第29話 現の彼女
突然、「思い人を告白せよ」と今までにないことを聞いてきた彼女を、腕の中に囲い込み、彼女の望み通り、答えを告げた。
自分の願望が形になった夢の中だというのに、恥ずかしい思いをすることになるとは思わなかった。
答えを告げたのに、腕の中の彼女が身体を強張らせたままでいる。てっきり今回は変わった趣向を取り入れたのかと思ったのだが、一体何なのだろう?
「先ほどもたくさん愛し合ったではないか。君は既に理解していると思っていたが。」
そう告げると、彼女は私から頭を起こし、私の顔を下から紫の瞳で見つめてきた。
「愛し合う・・?」
「君を抱きつぶしたことを怒っているのか?」
そう問いかけると、彼女の顔が首筋まで真っ赤になった。やはり、私の思い人は等しく可愛い。てっきり、先ほどの行為を不満に思って、私に告白を要求したのかと思ったのだが、そうでもないらしい。
「それとも、まだ足りなかったか?満足していないとか?」
私の言葉に、彼女は大きく首を横に振った。先ほどの寝台の上にいた彼女とは、全く違う恥ずかしげな反応は、私の欲望を大いに煽る。
私は彼女の顔に唇を寄せる。逃がさないように後頭部を手で押さえ、彼女の唇を奪った。夢の中では何度も味わってきた唇だ。でも珍しくそれに対応する彼女の反応がなかった。
唇を離して、彼女の顔を見て、ぎょっとする。
彼女はその紫の瞳をにじませて、大粒の涙を流していたからだ。
「イヴォンネ。なぜ、泣く?」
「魔力が・・伴っていない口づけなんて・・初めて・・。」
「?何を言って・・。口づけなど何度もしているのに。」
そう言って、はたと気づいた。先ほどから彼女の様子がおかしかった理由に。そして、その後に告げる彼女の言葉が、私の考えを決定づけた。
「・・私は、現のイヴォンネよ。ラーファエル。」
「まさか。現の者が夢に入ることなど。」
「・・・カミュスヤーナに夢に入る魔道具を作ってもらって、貴方の目を覚まさせるために、ここに来たの。」
また、あの魔王か。私の術を破り、次は私が目覚めることに協力をするなんて。いったい、何を考えている?
しかも、私はイヴォンネに告白し、口づけし、ましてや夢の中で彼女と愛し合っていることまで知られてしまった。
まったく。最悪の気分だ。
私は頭を抱えたい気分を押し殺して、イヴォンネを自分の膝の上から、隣の長椅子の上に下ろした。彼女の涙を手で拭ってやる。
呆けたように私のことを見つめるイヴォンネに対し、私は言葉を発した。
「イヴォンネ。私に幻滅しただろう?私は君を妹ではなく、一人の女性として見ている。そして、手に入れたい、できるなら、愛し合いたいと思っている。」
私が彼女の頭に手をやると、一瞬ピクリと身体が跳ねた。私は彼女の白い髪に触れながら言葉を続ける。
「私は自分の欲のため、貴方から魔力を貰う関係を結んだ。貴方を自分の側に縛り付けておきたかった。前魔王の行動を忌避しておきながら、私が君に覚えているものは、彼の人と大差ない。」
「・・貴方にとっても私は・・お母様の代わりなの?」
「いや。私が好きなのは君だ。イヴォンネ。それは断言できる。」
「では、なぜ、私にあれほど魔力を消費させたの?おかげで、私は定期的に贄から魔力を補給しないといけなくなってしまったのに。」
彼女の質問に、私はどう答えようか迷った。彼女には幾つか暗示をかけていた。私を兄だと認識させお兄様と呼ぶこと。魔王様との間にあった不適切な関係を忘れること。そして、魔力がなくなるのは、彼女の臓器が傷ついて魔力が漏れるからではなく、魔力を意図的に消費させているからであること。
彼女の言動を振り返ると、最初の2つはほぼ無効化されているらしい。だが、最後の1つはまだ彼女には暗示として生きているのだと。
もう、どこからか贄を調達してくることは無理だろう。カミュスヤーナにも術を破られてしまったから、もう贄としては利用できない。ただ、贄から魔力の補給ができないと、いつかは彼女の魔力が枯渇して、彼女は死んでしまう。
もしかしたら・・私を贄にすれば、何とか彼女が生きていくことが可能なのではないだろうか?私は常に眠ったままで、枯渇しない程度に魔力を奪ってもらえば・・。
「イヴォンネ。君の身体は傷ついている。だから、魔力を保持しておくことができないのだ。」
私は正直に彼女に話すことにした。
「どういうこと?」
「たぶん、魔臓が傷ついているのだと思う。君は常に魔力を外に放出している状態だ。そして、回復量が追い付かず、贄から魔力を補給しないとならない。」
「・・ラーファエル。私、もう贄から魔力を補給するのは嫌なの。」
まさか、彼女から拒否されるとは思わなかった。なんと返そうかと思っていると、彼女は言葉を続ける。
「私は不特定多数の魔人と口づけを交わすのは、もう嫌なのよ。」
彼女は恥ずかしそうに俯いてみせた。彼女が他の魔人と口づけているのを見たくなくて、私も彼女から身を引いたのだったと思い返した。
「だが、魔力を補給しないと、漏れる魔力に回復が追い付かず、魔力が枯渇してしまう。」
彼女は大きく頭を横に振った。
「今までが無理して生きてきたようなもの。これで死んでしまうのであれば、運命なのでしょう。」
「私は・・容認できない。」
私は声を絞り出す。
「私は君に前魔王が手を上げていることを、始めから知っていた。でも、何もできなかった。私は命を懸けて止めるべきだった。せめて、君が姉の代わりに抱かれていることを知った時に、君から助けを求められた時に、何とか出来ていれば・・。」
私の言葉は、彼女が差し出した人差し指で止められた。彼女は人差し指の側面を私の唇に当てる。
「ラーファエルは、私の心を救ってくれたのです。だから、帰りましょう?」
「・・。」
「私には貴方が必要なのです。今までのことを気にする必要はありません。」
「私を贄にすればいい。」
私の言葉に彼女はその瞳を瞬かせた。
「私は、魔力量は多くないが、君が生きられるくらいなら、回復量で賄えるかもしれない。私はこのままここに残る。目覚めはしないが、私のことは好きなように扱ってくれてかまわない。」
「それはだめです。」
私の言葉に被せるように、彼女は待ったをかけた。
「貴方に思い人がいるなら、私は魔王に成って、貴方を解放しようと思っていました。でも、貴方が私のことを思ってくれているなら、私は遠慮しません。」
「・・・。」
目の前でまた彼女が顔を歪めて泣き出した。
「私は、偽物の私に貴方を奪われたくはないの。私も貴方のことが好きです。だから、一緒にいてください。」
「・・イヴォンネ。」
私は泣きじゃくっている彼女の身体をもう一度抱きしめる。あの時に欲しいと思ったぬくもりが、今は私の腕の中にあった。
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