第24話

 意識を失ったフューシャを救うため、虎嵩とらたかが手術を決行するころ、馬車を乗りいで都市までやってきたユリネルは、〈グラフメロ薬草園〉をたずねた。


 薬草農園や研究施設が配置されており、薬用植物の知識が豊富なグラフメロ家が王国から管理を委任いにんされている場所の、ひとつ、、、である。〈エレメンタリーハーツ〉で治療を受けた患者のなかには、薬草園で働く者がいた。


「あれ、ライエルさん?」


 門扉もんぴにたたずむ薬師を見つけた従業員が、ユリネルを双子の兄とまちがえて近寄ってくる。


「たしか、きょうは市場マーケットへいく日ですよね。どうしてまだ薬草園に? なにか忘れものでしょうか?」


 ユリネルをライエル、、、、と思いこんで話す従業員は、薬草農園で働く好青年といった印象で、適度に日焼けした肌に好感がもてた。ことばづかいや声の調子から、ライエルとの距離感も伝わってくる。だが、実兄あに仲違なかたがいしたユリネルは、しばらく本人と顔を合わせていない。ライエルが不在であることに内心ホッとしつつ、従業員に必要な薬草の手配てはいをお願いした。


「えっと、ユリネルさん? あっ、もしかしてライエルさんの……! た、ただちにご用意しますので、少々お待ちください!!」


 ユリネルが名乗ると、あわてて建物のほうへ駆けていく。施設の玄関ホールには、グラフメロ家の肖像画が飾られており、そこには、ライエルと同じ顔をした(実際は少しちがう)ユリネルの姿も映されている。


 ……薬をもらえませんか?

 どうか、この子に薬を……


 数年前、難病に苦しむ男児わがこを背負い、グラフメロ薬草園を訪ねた白髪はくはつの父親は、まだ薬師の経験が浅いユリネルに、事情を説明した。残念なことに、薬を投与とうよして痛みを緩和したところで、根治こんちは見込めない。むしろ、延命治療の部類となってしまい、医療費も高額になる。親子の生活に余裕はなく、入院することもできない状況下で、ユリネルはきびしい判断をいられた。


 

 生きたくても生きられない

 消えていく幼い生命いのち

 生きていくうえで重要なのは

 健康であるかどうか

 心もからだも疲れてしまっては

 ただ人間的な弱さしか残らない

 自信を失い、将来に希望もない

 ひとつの悲しい謎

 いったいだれが、あの親子を

 不幸にしたのか

 いったいどうすれば、親子は

 幸福な時間を過ごせたのか……



 グラフメロ薬草園に足を運んだユリネルだが、門扉より先にはいることはできない。親子のためとはいえ、貴重な薬草を持ちだした罪は重い。さらに、親子の身分は低く、なんの取柄とりえもなかった。


「それでも、わたしは……」


 せめて少しのあいだ、自由に生きる機会をあたえたかった。そんな場所が、どこかにあったなら……。だれもが前向きに生きる勇気を身につけ、失敗をおそれず旅立てる場所が──。

 


✓つづく

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