第十二話「家族レース」(前編)


   ●


 広大な土地を有している国“ダンデラ”。

 そこでは年に一度開かれる伝統的な大会があります。

 それは“家族レース”です。


『さあ!今年も始まりました!家族レースの開幕です!!』


 広大な土地の隅々まで届くような大きな声の実況者によって、今年も家族レースが開催されました。国中は歓喜に包まれ大盛りあがりです。


『まずはメンバーの紹介から!最初はこのチーム…』


 彼の掛け声に合わせて、会場にある大きなステージの上をスポットライトが照らします。


『今年で念願の十連勝!最強最速の5人家族、ダーチ・ヨーダ!!』


 そこには後人の家族且つ5人の走者、通称ダーチ・ヨーダが立っていました。


『最初に紹介するのは皆さんおなじみ、最速のおじいちゃんとして名高いダーチ・ヨーダの年長者“ダーツ”!!』


 実況者の紹介に合わせて右手を上げ観客に手を振る、腰の曲がったおじいちゃん“ダーツ”。よぼよぼのおじいちゃんのように見えるが、彼の走りは本物で昔は無敗のランナーだったのだとか。


『そして二番手!愛する夫の為ならたとえ火の中水の中、過酷な家族レースだって参加する。努力家で優しいみんなのお母さん“ヨウ”!!』


「みんな~応援よろしくね~」


 輝かしい笑顔で観客に手を振るふくよかな女性“ヨウ”。昔は家族レースとは全く無縁の生活を送っていたが、ダーチ・ヨーダの夫と結婚してから生活は一変。

 過酷な家族レース。それでも愛する夫の為ランニングを重ね、今や家族レースの優秀な走者と肩を並べるほどの実力の持ち主だ。


『次に紹介するのはダーチ・ヨーダのリーダー。普段は家計を支えるサラリーマン、しかし年に一度皆を魅了する大スターへと変身するぞ!!今年も彼の勇姿をご覧あれ!ダーチ・ヨーダのお父さん“チョー”。』


 スポットライトが一人の男性を煌々と照らします。この男性こそダーチ・ヨーダのリーダー“チョー”。去年ダンデラの最高記録を更新したこの国最速の男だ。


『そして!彼こそが最速のヨウとチョーの子供!そして次世代の大スター!かつて父親に助けられたあの日から、必死に練習を重ね、今は家族を救う最強のランナーへと成り上がった!今年も期待してるぜ!ダー!!』


「よろしくーー!!」


 ステージの上に立っていた一人の青年はバク転をしてパフォーマンス。


『キャー!!』


 これに会場の女性ファンは大盛り上がり。そして盛り上がっているのは彼女たちだけでなく、この国の沢山の人達が今年も彼の走りに期待しています。

 彼は国中で大人気の、ダーチ・ヨーダで一番人気の大スターなのです。


『そして…』


 実況者によって最後のメンバーの一人が紹介されました。

 不思議なことに会場からは先程までの盛り上がりは無くなり、少しのざわめきと困惑が広がっていました。


 それもそのはず。


 ステージの上にはダーチ・ヨーダの家族のはずなのに、全く見覚えのない、一人の少女が立っていたのですから。

 これに対し、実況者も動揺が隠せません。それでも実況者として彼女のことを紹介するのでした。


『か、彼女はヨウとチョーの一人娘!ククース!!』


 彼女は足をガタガタを震わせて苦笑いをして見せました。

 それに対し観客はこの上なく冷たい沈黙を返しました。


 

 どうして彼女がこのような状況に陥っているのか。

 それは彼女がこの国にやってきて彼らの托卵の家族になった一週間前に遡ります。



   ○


 俯き気味の顔を上げると、そこには広大な土地が広がっていました。

 適当に各地を放浪として偶然たどり着いた国“ダンデラ”。この国は毎年多くの観光客が訪れる有名な観光地だそうです。


「あー楽しかったー」


「凄かったねお父さん。今日は連れてきてくれてありがとう!」


「いやー良かった。でも一週間後に開催される家族レースを見れなかったのは残念だなー」


「そうね。せっかくなら見たかったわね家族レース」


 楽しかったなーと満足そうな顔をしながら私の横を通り過ぎていく観光客達。そんな彼らが楽しんだ国の中へ私は足を踏み入れます。

 私は彼らと違ってこの国に観光に来たわけでも、楽しみに来たわけでもありません。


 この国は、所詮ただ家出という長旅の中で偶然立ち寄った国の一つ。特別な思い入れも無ければ、楽しもうだなんて言う考えもありません。今日も托卵の帽子で適当に選んだ家族の家にお邪魔させてもらい、夜を過ごすだけ。明日にはこの国から出ていくことでしょうし、この国の観光スポットも、例の家族レースとかいう祭典も私には知ったこっちゃありません。


 さて、そんな話をしているうちに私はさっそく今日泊まらせていただく家を決めました。

 その家はそこそこ大きな家でした。私は托卵の帽子を被り、いつものように家のドアノブを握ります。


「…ふぅ。」


 ドアを開ける前、私は深く深呼吸をします。


 最近私は托卵の家族の一員となる上で少し意識していることがあります。それは托卵の家族の人たちとなるべく関わらないようにすることです。


 最近はドアを開けて中に入った後はすぐに自分の部屋にこもるようにしています。そうすれば晩ごはんの時ぐらいしか彼らと関わらなくて済みますし、家族との会話を極力減らせると思うのです。だから最近はずっとこの方法を使って托卵の旅々を続けています。


 こうすることで彼らに変な情がわかなくてすみますしね。


「…よし。」


 ドアを開けようと手に力を入れようとした、その時


  ガチャ


「おあ?」


 私が開けるより先にドアは開き、中から私より年上ぐらいの青年が顔を出しました。彼は鍛え上げられた筋肉がよく見えるような、布面積が小さな民族衣装のような服を身にまとっています。寒そうです。


