテラスティーネか?」
私に背を向けている彼女に向かって声をかける。私の言葉に目の前の背中がピクリと揺れた。くるりと振り返った彼女の瞳は、ゆらゆらと海の中を覗き込んだかのように、青く揺れていた。
「テラ・・。」
「なぜ貴方はいつも私を置いていくのですか?カミュス。」
彼女の声音に、私は背筋に寒気を覚える。これはひどく怒っている時のテラスティーネだ。
彼女はめったなことでは怒らないが、私が自分を蔑ろにした時には、ひどく怒る。
だが、その表情を見て思った。
彼女こそ、私が愛したテラスティーネだと。
「貴方は自分の価値を軽んじすぎです。ですから、このような目に遭われるのです。」
彼女は、私の頬に手を伸ばし、両手で私の顔を包み込んだ。頬に当たる掌の感覚が心地よく、私の安堵感を誘う。
「すまない。テラスティーネ。」
私の言葉を聞いて、彼女は少し表情を緩めたが、その後心配そうに眉をひそめる。
「カミュスヤーナ。顔色が悪いです。」
「それは・・。」
彼女に今の自分の状態を説明しようと口を開きかけた時、身の内から衝動が湧き上がるのを感じた。
まずいっ。
私は、テラスティーネを自分から遠ざけようと、彼女の身体に手を当てた。でも、彼女は私の手をすり抜けて、私の身体に腕を回す。
「テラスティーネ。私から離れてくれ。」
「嫌です。」
「このままだと暴走する。私は君を傷つけたくはない。」
「私は何があってもカミュスから離れません。ずっと一緒です。」
彼女は私の身体に回した腕に力を込めた。
こういうところは彼女らしいと思いつつ、私は大きく息を吐く。
「わかった。私達は永遠に一緒だったな。」
「そうです。」
私は彼女の頭を胸に抱え込んだ。そして、右手を彼女の背後にいるテラスティーネに向けた。
「何をするの?」
奥にいるテラスティーネが顔を青ざめさせた。
「私達以外の全てを壊す。」
「私はテラスティーネよ。カミュスヤーナ。私を殺める気?」
「私の愛するテラスティーネは、ここにいる。」
暴走してしまう前に、魔力と共に破壊衝動を私達以外の物に向けて放つ。私が取る手段はそれしかない。
「嫌よ!私を殺さないで!ここを壊さないで!」
テラスティーネが涙を流して懇願する。
私の腕の中の彼女が、身じろぎして、私の顔を見上げた。その青い瞳を見ながら、私は思う。
大丈夫だ。彼女は私と共にいる。
私は唇をギリッと噛みしめると、かざした右手の掌に力を込めた。
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