[BL]薬師は愛をささやく

み馬

第0話/再び、生まれる

 

  おれが異世界に召喚されたのは

  15歳の夏のことだ。


 

 当時、中学3年の受験生だったおれは、勉学にいそしんでいた。というのも、両親がいとなむクリニックのひとり息子につき、将来は家業をぐことが望ましい環境で育てられている。さいわい、勉強はきらいではなかったし、それなりに得意だったかもしれない。だが、友だちと呼べる人物は少なかった。まともに遊んだ記憶もない。……あいつらを友だちと思っていたのは、おれのほうだけかもしれない。

 

 それにしても、まさか異世界に飛ばされるとは夢にも思わなかった。これまでの努力が一瞬にして水のあわとなったわけだが、絶望的な状況は、さらにつづく。そのあたりの出来事は、いつか機会があれば話そう。日本語が通用するだけ、だいぶマシだ。


 現在のおれは成人男性である。名前は笹沼ささぬま虎嵩とらたかだ。本当はな。けど、おれの正体を知っているやつは、だれもいない。ここは異世界で、おれは今、別人として暮らしている。そうすることで、なんとか生きてこれた。人間の底力ってのは、無限の可能性を秘めている……とまではいたくないが、結局、おれはめぐまれていたのだろう。すべて、あいつのおかげだ。感謝してる。思えば、腹が立つことばかりだったけど、それにもかかわらず、おれを見捨てなかったのは、つぐないのつもりだったのか?



「だまれ、馬鹿虎バカトラ。これまでいったい、なにを教わってきた。そんなにかたちが大事か。おまえごときが世上のなにをにくもうと勝手だが、そのせいが終わりを求めても、だれもよろこばんぞ」



 異世界にきたおれを、いちばん最初に見つけた男のことばだ。くやしいが、頭の回転が速く、けんかも強い。……うま鹿しかとらって、おれは野生動物あつかいかよ。くそっ、やっぱり腹が立つ。



「うんざりって顔だな。しかれど、花は散るからこそ美しい。散らすまいとつとめる文化にならう精神は、生存の美的価値だ。自分が生きる世界を問題として構成した場合、なにをすべきか、そのために必要な技法を、りない頭でよく考えろ」



 ずいぶんえらそうに云っておきながら、かんたんに裏切りやがって、許せたもんじゃねぇ。だから、本当に感謝してる。ぜったい報復してやる。このままですまされる問題かよ。見てろ。そのために、おれは変わったんだ。


 ふたたび、生まれたんだ。



✓つづく



[先生、お元気ですか。森のなかで霧に迷ったとき、僕はあなたに救われました。このご恩を返せるよう、今は自分にできることから始めています。いつか、馬車に乗って逢いにいきます。うしなわれなかった幼年を過ごした場所、エレメンタリーハーツへ……。]

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