「ククースか、おかえり。」


 帽子の力によって一瞬で家族になった彼は私の名前を呼びおかえりと言いました。


「あ、た、ただいまです。」


 私はおどおどとしながら返事をしました。

 おどおどしながらも私はなるべく関わりたくないと彼の横を通り、玄関へと半ば強引に足を踏み入れました。すると…


  ボフッ


 私の視界を柔らかい何かが覆いました。

 一歩下がって顔を上げると、そこにはふくよかな女の人が立っていました。


「あらまぁククース。おかえりなさい。」


「え、あ、はい。」私は適当に返事をし中へ入ろうとします。


「コラ何家に入ろうとしとんじゃ。はやく出掛けるぞい。」


 行方を阻むように立ちはだかるのは腰の曲がったおじいさん。私はおじいさんに右手を掴まれ、玄関の外へ連れ出されました。


「出掛けるってどこへ…」


「楽しみね~遂にこの日がやって来たわ~」


「やったるぞい!ワシらの力を見せてやろうぞ!」


「母さん!じいちゃん!速く行こうぜ!」


「……あの~」


 私はどこへ行くのかと尋ねましたが、なにかに期待を膨らませている彼らの耳には届きませんでした。

 いまいち状況が掴めきれていませんでしたが、仕方なく私は付いていくことにしました。

 これが地獄の始まりになるとも知らずに…



 連れて行かれた先、そこは国の中心部にある大きな闘技場でした。

 闘技場にある大きな一室に入った私達。そこでは某大会の展示会が行われていました。


 そう、家族レースです。


「うわーすげーっ!家族レースの初代チャンピオン“イ・レキセクハ”の石像だ!」


「見て見て!この写真家の有名なオーミチ一家の写真じゃない!?」


「フン、こいつらは好かんわい!」


 皆さんはおのおの家族レースの展示を閲覧し楽しんでいました。

 彼らだけではありません。この国の住人や観光客も皆揃って家族レースの展示をたしなみながら、会話に花を咲かせていました。


 なんと言うか、とっても楽しそうでした。


「…どうやら彼らは家族レースのファンのようですね。」


 私はそう勝手に決めつけ、少し安堵していました。最初は何だか嫌な予感が脳裏をよぎった気がしたんですけど、大丈夫そうですね。安心しました。


 せっかくなので私も家族レースの展示を見て回ることにしました。

 もちろん全然興味がないので1ミリも面白くありませんでしたけど。私は少し退屈になってきました。


「……ん?」


 半ば流し目に展示品を見て回っていると、私は少し…いえとても気になる1枚の写真が目に入りました。


「あ、母さんじいちゃん見てよコレ!」私の見ている展示品を指さしながら、彼は二人を手招きしました。


「おー」


「あらあら~」


「すげー!俺たちの写真がもう飾られてるよ!」


 …そこには確かに、私の目の前にいる彼らの写真が飾れていました。

 服装も髪型も顔に至るまでそっくりです。一人お父さんらしき人物が追加されていますが、たしかに彼らの写真でした。


「あ、でもククースがいない。」


「本当ね。」


「どういうことじゃ!取り直せ!」


「…。」


 いや、そりゃいないでしょうよ。だって私はついさっきあなた達の家族になったばっかりなんですよ?

 この写真が意味していることは、自分にもなんとなく理解できました。


「おお、誰かと思えば今年10連勝を迎えるダーチ・ヨーダ御一行様じゃないか。」


 私達の元に、高笑いを浮かべながら現れる数人の人影がありました。


「あ、サブヤッハのハヤブシさんとヤーサさん。」


「あらあら、家族揃って呑気なこと。相当余裕なのね~」


「…誰です?」


「え、知らないのククース。俺たちのライバル“サブヤッハ”だよ。」


 サブヤッハと呼ばれた5人組。ハヤブシさんとヤーサさんの後ろには一人のおじいちゃんと二人の子供さんがいました。


「そう言うあなた達こそ何の用かしら?私からしたらあなた達も十分呑気そうに見えるけれど~?」


「ケケケ、ワシラは今年こそは優勝するからのう。今年こそはお前らの負け犬の遠吠えを拝ませてもらうとしようかのう。」


「ハッ、何を言っとるんじゃ。負け犬はお前らのくせに。」


「ああ?何じゃとこの老いぼれ爺!」


「ああん?お主も老いぼれの糞爺じゃろが!」


「ああん?」


「ああん?」


 眼の前でおじいさん二人の醜い争いが勃発していました。


「でも貴方達、いつも最後の最後でダメじゃない~?言っちゃ悪いけど、毎年貴方の子どもたちが足を引っ張ってるじゃないの。」


「へっ。今年のコイツらは一味違うぜ。何せ俺がきつい特訓で鍛え上げてやったからな。なあ、ハヤサ、ハヤナ。」ハヤブシさんは子どもたち二人の肩に手を置きます。


「え、あ…うん。」少し怖気づいた声で返事をする男の子。


「…勿論。準備は出来てる。」一方で女の子の方は至って冷静な返事をしました。


「まあそういうことだ。もし俺たちに恐れをなしたなら逃げたほうが身のためだぜ?そうすれば無駄に走らなくて済むしな!」


「そうよ!怖いなら逃げなさい?あ、でも家族レースは全員強制参加。逃げることなんて出来ないわね~」


「首を洗って待ってろ!今年こそワシらサブヤッハが必ず優勝してやる!」

 サブヤッハ御一行は高笑いを浮かべながら去っていきました。


「ふん、今年も今年で情けない奴らじゃ。」


「そうね。どうせ負けると分かってるのに、あんな煽りしか出来ないんだからね。」


「今年も優勝しようぜ!母さん、じいちゃん、ククース!」


「……私も?」


 まずいですね。

 完全に私も彼ら“ダーチ・ヨーダ”の一員となってしまっています。


 …逃げるなら今しかありませんよね。


 どうしましょう?逃げちゃいましょうか。逃げるしか無いですよね。

 私は帽子を脱いでこっそりその場から立ち去ろうとしました。その時


「おーい!ダーチ・ヨーダのエントリー終わったぞー!!」 


 私の前から走ってくるのは、さっきの写真に写っていた彼らのお父さんらしき男性。彼の片手にはエントリー用紙があり、そこにははっきりと“ククース”という名前が書かれていました。


