第15話 違和感

このところ代わり映えのない日々を送っているなとは思っていた。


エステンダッシュ領の摂政役の仕事も、ユグレイティの地の魔王としての事柄も、何もしていない。なぜそれらをしなくて済むのかは、考えても分からなかった。ただそうであるとしか思えなかった。

いつも側にいるテラスティーネに、仕事のことを聞いても、何のことですか?としか答えない。それよりも今日はどんな楽しいことをしますか?と逆に尋ねてくる。


人間の住む地も、魔人の住む地も隅々まで回った。残念ながら、天仕の住む地に行くことはできなかった。行き先が分からない。天仕であるテラスティーネの父親、アルフォンスに尋ねてみようかと思ったが、ここではテラスティーネ以外には会えないということが分かった。どの地に行っても、人の姿がない。

ここはまるで作られた箱庭のようだ。


私は、そのようなことをおかしいと思っていないテラスティーネと、共に過ごしている。


テラスティーネの変わったところと言えば、それ以外には定期的に口づけをせがまれることだろうか?そして、口づけをする時に、確実に魔力を奪われている。

魔人の血を引いていないテラスティーネは、魔力を奪うことはできないはずだ。

彼女自身にその事を問うても、はぐらかされるばかり。

それでも、強請られる口づけには逆らえず、微量の魔力を吸い取られ続けている。


あとは、友人の恋愛相談をされることとか?私もそんなに恋愛経験があるわけではないから、ひとまず聞かれたことには答えているが、彼女にそのような友人がいただろうか?

それとも、それは彼女自身のことで、自分以外にそのような人物が現れたのだろうか?


彼女の一挙一動に不自然さを感じ、私の心は冷えていく。

私が彼女を厭うことなどありえない。そうは思っていても、以前の彼女に戻ってほしいと願ってしまう。


私はどうすれば「ここ」から出られる?

目につくもの全て、日々膨れ上がる衝動に任せて、壊してしまえばいいのか?

始めは彼女さえいれば、他には何もいらないと思っていた自分が愚かしい。


私は、魔力を使う機会が奪われた。ここでは魔力を消費する必要がないから、常に満たされた状態だ。そのため、破壊衝動があふれそうで、それを制御するのに気を張っている。


その影響は、しばらくすると体調にも表れた。このところは、気分がすぐれなくて、寝てばかりいる。少し気を抜けば、暴走してしまうだろう。以前、ユグレイティの地の魔王の館を壊したように、ここも、きっとテラスティーネも害してしまう。私自身はどうなっても構わないが、テラスティーネに被害が及ぶのは避けたい。


今日も、寝台の上で上半身を起こして、宙を見ていた。

「どうかされましたか?」

テラスティーネが近づいてきて、頬に手を当て、首を傾げる。

そのようなしぐさや声音は、確かに彼女なのに、このところは常に違和感が付きまとう。


私は、尋ねてきた彼女から視線をそらした。

「いや、何でもない。」

「このところ、カミュスヤーナのお元気がないですね。どこか、体調がお悪いのですか?」

彼女は心配そうに言葉を続けた。


「カミュスヤーナ?」

彼女が顔を近づけて、私の方を覗き込んでくる。

「君は・・。」

「はい?」

「君は誰だ?」

私の言葉を聞くと、彼女はクスクスと笑い出した。


「何をおっしゃっているのですか?貴方の伴侶のテラスティーネです。」

確かめてみられますか?と、彼女が私の手を取って、自分の胸にあてがった。


この後のことは分かっている。ここでも、私は何度も彼女と抱き合ってきた。すると、私はこの世界に対して感じていた違和感を、いつも捨てさせられてしまうのだ。

「刺激が足りないから、そのようなことを言いだしてしまわれるのでしょうか?」

本当の彼女はそんなことは言わない。


私がそう言い返そうとした唇は、彼女に奪われて、言葉は彼女の中に溶けていく。

「全て、忘れてしまえばいいのです。ここで、2人で幸せに暮らしましょう?」

唇を離した彼女は、艶やかに笑って、私の身体をそのまま寝台に押し倒した。

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