第21話/グラフメロ薬草園

 笹沼ささぬま虎嵩とらたかが異世界で目を覚ましたのは、15歳のときである。


 両親がいとなむクリニックのひとり息子につき、将来は家業をぐことが望ましい環境で育てられた。さいわい、幼少のころから勉強は得意だった。のちに異世界へ飛ばされるとは夢にも思わない虎嵩は、まいにちのように机に向かって、熱心に医学書を読んでいた。とくに人体の構造について、強い関心をもった。なぜなら、プラモデルのパーツのように分解された臓器が、からだのどこに当てはまるのか、パズルみたいでおもしろかった……ようだ。


 

 8年前、異世界へ飛ばされたとき、季節は夏だった。しかし、こちら側は四季のめぐりが異なっており、夏服の格好かっこう吹雪ふぶき冬山ふゆやまに落とされた虎嵩は、本気で遭難(凍死)するかと思った。その危機を救った命の恩人は、異世界で生き抜くすべを(まだ未成年だった虎嵩)にたたきこみ、医者として一人前に成長するよう、金銭面においても協力的だった。最初のうちは警戒して馴染なじめなかった虎嵩だが、次第に心をゆるし、感謝するようになった。ところが、最終的に裏切られるかたちで見放され、現在、パトリッシア=ハーツィーズ(トリッシュ/23歳)として生きる虎嵩の胸中は、かなり複雑だった。


 

 さて、療養施設〈エレメンタリーハーツ〉常駐の医者として働くトリッシュは、責任者で薬師のユリネルと意見が衝突しながらも、庭師のグレリッヒと共に、わけありの少年たちの治療に専念していた。そんなある日、定期的に行われる健康診断をまえに、ユリネルが姿を消した。理由は、のちに本人の口から語られるが、書き置きだけ残されたトリッシュは、紙片を破り捨てたくなった。


「あんのメルヘン薬師、秘密主義なのも大概たいがいにしろよ……!」


 ひとりでなんでもかかえこみ、勝手に悩んで、一方的に判断する。おそらく、これまでのユリネルはそうするほかなかったのだろう。しかし、今はトリッシュがいる。まいにちのように顔をあわせ、会話が発生したが、薬師のほうから相談を持ちかけてくることは少なかった。たしかに、虎嵩は歳下だが、頼りにしていないのか、信用されていないのか、どちらにせよ、いい気分ではない。眉を寄せて白衣のポケットに紙片を押しこむトリッシュは、ため息を吐くと、いったん診察室へ向かった。



✓つづく










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