第5話

 パトリッシア=ハーツィーズこと、トリッシュ青年の役割は、主に、薬師ユリネルの助手である。だが、実際は次のとおりである。


「トリッシュくん、トリッシュくん、この子、きのうから少しせきがでるみたいなんだ。ただの風邪かな? あれ、ちょっと待って。もしかしたら、熱があるかもしれない……」


 患者と向かいあって診察するユリネルに、「どけ」と云うトリッシュは、れっきとした医者である。診療録カルテに記入する文字は旧式で、学術用語ばかりにつき、患者が読むことはむずかしい。とはいえ、いつまでも机にひろげたまま放置するユリネルに、トリッシュは小さくため息を吐いた。ちなみに、ぽややんとした性格の薬師でも、あるていど医学の知識はもっている。


「微熱だな。……ブランカ、咽喉のどをみせてくれるか」


 薬師と席をかわり、子どもの健診けんしんを進めるトリッシュは、診療録カルテに症状を書きこむと、ユリネルに報告した。


「軽度だが、扁桃腺へんとうせんが腫れている。炎症をやわらげる薬草を、濃いめに煎じて飲ませるといいだろう。組み合わせるなら、咳止めの効果が期待できるものにしてくれよ」


 トリッシュにてもらった患者はブランカといって、6歳の男の子である。呼吸に関する不調を起こしやすく、過度かどな運動は禁物きんもつとされ、走りまわったりすることはできない。そのため、同年代の子どもより小柄こがらで、筋力の発達も遅れていた。


「さすが、トリッシュくん。いつもながら見事な診断ですね。わたしも、そう思っていたところです。さあ、ブランカくん、きみはこっちへおいで。今からわたしが、秘密のおくすりをつくってあげよう!」


 ユリネルは両腕をひろげ、ブランカを薄暗うすぐらい調合室(太陽の光に影響を受けやすい薬草を管理する都合上、窓はなく、意図的に直射日光をさえぎっているため、子どもたちはおばけがでるとうわさしている角部屋かどべや)にさそいだす。あからさまでうさんくさい言動を見せる薬師だが、ブランカは吸い込まれるように席をたち、ひょいっと抱っこされてしまう。調合室行きになった患者は、もれなくにがい薬を飲まされるハメになるが、あとの対応はユリネルにまかせておく。


「そろそろミルクの時間か」


 子育ての経験をもたない男性にも、母性本能は存在する。生まれつき中性的な容姿のユリネルを、母代わりと思いこむ乳児は、シェリィと名づけられた(かわいいという意味らしいが、どちらかといえば、女の子にあたえるべき名前だろう……)。診察室をでると、柱の陰にフューシャがたたずんでいた。念のため、


「どうかしたのか」


 と、声かける。施設のなかで年長者にあたるフューシャだが、少年の情緒は不安定になりやすい。ときどき、トリッシュのようすを追ってくる。庭で洗濯ものを干すとき、背後から視線を感じてふり向くと、かならず2階の窓にフューシャの姿があった。なにか伝えたいことがあって向こうから寄ってきても、とくに相談されるわけでもなく、ふらりと去ってしまう。トリッシュ的にも気になる挙動だが、少年の心は繊細せんさいにつき、下手へたな追求は避けるべきだった。


「なあ、フューシャ。シェリィの授乳じゅにゅうをやってみないか」


「ぼくが?」


「ああ。育児用に調整した山羊シロのミルクだ。1日5回、おれやユリネルが飲ませている。搾乳したミルクは冷蔵庫に保存してあるから、鍋にうつしてあたためなおすだけでいい。シェリィの面倒に、きみも協力してくれると助かる」


 なにを思ったのか、トリッシュは急にそんな提案をした。



✓つづく

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