第17話

 入所型の施設〈エレメンタリーハーツ〉は、ユリネルの曽祖父の代より、未成年者を対象にした心療内科(診療所)を兼ねるようになった。現在、ユリネルが後継者となり、双子の兄と協力して運営していたが、ある日をさかいに、彼は姿を見せなくなった。


「考える原因は?」


「さあな。怪我か病気か、どちらにせよ、ユリネルさえグラフメロ家の連中とは絶縁状態みたいなもんだ。そんななか、信用していた兄に裏切られた気分だろうし、どんな心境の変化があったのか知らないが、無責任にもほどがあるって話だ」

 

 グレリッヒは、かつて、恋人を病気でうしなった経験をもつ。薬師とは旧知の仲だが、トリッシュはふたりの関係を勘違いしていた。庭師が常に気にかける存在は、亡き恋人でも薬師でもなく、ユリネルの兄だった。


 パトリッシア=ハーツィーズこと、トリッシュの役割は、主に、薬師ユリネルの助手である。しかし、理想を語る薬師と意見が衝突しやすかった。とはいえ、相手の人間性を理解したうえで、支えるべきだという義務感も芽生めばえた。恋愛感情をよそに、トリッシュが腕力を発揮すれば、ユリネルを降伏させることはいつでも可能で、実際、薬師は受け身である。男を抱いた経験などないトリッシュだが、人体の構造ならば細部まで熟知していた。また、定期健診の日は近い。トリッシュが〈エレメンタリーハーツ〉に転職してから、初めての健康診断がおこなわれようとしていた。


 健康診断には専用の検査着があり、頭からすっぽりかぶる一枚布で、下着は身につけない。診察台に寝そべり、医者が念入りに触診をする。成長過程を記すためにも、少年たちの骨格や生殖機能の発達を確認しておく必要があった。むろん、ユリネル自身も検査の対象に含まれている(グレリッヒは、かかりつけの町医者に診てもらっているため除外)。



「それで、ほかに質問は?」


 

 という庭師の顔は渋い。ユリネルにたいする性的な誤解はとけたが、双子の兄をとくべつに思うグレリッヒの気持ちにうそはなく、トリッシュ的にはすっきりしない気分である。日ごとに蓄積されてゆく欲求不満は、ユリネルが身をもって解消するしかない。


「引きとめて悪かった。仕事にもどってくれ」


 トリッシュはそういうと、立ち去るグレリッヒの背中を見送った。温室で植物の手入れを終えたユリネルが、こちらへ向かって歩いてくる。


「トリッシュくんではありませんか。どうかなさいましたか?」


「採血用の注射器が足りない。仕入れてほしい」


 トリッシュが注文用紙を差しだすと、ユリネルは細い指で受けとり、小さくうなずいた。


「云っておくが、当日は、おまえの具合も診るからな」

「わたしは、どこも悪くありませんが……」

「そう判断してほしけりゃ、余計におれの云うことを聞け。医者として、例外は認められない」

「わ、わかりました。では、よろしくお願いします……」

「あと、下着も脱いでおけよ。生殖機能が正常に反応するかどうか、おれが直接触って調べる。……安心しろ。うっかり興奮しても、最後まで処理してやるから問題ない」


 あくまで必要な検査だと主張するトリッシュだが、ユリネルの肉体を存分にながめることができる立場は、役得やくとくと云えた。



✓つづく

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