第26話

「ここが、ライエルくんのご実家?」


 グラフメロ薬草園をあとにしたユリネルは、地図を片手に、エレメンタリーハーツ入居希望の少年がいる自宅を訪ねた。おどろいたことに、緑の木々に囲まれた洋館で、童話の世界に登場するようなロマンティックな外観である。この広さと生活環境に、どれほど複雑な問題が起きているのか。外側から判断できる材料は少なかった。


「すごい建物ですね。なんだか、お城みたい……」


 門のまえで表札を確認すると、「ごめんください」と声を発する。昼間のせいか、周辺は静かで、道路や庭に人影は見あたらない。


「お留守るすでしょうか……」


 事前に連絡はしてあったが、洋館の玄関はしまっていた。呼び鈴もない。しかたなく門扉もんぴに背を向けると、急に扉がひらいて、子どもが飛びだしてきた。ユリネルはあやうくぶつかりそうになるが、ぎりぎりのところですれちがい、よろめいた。


「あれっ、紙袋がない?」


 グラフメロ薬草園で受けとった紙袋を持ち歩いていたが、玄関からあらわれた少年に奪われてしまった。大事なものにつき、ユリネルは「それを返してください」といって、手のひらを差しだした。少年はだまって聞きすごしている。やがて、紙袋の中身が気になったのか、折り返し部分をつまみあげ、のぞき込んだ。


「……なんの薬」


 請求書が同封してあったが、薬効成分を見ても、それらがどういった症状にあてはまるのか、知識がなければまったくわからないものである。ライエルは、フューシャと同じ年代の少年につき、ある種の固定観念と人格が身についている。ゆえに、その人物の成り立ちを否定せず、寛容さをもって、歩み寄っていく必要があった。ユリネルがその場から一歩も動かずにいると、ライエルのほうで「取りにこないのか? 大事なんだろ」と、念をおす。


「はい、とても。ですから、こうして待っています」


「待つって、なにを?」


「わたしのほうへ、ライエルくんがきてくれることを」


「……は? なに云ってんの?」


 ユリネルは片方の腕をのばし、手のひらを差しだしている。それは、紙袋を返してほしい動作のひとつだが、目的はほかにもあった。紙袋ごと、ライエルの将来を引き受ける。たとえ一歩でも、少年の足がユリネルのほうへ踏みだせれば、幸先さいさきを見込める。しかし、ライエルは動かない。薬師と向かいあったまま、しばらく沈黙した。しーんと、気まずい時間が流れる。先にしびれを切らしたのは少年だった。


「あんたの、その顔、どっかで見たことあるような……。ホントに男?」


 ユリネルの容姿は細身で中性的だが、女ではない。無遠慮なまなざしを向けてくるライエルは、なにかに気づき、あからさまに顔をしかめた。


「グラフメロ薬草園って、金持ちが集まるところじゃん」


 文字が読めるライエルは、ふたたび請求書を確認すると、「おまえ、あのときの……」とつぶやいた。ユリネルは軽くシャツをもちあげ、経過は良好だと告げた。


「見てください。った傷は、たいしたことありませんでした。このとおり、わたしはピンピンしていますので、どうかご安心ください」


 腹部のガーゼを見たライエルは、思いきり眉をひそめた。



✓つづく

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[BL]薬師は愛をささやく み馬 @tm-36

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