 …あ、これ完全に終わった。


 私はどうしようもなく、ただ呆然と立ち尽くしていました。


   ○


「どうしてこんなことに…。」


 彼らとともに家に帰り、私は自分の部屋のベッドの上で横になり枕に顔を埋めていました。


 どうして私がこんなに悩んでいるのかと言うと、単刀直入に言ってしまえば私が仮に今逃げ出してしまうと彼らは大会を失格になってしまうかもしれないのです。


 托卵の帽子には帽子の魔力による変更をリセットする力があります。

 私が家族になる前には存在しなかったこの部屋、托卵の家族になったことにより変更された様々な要素。それらは帽子のリセット効果によって私が家族でなくなった頃には全て無かったことになります。


 ならば今回の件も無かったことになるのではと思うでしょう?

 しかし、問題はその帽子のリセット効果は家庭内しか作用しないという所にあります。故に私が家族レースに参加してもそれは家庭外の問題、私の帽子のリセット効果では今回の件は無かったことにならないのです。


 家族レースは全員強制参加。一人でもかければそのチームは失格です。

 今年彼らは10連勝で殿堂入りを迎える記念すべき年。

 それなのに私のせいで連勝が失格という形で絶たれてしまうなんて、あまりにも非情すぎます。


「もとはと言えば私のせいなんですよね…」


 というわけで私は逃げられないというわけです。

 正直私が参加した所で戦力にならないことは確実。私が出ようと出まいと彼らの10連勝が絶たれてしまうのは決定事項になってしまいました。


「あ゛ぁぁああごめんなさい…ごめんなさい…」


 私は枕で音を遮り聞こえないように、涙声に鳴りながら謝罪の言葉を連ねました。私は申し訳ない気持ちとやるせない気持ちと様々な感情がぐちゃぐちゃになっていました。


「あ゛ー~ー~ー~ー~」


 枕を千切れんばかりに握りしめる私。

 一体私はこれからどうすれば良いんでしょうか?私は悩みながら延々と唸り続けていました。


 そんな時です


  コンコン


「おーいククース入っても良いか?」


 ドアの外からノックの音と誰かの声が聞こえました。


  ガチャ


 私の返事を待つこと無く、部屋のドアが開かれた音が聞こえてきました。


「大丈夫か?なんか唸り声みたいなのが聞こえてきたけど。」


 枕の隙間から声のする方を覗くと、そこには私の兄(仮)にあたる人物“ダー”さんがいました。


「…大丈夫です。」全然大丈夫じゃないけれど、私はそう言いました。


「本当か?もしアレなら話聞くけど…」


「ほっといてください!私は大丈夫ですから…」


 鋭い言葉が口を衝いて出ました。


「…あ、そう…なんかごめんな。」


「……。」


 ダーさんは申し訳無さそうに部屋から出ていきました。


「……うぅ。」


 私は再び申し訳ない気持ちでいっぱいになるのでした。




 家族レース1日目。


  カンカンカン


「…―ス。」フライパンの音が響いています。


  カンカンカン


「…クース…ククース!!」


  カンカンカン


「クク~ス!!」


  カンカンカン


「……うぅ。」


「いつまで寝てるの。早く起きなさい!」


「…出たくありません。」


 私は毛布に包まり、絶対起きたくないと意思表示しました。


「起きなさいっ!」


「きゃっ」


 起きない私にしびれを切らした母“ヨウ”さんはベッドごと私をひっくり返します。

 私はゴロゴロと床の上を転がり落ちました。


「ほら早く朝ごはんを食べなさい。今日も朝一で練習するわよ。」


「…走りたくありません。」若干はぶて気味にそう言う私。


「何言ってるのよ。家族レースに優勝するためには鍛錬は欠かせないわ。ほら、早くしなさい。」


 半ば強引に部屋から引きずり出され、私は朝食を食べ、渋々ヨウさんの元へ生きました。


「ところでククース。どうしたの?その格好は。」


「え?」ヨウさんは私の服の裾を引っ張り言いました。ちなみに今の私はいつもの服装のままです。


「まるでよそ者みたいじゃない。ダメよちゃんとした服装に着替えなさい。」


「え、あちょ…」


 私はヨウさんによってダーチ・ヨーダのユニフォームに着替えさせられました。

 布面積が小さくお腹と足が大きく露出した、季節感に合わないスッカスカな服でした。冷たい冷気が私のお腹を擦ります。これじゃあお腹冷えちゃいますよ。


「うん良いわ~似合ってる似合ってる。」


 ちなみにこの格好はダーチ・ヨーダのメンバー全員がしています。寒くないんでしょうか?夏ならまだしももうすぐ冬が来るというのに、この格好はあまりに無防備過ぎません?もしかすると彼らは年中走っててそのおかげで代謝がものすごく良くなっていたりするんでしょうか?


