第3話
朝食の片付けをすませたあと、食堂の裏口へ呼びだされたトリッシュは、「めずらしいな」とつぶやいた。庭師のグレリッヒは
「それで? おれになんの話だ」
薬師が留守のすきに、けんかを売るつもりじゃなかろうなと、本気で血迷ったトリッシュは、常緑樹の葉が風に揺れる音で、われにかえった。挑発的な態度をあらため、グレリッヒの声に耳をかたむける。
「
「おれが? なんで?」
唐突すぎる。いきなり切りだされたトリッシュは、変な顔をした。グレリッヒは門のあたりへ目を向け、森の方角を気にかけている。数十秒ほどだまり込み、意見を述べた。
「山羊のほうが、
たしかに。施設を出入りする関係者は、男ばかりである。母乳による養育が望ましい赤ん坊を引き受けた以上、栄養価の高いミルクの入手経路は必須事項であろう。メスの山羊を飼うことで
「その山羊、どこにいるんだ?」
「森のなかだ。連れてくる」
食器棚に、粉ミルクの缶や
「名前は」とたずねるトリッシュに、「ない」と答えるグレリッヒ。「白いから、シロでよくないか」という青年に、「かまわん」とうなずく庭師。こうして、ユリネルが乳児を引き取りに向かう間に、新たな共同体が増えた。頭をなでてやると、気持ちよさそうに「メェェー」と鳴いた。
山羊は成長が早い動物で、2歳ていどで性成熟し、比較的長く生きることができる。子どもたちのあいだですぐさま人気者となったシロは、たくさんの笑顔に囲まれ、その後、数十年をともに過ごした。
「どうしよう……どうしよう……」
と、薬師はうろたえている。玄関ホールを通りかかったトリッシュは「おかえり」といって、そばまで歩み寄った。ユリネルの腕のなかには、生後わずか半年の赤ん坊がいた。これから先、〈エレメンタリーハーツ〉で長い月日を共有すことになる。
✓つづく
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