第1話/変わり者、集う

※この物語の主要人物は、薬師、助手、少年の3人です。ときどき手紙が届いたり、視点が交叉こうさします。



 2階の窓から身を乗りだす少年は、施設の玄関先を見つめた。大きなかばんをさげた長身の青年が、無表情でたたずんでいる。やや強面こわもてだが、短くととのえた黒髪と、キリッとした眉のかたちは勇ましく、男らしい気性が容姿にあらわれていた。


「初めまして、パトリッシア=ハーツィーズくん。これからは、トリッシュくんと呼ばせてもらいますね。それにしても、きみの名前は焼きたてパンみたいで、とてもおいしそうだね。朝は珈琲コーヒーより紅茶派かな」


 訳ありの子どもたちが暮らす入所型にゅうしょがたの施設で働くことになった青年は、出迎えた人物に「お世話になります」と、低い声であいさつした。彼の正体は〈笹沼虎嵩ささぬまとらたか〉といって、8年前に異世界こちら側へ召喚された現代人である。カタカナ名は、まだ中学生だった彼に手を差しのべた人物があたえたもので、その後、トラタカことトリッシュは医学の道に進み、弱冠じゃっかん23歳で専門分野の知識を身につけ、現在に至る。


「ここまで遠かったでしょう。さあ、どうぞ。きょうのところは、ゆっくりしてくださって結構です。お部屋は別棟になりますが、その前に〈エレメンタリーハーツ〉の間取りを説明しておきますね。……あ、くつはそのままでだいじょうぶです。医療用サンダルのほうが歩きやすければ、足の大きさを教えてください。あとで注文しましょう」


 と、笑顔で案内するヒョロッとした男は、稀代きだい薬師くすりしとして有名な一族の末裔である。肩の下まで伸び放題の栗毛くりげを、首の横でゆるくたばね、からだに合わないぶかぶか、、、、の白衣を着ていた。堅苦かたくるしいスーツ姿のトリッシュは、無意識に眉をひそめ、えりもとのボタンをひとつはずした。


「お仕事の内容ですが、わたしの助手として、子どもたちをてもらうことになります。向こうが診察室で、反対側に備品室、お手洗いは廊下の突き当たりで、その左側が更衣室です。個室は2階にありまして、現在は4名の少年を引き受けています。申請しんせいとお次第しだい、あと2名増えます。トリッシュくんにも合鍵あいかぎを渡しておきますね。……診療所と別棟には地下室がありまして、非常通路でつながっています。地下室は昼間でも暗いので、子どもたちは進入禁止の場所となっています」


 ひと息にしゃべる薬師は、廊下の途中とちゅうで足をとめた。窓の外へ視線をうつし、花壇かだんに水を差す人物へ手をふって合図あいずする。すぐさま相手のほうも気がつき、頭をさげた。


「あのひとは、グレリッヒおじさんです。本職は庭師にわしですが、設備など施設の運営にも従事してくださるようになり、子どもたちから、グレさんと呼ばれています」


 あちこち汚れたくすみブルーの作業服に、黒い長靴を履いたグレリッヒは、日に焼けた肌がよく似合っていた。トリッシュと同じく短髪たんぱつだが、白髪しらがじりで針金はりがねのようにツンツンしたクセ毛である。離れた位置からとはいえ、いぶかしげな目で見られたトリッシュは、一瞬ムッとしつつ、ひとまず会釈えしゃくだけしておく。


 施設ここへは、仕事探しの掲示板で、[児童の健康管理/指導員募集中]という張り紙を見つけてやってきた。独り立ちした青年にとって、住み込みで働ける〈エレメンタリーハーツ〉の雇用条件は、うってつけだった。


「……ところで、おれはあんたのこと、なんて呼べばいい?」


 仲介ちゅうかい窓口で受けとった書類に、責任者の名前は載っていなかった。トリッシュはまだ、本人の口から自己紹介をかされていない。薬師はハッとして、「すみません」とびた。


「申し遅れました。わたしは、ユリネル=レ・ラージュ=グラフメロと申します。呪文みたいな響きでしょう? わたしの力が必要なときは、いつでも唱えてください。かならず助けになります」


 2階の窓から生きる希望を探す少年は、薬師と青年の出逢いに胸が高鳴った。



✓つづく



精神一身体医学サイコソマティック・メディスン]……ボディ・サイコセラピーともいわれ、人々の精神的健康の回復や、標的ひょうてきとなる症状(状態)の改善を目的としておこなわれる、心理療法のひとつ。


遊戯療法プレイセラピー]……子どもが自分の気持ちや考えを、安全な環境と遊び道具などを使って表現でき、総合的な発達を促進そくしんする箱庭はこにわ療法。


※独自解釈による用語説明より。

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