 そんなどうでも良いことを頭の中で思い巡らす私でした。


「おーいククース、ヨウさん。練習始めるぞい。」


「はーい。」


「ふぇぇ」


 練習を始めると聞いて、私はよりいっそう萎縮するのでした。



 今日は清々しい日和です。一方で私の気分は曇りに曇っていることは言うまでもありません。

 太陽はあんなにも眩しく私達のことを照らしてくれているのに、露出したお腹に当たる風によって私の体は冷やされていきます。正直めちゃくちゃ寒いです。


「よし。みんな準備は出来てるかい?」


 私達の先頭で元気よく尋ねるダーチ・ヨーダのリーダー兼今回の托卵の家族のお父さん“チョー”さん。


「ああ、バッチリじゃ!」


「ねえ父さん。今日はどこを走るの?」


「今日はこの池を一周回って先にゴールした人が優勝。勝った人は特別に今日は練習なしだ!」


 チョーさんは目の前に広がる池を指さしました。池は半径30メートルぐらいある大きな池でした。


「負けないわよ~」


「じゃあ始めようか。位置について~」


 彼らは一列に並びクラウチングスタートの姿勢をとりました。私も彼らを真似て同じ姿勢をとります。


 もうくよくよしてても仕方がありません。どうせ家族レースに参加しなければならない運命ならば、それを受け入れ全力を尽くすしか無いでしょう。もしかするとなんやかんやあって優勝して事なきを得れるかもしれませんし。


 なんてことを私は考えていました。


「よ~い…ドン!!」


 合図に合わせて彼らは勢いよく走り出しました。私は反応が少し遅れ、彼らが地を蹴って巻き上がった砂埃で目が眩みました。


「ヘブシッ」


 変な声を発しながら私は顔から転げてしまいました。転んだはずみに帽子が脱げ、解放された帽子は風邪に仰がれ宙を舞います。


「わっ、ま、待って~」


 私は起き上がり必死に帽子を追いかけました。

 進行方向に飛んでいってくれれば良かったのですが、帽子が飛んでいくのは進行方向とは真逆の方向。私は完全に逆走状態でした。


 帽子は木に引っかかりました。私は背伸びをして帽子を回収し、すぐに被り直しました。


「早く行かなきゃ…」


「あれ?ククースじゃん」


 遅れを取り戻そうとスタートラインに戻ろうとしたときです。一周回って先頭を走っていたダーさんが私に声をかけました。


「すっげー!もう一周回ったんだ。はえーな全然気付かなかったよ。」


「…え、あ、その…」そんなことより速くないですか?私はダーさんのあまりの速さに驚きを隠せませんでした。


「おっと?ダー、ククース、兄妹揃って速いな~。」


「お主ら早すぎるぞい!」


「はあ…はあ…あら二人共速いわね~。流石は私の子どもたちだわ~」


 次々と私達の所までたどり着くダーチ・ヨーダの皆さん。私は彼らに凄い凄いと言われていました。

 実際は帽子を追いかけて逆走していただけなんですけど。


「あの~…ちょっと~…」


 私は事の経緯を説明しようとしましたが、彼らはその隙を与えてはくれませんでした。あ、なんだか言い出せない雰囲気ですねコレ。


「「「「凄いよククース!」」」」


「…ええ、あはは、それほどでも~」


 結局私は涙目になりながら誤魔化しました。私はつくづく自分が情けないです。

 そういえば優勝した人は今日は練習なしということでした。

 私は今日は練習をしなくて良いことになりました。それに甘えて、私は引き続き池の周りを走っているダーチ・ヨーダの皆さんの様子を遠目に見ながら座っていました。


 さすがは今年10連勝を迎えるチーム。彼らのスピードは一般人の走りを遥かに超越していました。しかもこれがウォーミングアップと言うのだから驚きです。ますます私が戦力外だと言うことが明確になっていく気がして私はどんどん気分が暗くなりました。


 やがて私はただ見ているのに飽きて、他の方へ視線を移していました。すると


「おい!頑張ってついてこい!」


「はあ…はあ…ちょっと休もうよお父さん~」


「…遅い。」


「もっと速く走らないと置いてくぞ~!」


「はあ…はあ…ま、待ってよ~!」


 あれは確かサブヤッハのハヤサさんとハヤナさん。彼らは父親の後に続いて朝のランニングに励んでいました。

 そんな彼らの姿を見て、私は言います。


「可哀想に。」と。


 そもそも家族レースが家族全員強制参加でなければ、彼らも走らされることは無かったでしょうに。私も同じくですが。

 改めて家族レースは悪しき祭典だと思いました。




 二日目。


 今日は各々好きな場所を走ろうということだったで、私は一人街の中を走っていました。流石に何もしないでサボるよりかはちゃんと走ったほうがマシだろうと思い、自らつらい練習に身を投じた次第です。


 最初の方はまあまあ速く走れていたのですが、五分も経たないうちに息切れし、今は大通りのベンチに座って完全にバテています。今の私の足の速さは一般人は愚か小学生にも負けてしまうレベルです。


 このまま私が家族レースに参加しても、彼らの足を引っ張ってしまうことは火を見るよりも明らかでした。


「楽しみね~家族レース。」


「家族レースを見るためにわざわざ遠い場所からやって来たんだ。」


「あー早く5日後が来ないかな~」


「今年はどのチームが優勝するんだろう。楽しみで夜も寝れないわ~」


 道行く観光客は皆、あと5日後に迫った家族レースの開催を心待ちしているようでした。


 全く。彼らはただの観客ですから呑気でいいですよね。

 少しはこの国の子どもたちの気持ちも考えてあげてほしいものです。


「うわーん。今日は休ませてよ~お父さん!」


「ダメだ。あと数日しかないんだぞ?ここで怠けてどうする。」


「ヤダヤダ!走りたくない!」


「ワガママ言わない!今年こそは家族全員で勝つんだから。」


 現に今私の目の前では、親が子供を家から引きずりだして走らせていました。

 この国の多くの子どもたちは、昔から自分の家族が家族レースに参加しているからという理由で強引にきつい練習をさせられているようです。ちなみに家族レースで優勝すると豪華景品とその他様々な贈り物が贈呈されます。家族レースに参加している親はそれが目当てなのでしょう。


