第11話/医師、かく語りき

 犯罪は、断言できる。内容的にいえば、違法な行為こういである。重い刑罰けいばつを科する制裁(懲役、禁錮、罰金など)をもって、国民に犯行を思いとどまらせたり、受刑者本人に反省の意識を芽生えさせ、二度と犯罪をおかす気にさせない目的がある。



「センセー、みんなのおやつを、ないしょで食べちゃうデューイくんは、刑罰っていうのを受けなくてもいいの?」


「罪に問われてしかるべきと判断されても、ごくまれに、厳重注意処分ですまされる事例もある」


「げんじゅうちゅういしょぶん?」


「ああ。教育的指導とかな。とはいえ、何度もくりかえすのは反則だ。注意だけで効果がなけば、次の手段を考える」


「しゅだんってどんな?」


「そうだな。たとえば……」といって、トリッシュはブランカを少しらす。診察室で書類を整理していたトリッシュを、6歳のブランカがたずねてきた。念のため胸に聴診器をあて、心拍を確認したが、とくに異常はみられなかった。


「お絵かき禁止とか、それでもやめなければ色えんぴつを没収ぼっしゅうする」 


 医者は聴診器を首にさげ、まじめな顔つきで冗談をいう。だが、本気にとらえたブランカは、「そんなの、やだーっ!」と、大声をだした。やけにむずかしいことばを知っているなと思ったが、法律の勉強をするフューシャの影響だろうと察した。〈エレメンタリーハーツ〉は、訳ありの少年たちを一時的に引き受け、生きる力を養い、希望をあたえ、成長をうながす。それが、診療所を兼ねた施設が達成すべき目標なのだ。また、健康な心身を取りもどした子どもたちは、みずから将来を見据え、成人するころには旅立っていく。


「ぼく、悪いことしないから、お絵かき禁止にしないでぇ」


 幼いブランカは、警告だけで涙ぐむため、トリッシュがなだめた。


「安心しろ、ブランカ。今のは、たとえ話だ。ただし、どこにいても、きびしいと思うときがある。泣きべそをかくのは眼がこごえるからで、きみのせいじゃない。心もからだも、悲鳴をあげているんだ。たくさん泣いたあとは、絵筆に力をこめて、青い空をえがくといい。花が咲いた庭でもいい。それをおれに見せてくれ。それから、いっしょに楽しい話をしよう。きみの思い出に、笑顔を増やしていこう」


 淡々と語るトリッシュは、そっとブランカの肩へ手を添えた。旅立ちの扉をひらくには、勇気が必要である。大地の色に暗い茶色や黒ではなく、明るい緑をえらべたとき、ブランカの心は、かならず成長するだろう。



✓つづく

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