第26話 術の代償

ここに来た時から、これが夢であることは分かっていた。

既に亡くなって、いないはずの姉と魔王様が、目の前で楽しそうに話している。

2人の姿は多分娘のイヴォンネがお腹にいる時と変わらないように見えた。

とはいえ、姉のお腹は大きくはなかったが。


2人は、遠くから見ている私に気づくと、来るように笑顔で手招きをしてみせる。

私は、彼らのところに行ったら、命を落としてしまうのだろうか?


そんなことを思っていると、私の左手がぎゅっと誰かに握られる。

驚いて、自分の左側に目をやると、白い髪、紫の瞳の少女が笑顔で私のことを見上げていた。

「ラーファエル。お父様とお母様が呼んでいるわ。早く行きましょう?」

「イヴォンネ。」


彼女は、私が教育係として見ていた時の彼女ではなかった。彼女は、今魔王と成った私の隣にいる彼女だった。だが、私を名前で呼んでいることから、暗示はかかっていない状態だ。

「ラーファエル?どうしたの?私の顔に何かついているかしら?」

彼女は、その笑顔を崩すことなく、頬に左手を当てて、首を傾げる。

このような屈託のない笑顔は、もう何年見ていないだろうか。


彼女が害されないよう魔王様を討伐した後、私はそのまま彼女を魔王の座に就けることをためらった。周りの魔人は彼女とはあまり接点はない。周りの魔人に根回しをして、一緒に魔王様を討伐しようと焚き付けたのは、この私。


回りの魔人らは、経験もなく、人脈もなく、ただ魔力だけが豊富な彼女に、魔王の座を継承してほしいと思わなかった。ならば、彼女が成長し、より魔王としてふさわしいと認められるようになるまでは、私が代わりに魔王を務めようと思った。もし、彼女が魔王の座を将来的に望まないようなことがあれば、そのまま魔王としてあり続ければいいだけのこと。


ただ、私は魔王に成るには、魔力に乏しかった。魔人の中でも、多分魔力量は少ない方だと思う。私は、経験や人脈などはあったが、圧倒的に力がなかった。

だから、魔王討伐を決めた時の約束通り、私は彼女から定期的に魔力を分けてもらうことにした。


問題は、彼女の身体が、既に魔王様からの虐待により、壊れていたことだった。彼女は普通に過ごしているだけで、魔力を周りに放出していた。放出した魔力は、簡単に回復しない。彼女は頻繁に魔力をどこからか調達してこなくてはならなくなった。私は元々の魔力量が少なく、彼女に魔力を与えることができない。


だから、彼女のために贄と呼ばれる魔人を用意した。贄の魔人の魔力が命に影響が出るほどに減少してしまったら、他の贄を用意する。それを繰り返す。

彼女は調達してきた魔人と口づけを交わし、魔力を奪う。私はそのやり取りを見ていられなくて、贄を渡したら、早々に彼女から離れるようになった。


すぐに彼女の保有魔力が足りなくなるのは、私が魔力を使わせているからだと暗示をかけたし、周りの魔人にも周知した。真実は私が知っているだけで十分だ。


だが、贄も早々に調達が難しくなってくることは分かっていた。

人買いから買うことが多かったが、人買いが持っている魔人の魔力量はあまり多くない。この地では魔力量が多い者が、力があるとされる。力があるものは、どこの地でも保有したがる。残念ながら、今の今まで、魔力量が豊富な贄は見つけられていなかった。だから、手を出したのだ。魔王カミュスヤーナに。


だが、私はやり過ぎたのだろう。今私が見ている夢は、今まで見たことがない夢だった。

これは、私が彼にかけていた術が破られ、私に返ってきているのだ。


私の両頬に、柔らかい感触が当たる。

イヴォンネが私の両頬に手を当て、顔を覗き込んできていた。

「ラーファエル。顔色が悪いわ。また、お父様にしごかれたのかしら。お父様は貴方に期待しているとおっしゃっていたわ。つい、仕事を任せてしまうのですって。」


「・・魔王様が、そのようなことを。」

「だから、貴方は落ち込むことはないのだけど。でも、ちょっとやり過ぎね。お父様に抗議してあげるわ。」

「やめてください!」

私が声を荒げると、イヴォンネは身体をビクッと震わせた。


「魔王様に抗議なさるなど、そのようなことをされれば、ひどい目に合わされます。」

「ひどい目に?貴方が?お父様がそのようなことをなさるとは思えないけど、それならますます許せないわ。」

「いえ、私ではなく、貴方が。。」


私の脳裏に映るのは、彼女の白い肌に散らばる赤や青の斑点。

結局、私たちが魔王様を討伐すると決めてから、実際に討伐するまでには2月を要した。その間、彼女は変わりなく魔王様に呼ばれ、うつろな顔で帰ってくる。そして、私の腕の中で泣きながら、死にたいと繰り返し口にする。毎日のようにその記憶を封じ、幸せな夢を見させては、私は彼女を送り出す。実は私が一番彼女にひどいことを課していた。


「ラーファエル。お父様が私にひどいことをなさるわけがないじゃない。お父様はとてもお優しいのよ。」

「では、私のことは放っておいてください。イヴォンネ。」

彼女は私の顔を見て、不思議そうに問いかける。

「私が一番大切なのは、ラーファエル、貴方よ。貴方を一人にはしないわ。」

「・・。」


知っている。これはただの願望だ。

私は一人では何もできなかった。姉の死を防ぐことも、魔王様の変化を止めることも、そして、彼女の窮地を救ってあげることも。

私はどうすればよかったのか、どこで間違えてしまったのか。


「ラーファエル。なぜ、泣いているの?」

私は彼女の問いかけに答えられなかった。

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