 子どもたちは親の勝手で家族全員強制参加の家族レースに参加されているのに、その苦労を知らずこの国の人達や観光客は勝手なものです。改めて家族レースは悪しき祭典だと思いました。


 ……はあ。


 ダーチ・ヨーダの家族になる前は家族レースなんてどうでもいいと思っていたのに、今や私はその家族レースの参加者です。自分がその立場になった瞬間不満が爆発し心のなかでは愚痴ばかりこぼしてしまっている私。しかしどんなに愚痴をこぼしてもその日は近づいていくばかり。ああ、憂鬱です。豪雨とかがやってきて無くなってしまえばいいのに。


 私はいつものように内気になって、頭を抱えていた時のことです。


「どうしたんだい?そんなに浮かない顔をして」


 私に話しかける声が前方から聞こえてきました。私はその声に反応し顔を上げます。


「……君はもしかして」


「?」


「今年で十連勝を迎えると噂のダーチ・ヨーダのククースちゃんじゃないか!凄い!まさか偶然出会えるなんて!」


「…あの~誰ですか?」


「すまない、自己紹介がまだだったね。私の名前はフィルト。家族レースを愛し、家族レースに愛される男だ。よろしく。」


 明らかに怪しいことを口走る彼は私に握手を求めてきました。私は彼に懐疑的な視線を送りながらも、仕方なく握手をしてあげることにしました。


「……。」ニヤニヤしながら中々私の手を離さないフィルトさん。


「…あの、放してくれません?」


「……。」依然として私の手を離そうとしないフィルトさん。


「…放してくれません!」


「…あ、ああすまない。アハハ」


 もう何なんですか全く。私は今機嫌が悪いんです。茶化すならお帰りください。


「もしかして今休憩中かな?」


「まあそんなところですね。」


「家族レースまであと5日だね。なにか意気込みはあるかい?」


「特に無いですね!」


 私は若干怒りを込めた声でそう言いました。そんな私に彼は少しひるんでいました。


「そ、そうなんだ。それにしても楽しみだな~家族レース。私は毎年家族レースの開催を心待ちにしているんだよ。」


「…家族レースの何が良いんですか?」


「全てだよ!家族レースは情熱だ。ロマンだ。芸術だ!家族全員が一致団結して優勝を目指して走る。そして何よりも素晴らしいのは、その熱き戦いの中で垣間見ることの出来る家族の絆だ。日頃生活を共にし培ってきた家族の絆が試される最高の祭典、それが家族レースなんだ!」


「へえ。」私は至極どうでも良さそうな返事をしました。貴方が家族レースにどんな思いを抱いていようと私の知ったこっちゃねーですよ。


「…でも。最近、そんな家族レースにも少々思う所があるんだけどね。」


「何ですか?」


「…いや、それは言わないでおくよ。アハハ」


 フィルトさんは何かをはぐらかすかのように笑いました。


「ダーチ・ヨーダの他のメンバーにも伝えてくれ。本番を楽しみにしていると。君たちの家族の絆、楽しみにしているよ。アディオース!」


 彼は颯爽と去って行きました。


 家族の絆…ですか。強引に走らされている子供と親との間に果たして家族の絆なんてあるんでしょうか?


 それに家族の絆と言えば私の場合だって、結局はダーチ・ヨーダの皆さんとは赤の他人なので家族の絆などあるわけがありません。仮に彼らと私との間に家族の絆ではない何かがこの五日日で芽生えたとしても、結局私が本番盛大に恥をかいて彼らに幻滅されること間違いありません。フィルトさんには悪いですが、家族レースでは家族の絆なんて拝めないと思いますよ。


 結局今日はあれから走る気力も無く、とぼとぼと家に帰って終わりました。

 こうしている間も刻々と家族レースの日は近づいていくばかり。私は今日も眠れぬ夜を過ごすのでした。



 

 三日目。今日はヨウさんとのジョギングの日でした。


 ヨウさんはジョギング中、めちゃくちゃ私に話しかけてきます。私はぜえぜえと息切れしているのに対し、ずっと話しているのにも関わらずヨウさんは全く息切れしていませんでした。


「頑張りなさ~いククース。」


「…ぜえ…ぜえ…待ってくださーい。」


「私もね、昔はぜんぜん走るのが得意じゃなかったわ。でも私はチョーと結婚して奥さんになって家族レースに参加しなくちゃいけなくなった。チョーは家族レースに対して熱い想いを抱いていたわ。だから私はあの人の思いに応えてあげなきゃって思ったの。」


「はあ…はあ…」


「だから私は毎日ランニングを続けて頑張って今みたいに走れるようになったわ。当時は女なんだからそんなに早く走れないって馬鹿にされていたわ。でも私はそんな奴らの言葉に屈することは無かった。必死に努力を積み重ね、私はこの国の女性の中で一番早く走れるようになったの。だからククースも頑張りなさい。あなたも私みたいに速く走れるようになるわよ。」


「はあ…はあ…」


 後半からの話は酸欠気味で全く頭に入ってきませんでした。




 四日目。今度はパワフルなおじいちゃんダーツさんとのジョギング。


 ダーツさんは見かけによらずとても足が速いです。私の足では到底彼に敵うはずがありません。私はダーツさんに四分の一くらい速度を落としてもらい、やっと追いつけるようになりました。


「まだまだ若いもんには負けてられんわい!」


「…ひい…ひい…」


「わしはな、実は今年の十連勝を最後に引退しようと思っとるんじゃ。だから今年の戦いは負けられん。わしの家族は皆、優勝を目指して走っとる。ククースも優勝を目指して頑張るんじゃぞ。」


