第25話

 どのような事情があろうと、グラフメロ家には厳守しなければ処罰対象となる規則があった。幼いころ、ユリネルの教育も徹底され、王族との信頼関係に支障を来す言動は、いっさい禁じられた。苦しいときに苦しいと云えない。悲しいときに泣いてはいけない。そんな無慈悲な常識をく関係者に囲まれて育ったユリネルは、よくライエルと不満を語り明かした。


 ユリ、こっちだ


 ライエルは真夜中に部屋を抜けだして、弟のユリネルを薬草農園に誘った。少年たちの密会は夜ごとに行われ、次第に理想を語りあうようになってゆく。


「……にいさん」


 やがて、薬草園から追放されたユリネルは、地方に移り住むことになり、兄と協力して療養施設の運営を計画した。


「わたしは、わたしの信じる道をいく。ですからどうか、いつか、にいさんも……」


 四季折々に特徴的な花を咲かせる薬用植物の亜種を保存、栽培して収集し、効き目や有毒性などを、正確かつ適切に鑑定することが必須である薬草園の統括者は、ユリネルの伯父おじで、ライエルは補佐官のような立場である。忙しい日々を送るなか、一時は〈エレメンタリーハーツ〉の共同経営者を名乗りでた兄も、いまや、薬草園の管理で手いっぱいといったようすが、うかがえた。


「たいへんお待たせいたしました! ご所望の薬草と請求書です。ご確認ください!」


 門扉の鉄格子てつごうしから紙袋を差しだす従業員のひたいには、汗が浮かんでいた。よほど急いで用意したのか、息も切らしている。内容にまちがいないか確認したユリネルは、「ありがとうございました」と礼を述べ、従業員へ手持ちのハンカチを渡した。


 ふたたび馬車に乗り、都市の中心部を目ざすユリネルは、療養施設で引き取ることが決定している(兄と同じ名前をもつ)少年〈ライエル〉を迎えにいく必要があった。


「……無事に、連れて帰ることができるでしょうか」


 馬車が少年の家に近づくと、ユリネルは腹部の傷が痛んだ。なにをかくそう、薬師を刃物で攻撃した侵入者は、今から顔をあわせる少年なのだ。ライエルのほうで、ユリネルの顔を判別できるかどうか、逢ってみなければ相手の反応はわからない。暗がりで起きた事件につき、ライエル自身の意図も不明だった。なにより、遠く離れた場所にある療養施設まで、ひとりでやってきたことになる。……姿なき共犯者がいる可能性も、うたがうべきだろう。


「うぅっ、なんだか胃痛がします。わたしがしっかりしなければ、ライエルくんを動揺させてしまう……」


 不安になる気持ちをおちつかせるため、ユリネルは深呼吸をくり返した。いつかの経験は、ユリネルに確固かっこたる信念をつらぬかせる。のばした手が届くかぎり、もう二度と迷ったりしない。いつもだれかが、やすらぎを求め世上をさまよっている。ユリネルやトリッシュでさえ、理想や希望といった夢がなければ、明るい未来を思いえがけないはずだ。



✓つづく

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