「…ひい…ひい…」


「コラァ!なに休もうとしとんじゃ!もっと気合い入れて走れい!」


「…は、はいぃいぃ!」


 私は涙目になりながら走りました。足はパンパンで筋肉痛で辛いです。水分補給もロクに出来ていないので喉がカラカラで死にそうです。


 もう嫌になってきました。

 正直逃げ出したくて逃げ出したくて仕方ないです。

 しかし私は、彼らが今回の大会に対する思いを語るのを聞く度に逃げたらダメだと改めて思わされるのでした。





 五日目はチョーさんとのジョギングの日でした。


「ククース、行けるか?」部屋の扉越しに私を呼びかけるチョーさん。


「…行けません。」私は涙声でそう応えました。


 別に怠けたいからというからではありません。私はベッドの上で自分の足を押さえていました。


「っ…。」


 優しく足を揉んだ瞬間、足に激痛がはしりました。私は今、重度の筋肉痛で起き上がれないでいたのです。しかも足だけではありません。体全体が重いです。

 か弱い女の子にはあのような過酷な練習は身が重すぎます。私はこの四日間の練習で心身ともにボロボロになっていました。


「入るぞ。」


 チョーさんは扉を開け部屋に入ります。そしてベッドで横になっている私の姿に気付きました。


 私は身を丸くしました。三日目の朝、あのときも私は筋肉痛で起き上がれない状態だったのですがヨウさんは容赦なく起こしてきました。いつものようにベッドごと持ち上げて「ほら怠けてないで練習練習!」と強引に外へと引きずり出されたのです。


 きっと彼もヨウさんと同じように私を強引に連れ出すと思いました。家族レースは全員強制参加。誰か一人でも怠けると全体の戦力が落ちるので、特に今年は絶対に優勝しないといけない彼らは誰一人として怠けさせるわけにはいかないのです。


 しかし


「ククース、もしかして筋肉痛なのか?」


 私はこくこくと頷きます。


「…そうか。ならこれでも使いな。」


 チョーさんはベッドで転んでいる私の顔の前に湿布を置きました。


「この湿布は効き目が速い。貼ったらすぐに良くなるぞ。」


 私は湿布を手に取りました。起き上がりその湿布を足に貼ってみます。貼った瞬間足にスーっとした感触が伝わり、気持ち足の痛みが楽になりました。


「痛みが引いていく…」


「だろ?」


「…ありがとうございます。チョーさん。」


 私はうつむきながらお礼を言いました。

 するとチョーさんは私の頭に手を置いて言います。


「今日はお休みにしよう、ククース。疲労が溜まっている時に走っても余計に疲労が溜まるだけだしな。今日と明日はゆっくり休んで、本番に頑張ればいい。ククースなら出来る。大丈夫さ。」


 私の頭を優しく撫でるチョーさん。彼の優しさに私は感動し、涙がポロポロと溢れて零れ落ちました。


 今日はチョーさんの優しさに救われました。


 彼に言われたように今日はゆっくり休み、体を回復させました。チョーさんはヨウさん達に内緒で私のことを休ませてくれたみたいです。

 私はチョーさんに心から感謝しました。

 感謝すると同時に、家族レースが近づいてきていることにより罪悪感が増すのでした。





 そして家族レース一日前の六日目。


 六日目は家族レースに備えた休息日で彼らは各々のんびりと過ごしていました。チョーさんとダーツさんは親子水入らずのドライブに出ていました。ヨウさんは近所の人たちから熱い声援を受けにでかけていました。


 私は彼らのようにのんびりとする心の余裕もなく、いつものベッドの上で仰向けになっていました。家族レースがもう明日に迫っているという事もあって、全然落ち着きません。明日が近づいているとなると、時計の音すら恐怖に感じてきました。私は枕で耳を塞ぎますが今度は心臓の音が私を恐怖の沼に沈めます。


 でも、正直悩んでいても仕方ありませんよね。

 私は体を起こし窓の外を眺めます。


 もうこの際どうなっても別に構いません。ここまで頑張ったんです。最悪本番私が盛大にやらかして全てのヘイトを集めて逃げ出せば、少しは彼らにとっての報いになるでしょう。逃げ出さないだけよくやっただろうと、私は必死に自分のことを説得していました。


「…遅い。もっと速く。」


「はあ…はあ…待ってよー。」


「…もう置いてくよ。頑張って追いついて。」


「はあ…くそー置いてかれてたまるかーっ!」


 私は聞き覚えのある声が聞こえ視線を移しました。窓の外、町中をサブヤッハの姉弟がランニングしているのが目に入りました。

 彼らは頑張っていました。

 私はそんな頑張っている彼らの姿を家の中から見下ろしていました。


「…はあ。」


 私は小さなため息をつきました。


「ため息をついたら幸せが逃げるぜ?」


 と言って窓から顔をのぞかせるのは、私の兄(仮)であるダーさんでした。私はびっくりして肩に力が入りました。


「あーごめんごめん。いやーどうやって話しかければ良いのか分かんなくてさ…」

 明らかに怖がってるような反応を見せた私に少し申し訳無さそうにするダーさん。なんだか私も少し申し訳なくなってきました。


「…何か用です?」


「あ、いや。なんか暇だなーって思ってさー。うん。」


「暇ですね。」


「良かったらーたまには妹とー出掛けるってのもーありかなーって思ってさー」

 ダーさんはよそ見そして間延びした声で私にそう言いました。


「お出かけですか…」


「あーダメだったら全然良いんだぜ?」


「…いや、良いですよ。」気分転換になりそうですしね。


「よっしゃ。ちょっと待ってて、すぐ支度する。」


「準備してたわけじゃないんですね。」


「へへへ。あ、そうだククース。今日はあの服に着替えて良いぜ?」


「え?」


「その格好寒いだろ?今日は母さんもじいちゃんもいねーから着替えても問題ない。風邪引かないように今日はあの格好に着替えときな。」


 ダーさんはそう言って走って行きました。私は引き出しからいつもの服を取り出して、いつもの装いに着替えました。布面積が一気に増えたおかげで体は温まり、マントを羽織った瞬間私の体は一気に常温へと戻されていきました。


「やっぱりいつもの格好…ですね。」


 私はダーさんの気遣いに感謝しました。



 ジョギングの時に延々と走ったこの町並みも、今日はすこし穏やかに思えました。

 私とダーさんは横並びになって街の中を歩きます。


「どこ行くククース?」


「どこでも良いですよ。」


「あ、なら行きたい場所があるんだ。一緒に行こうぜ。」


「…あっ。」


 ダーさんは私の手を握り走りました。そして向かったのは小さなカフェ。


「いらっしゃいませ~」


「ククースどれにする?」


 ダーさんはメニューを私に見せて尋ねました。


「…カフェオレで。」


「それだけじゃ足りないでしょ。もっと食べな。お兄ちゃんが奢ってあげるよ。」


「…いえ、良いですよ。お気遣いなく。」


「まあ遠慮すんなって。じゃあ…」


 ダーさんは手を上げて店員さんを呼びました。


「カフェオレとコーヒーとこの豪華なスイーツパフェ大盛りを一つください。」


「かしこまりました。」


「え?でもそれ高いですよ…」


「いいよいいよ。遠慮しなさんな。」


 ダーさんは私の頭をポンポンとしながら言いました。しかし私はなんだかとっても申し訳ない気持ちでいっぱいになってきました。

 ちなみに彼の頼んだ豪華なスイーツパフェ、私達が思っていた以上に大盛りでした。


「お待たせいたしました~」


「うわデカっ…」


「食べ切れますかね、コレ…」


「…ええい!お兄ちゃんに任しとけぃ!」


 ダーさんはスプーンを手に取り、パフェを大きくえぐり大きな一口をパクリ。私も彼に続いて小さな一口でパフェを食べました。


 それから彼と他愛のない話に花を咲かせました。

 話をしながら私はなんとなく思いました。


 彼はとてもまっすぐで、でもちょっと不器用な性格です。彼はお兄ちゃんとして私になにかしてあげたいと思っているみたいで、今日は私を元気づけるためにわざわざお出かけの予定を考えてくれていたみたいです。ポケットから落ちた彼のメモを見て気付きました。


 彼はとても優しいお兄さんです。

 私はそんな彼の優しさのおかげで、少し心が救われているのを感じました。



「ふー食った食った。」


「なんとか食べ終えましたね。」


 私とダーさんはカフェからやっと出れました。しっかりパフェは完食しました。かなりお腹がいっぱいになりましたが、パフェはとても美味しかったです。


「さて、帰るとするか…」


「ダー兄さん!!」


 帰る道中、歩いているダーさんに飛びつく一人の少年の姿がありました。


「おーハヤサじゃないか!」


「偶然だね!ダー兄さん。」


 そう、サブヤッハのハヤサさんでした。


「…ハヤサ。やめなさい迷惑でしょ?」


「それにハヤナまで。もしかして練習中?」


「…うん。」


「そうだよ!僕、ダー兄さんみたいにもっともっと速くなるんだ!」


 ハヤサさんは目をキラキラと輝かせてそう言いました。彼の目は、私がたま見かけた時の曇った目ではなく明るさに満ちた羨望の眼差しでした。


「おーそうかそうか。頑張れよ~ハヤサ。」


「うん!」


「…行くよ。すみません、お時間取らせてしまって。」


「別に構わないよ。ハヤナも頑張れよ。」


「…はい。ありがとう…ございます。」


 ハヤナさんは若干頬を赤らめていました。そしてすぐにそっぽを向いて、弟の手を引いて去っていきました。


「あの二人はサブヤッハの人たちですよね。」


「…そう。あの子達は可哀想な子達なんだよ。親に強引に走らさせられて、強引に家族レースに参加させられてる。」


「…やっぱりそうなんですね。」


 やはり彼らも私と同じように、足が早くないのに強引に家族レースに参加させられているようです。


「ダーさんと彼らはどういった関係なんですか?」


「俺はいうなればあの子達のコーチだな。時間がある時はあの子達の走る練習に付き合ってる。」


「なるほど。」


「母さんたちには内緒だぜ!バレたらなんて言われるか分かったもんじゃないからな…」


「大丈夫ですよ。言いませんから。」


「なら良かった。」


 ダーさんはもうすっかり小さくなった二人の後ろ姿を眺めていました。


「俺は今の家族レースのあり方はあんまり好きじゃないんだ。みんな親の都合に巻き込まれて家族レースに参加させられている。それで期待に答えられなかったら怒られて、強制的に練習させられる大変な毎日。正直あの二人には家族レースに出ずに、普通の子供達のように楽しく遊んでほしいんだけどな。」


「……。」


「まあ家族レースが家族全員強制参加なのは伝統だから俺が何言っても無駄なんだけどな。アハハ」


 ダーさんは少し寂しそうに笑いました。


「だからせめて走るのが嫌にならないように、俺がコーチをしてあげてるってわけ。あの二人はダーチ・ヨーダの敵だけど俺はほっとけない。それに家族レースのこと、二人に嫌いになってほしくないしな。」


「……そうですか。」


 完全に見えなくなった二人のからダーさんに視線を移しながら、私はそう言いました。



 私達は残りの帰路を歩んでいました。

 …ダーさんになら私の悩みを打ち明けられる。私はそう考えていました。


「ダーさん。」


 私は言いました。

 自分も実は全然走るのが速くないことを。

 そして家族レースに出ることが怖いということを。


「…そっか。」


「ごめんなさい。ずっと言えなくて。」


 私は俯き彼から目を逸しました。


「まあ、仕方ないよな。みんながみんな、走るのが速いわけじゃないし家族レースに参加したいわけじゃない。」


「……。」


「現に俺も、昔は全然走れなかったしな。」


「……え?」


「聞いてくれるか?俺が昔全くと言っていいほど走れなかった話を。」

 ダーさんは語ってくれました。自身の過去を。



___それはダーさんがまだ小学生だった頃の話です。


 その頃、ダーチ・ヨーダはまだまだ名が知られていない弱小のチームでした。

 ダーさんは小学一年生にして家族レースに強制参加させられました。参加者が多い分一人一人が走らなくて良い距離が増えるので、彼がチームに加えられてのは完全な戦略でした。


 ヨウさんとダーツさん、そしてその頃はまだ生きていた彼のおばあちゃんであるヨーダさんは彼にスパルタじみた練習を強要しました。ダーさんは毎日筋肉痛のつらい日々を送っていたと言います。


 そんなハード練習を重ねても、ダーさんは一向に足が速くならなかったと言います。それは彼がたまに練習を抜け出したり適当に走っていたというのもあったからでしょう。当時ダーさんは今の私と同じように家族レースのことが嫌いだったとらしいです。


 そして依然として足が遅いままのダーさんは家族レース当日、チームの足手まといとなりました。


 たくさんの他のメンバーに抜かされ、そして彼は盛大にコケてしまいました。散々醜態を晒したあげく、大コケしてしまった彼に観客が浴びせる言葉は酷いものでした。


 彼は立つことが出来ませんでした。その時です。


「立てダー。」


 チョーさんは転んだ彼に急いで駆けつけ、声をかけました。


「無理だよ父さん。」


「走るのが無理だったら走らなくて良い。とりあえず立て!みっともないぞ。」


 チョーさんはダーさんを強引に立たせようとしました。


「やだ!走りたくない!母さんたちはどうせまた俺のことを叱るんだ!もうヤダ!家族レースになんか出たくない!」


「分かった!分かったからもうそんな喚くな!」


 暴れるダーさんをチョーさんはなだめます。


「ダー、嫌なら逃げてもいい。走りたくないんだったら走らなくていい。だけど転んだままでいるな。転んでも起き上がれ、そうしないと誰も助けてくれないぞ!」


「え?」


 ダーさんの動きが止まったその時、チョーさんは彼の足と足の間に頭を入れ肩車をして持ち上げました。


「俺がゴールまで連れて行ってやる。だから捕まってろ!」


「うわっ!」


 すごい勢いでチョーさんはダーさんを乗せてはしり、そしてゴールしました。


『不正だ!』


『ズルするな!』


 観客席から浴びせられた怒号は、それはそれは酷いものでした。


「良いかダー?今度はお前が家族みんなを助ける番だ。この罵声をいつかは俺たちを称える歓声へと変えてやれ。今回のはその時までの貸し、な?」


 チョーさんは彼を降ろし、ヨウさんらの元へと歩いていきました。

 彼はヨウさんたちから滅茶苦茶怒られたらしいです。当時の家族レースの主催者はとても厳しい人だったそうで、ダーチ・ヨーダは一歩間違えれば出禁にまで追い込まれていたと言います。



「でも俺は父さんの優しさに救われたんだ。だから今度は俺が父さん…いや、父さん達を救う番だ。そう思って俺は必死に練習した。毎日毎日筋肉痛になりながら、必死に父さんの背中を追いかけた。そして今はもうあの頃とは違う。俺はもう、遅くなんてないんだ。」


 ダーさんは私の前を歩きながらそう言いました。

 私はそんな彼の話をずっと静かに聞いていました。


「だからさ…」


 ダーさんは立ち止まりました。


 だから…私も練習しろと彼は言うのでしょうか?私も立ち止まり顔を伏せました。

 きっと彼もヨウさんやダーツさんと同じように練習すれば速くなれると言うと、私は思っていました。


 しかし


「…だからさククース。今足が遅いからって気にすんな。」


「……え?」


 予想していなかった言葉に私は驚きました。


「ククースが遅い分は俺がカバーするからさ。だからククースは出来るだけ全力で、気にせず走りな!大丈夫、ククースならきっと出来るさ。」


 ダーさんは振り返り、笑顔でそう言いました。

 私は彼の優しい言葉に心から感謝していました。そして嬉しさのあまり涙がポロポロと流れました。


「あれ?ごめんククース、何か俺、悪いこと言ったかな?」


「いや…違います。嬉しくて、つい…」


 気付けば私は泣きながら笑っていました。ダーさんはそんな私のおかしな姿を見て、同じく笑っていました。ダーチ・ヨーダの托卵の家族になって、初めて心から笑っていました。


「泣けるね―。流石ダーチ・ヨーダの兄妹だ。」


 そして木の陰に隠れて、こっそり私達の姿を見て感動している人が一人いました。

 彼は二日目、自主練の休憩時間に会ったフィルトさんでした。


「よしククース!せっかくだから家まで競争だ!よーいどん!」


「うわっ待ってくださいー」


 私はダーさんの背中を追いかけました。

 今の私の走りはいつもと違って全力でした。この数日間の練習の成果も合ってか、私の足はかなり速くなっているように感じました。


「ダーさん!」


「どした?」


「…私、全力で頑張ります!」


 私は大きな声でそう言いました。

 ダーチ・ヨーダは今年で十連勝。私はダーチ・ヨーダの一員として全力で走ろうと思います。


 勝ちたいです。勝たせてあげていのです。

 私のことを気遣って背中を押してくれたダーさんのためにも。絶対に。




 そして家族レースは本番を迎えるのでした。





_____後編へ続く

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