取材メモ「老人一家」
◯
私は記者さんと田んぼと田んぼの間にできた小さな一本道を歩いていました。
少し先に見える小さな街は、この上ないほどの田舎町で年季の入った伝統的な家屋が大部分を占めていました。住民はと言うと高齢の方ばかりで若者の姿は微塵もありませんでした。
「いやーククースさん。どうもありがとうございました。」
「……。」私は黙って本日何本目かのカフェオレの封を切りました。
「…あの、まだ怒ってます?」
「……。」そして私はそのカフェオレをごくりと一口飲み込みました。
「…ごめんなさい。」
「…はぁ。もう良いですよ。私も少し言い過ぎましたし、もうこの件は無かったことにしましょう。」
「はい。」
私は少し彼女と仲直りました。まあ、内心私の怒りはまだ収まっていませんけどね。
「托卵の帽子持っている人でいいなら、別の人に頼んでください。その人なら快く受け入れてくれるかもしれませんよ。」ホトメさんなら興味津々でオッケーしてあげそうな気がします。
「そりゃ難しいですね。」
「何でです?」
「私がククースさんのことを知ったのは偶然ジラードさんから教えてもらってたからだし、他に托卵の帽子を持っている人で心当たりがある人といえば、托卵の帽子のことについて教えてくれた人ぐらい…」
「その人も托卵の帽子を持っていたんですか?」ホトメさんでしょうか?
「持ってたよ。てかその人が話してくれたおかげで私は托卵の帽子のことについて知ったの。」
「その人は透き通るぐらい綺麗な青髪じゃなかったですか?身長が高くて、スタイルも良くて、胸が大きくなかったですか?」
「いや。身長は低かったし、胸もまな板だったし、そもそも髪の色は黄色だった。」
どうやらきしゃさんの言っている人はホトメさんでは無いみたいですね。一体誰でしょう?
「その人が帽子を持っていたなら無理に私に頼まなくても良かったのでは?」
「いやー私もそうしようと思ったんだけど、彼女取材し終えたらすぐにどっかに走り去って行っちゃって…。去る間際「好奇心が私を呼んでる~。」とか言ってたなー。」
「うわ、馬鹿そう。」
「探そうにも名前も分かんないから探しようが無いじゃないですか。だから彼女のことは諦めて色々と調べ回った結果、偶然アンタのことを知ったんですよ。そんでジラードさんがアンタと知り合いだったから特徴を詳しく聞いて、でも連絡先がないから止むなく記事に載っけたってわけ。」
「なるほど。そのせいで私が迷惑を被ったというわけですね。もう二度と私の名前を書いたり、托卵の帽子のことを記事にしようとしたりしないでくださいね。」
「もちろんです!まあスランプ状態になったら分かんないですけどね☆」
分かんないですけどね☆じゃねーですよ。
私もジラードさんと同じ用にこめかみを押さえてため息を付きました。
「で、私は何をすれば?」
「ククースさんは先程も少し話したように、取材相手の家族になってください。それで…2日ぐらいかな。二日間一緒に過ごした後に、私に感想を伝えてください。そしたら私がリアルな記事を書くんで。」
「私の名前は絶対載せないでくださいよ。」
「了解です。まあ、とりあえず今日一日よろしくお願いします。ククースさん。」
「…はぁ。はい。」
私はとりあえず彼女と握手を交わしました。
そして渋々と足を運び、わたしたちはようやく目的地へとたどり着きました。
___昔、七人の子供を育てる母親がいたのだとか。ちなみに子供は全員男です。
彼女の子供はすくすくと成長しましたが、その成長の過程で、彼らは誰一人として異性と関わろうとしませんでした。そのせいで彼らは結婚はおろか、彼女も出来ないままでした。
しかし彼らは「なんとかなるだろう。」と現実逃避して、異性と関わることなく年月だけがすぎていきました。当然そんな浅はかな心持ちだけでは自分の人生はうまい方向に行ってくれるわけもなく、皆一様に年だけをとっていき、育ててくれた母親も市に、誰一人結婚していない負の老人一家が完成したのだとか。
今回私はそんな彼らの家族になることになりました。
どう考えても不安しかありません。しかし私は仕事なのだからと我慢することにしました。
そして今に至ります。
「はて?わしらに子供なんていたかのう?」
「何を言ってるんじゃ!わしらは子供はおろか、結婚したこともなかろう。」
「なら一体誰の子供じゃ?」
さすがの托卵の帽子も誰一人結婚してなく子供もいない負の老人一家に対応できていないみたいです。そのせいで私は彼らの家族なのにその子供なのか兄妹なのか何なのか訳のわからないことになっていました。
あ、なんかやばそう。
「…まあ良いか。」
「そうじゃな。」
「知らん知らん。」
助かりました。なんか自然とごまかせましたね。
前述の通り、今回の家族の家族構成は七人全員無婚の老いぼれおじいちゃんというカオスなメンバー。かれらは小さな和室に座布団を並べ横一列に座っていました。そして私は、彼らと対面するような形で座っています。七人のおじいちゃんと対面している私。それは誰がどう見ても意味不明な光景でした。
私は静かになった部屋の中で正座で待機していました。
このままずっと沈黙が続いて一日が終わらないかな、と思いながら。
「ククース、肩揉んでくれ。」
「あ、はい。」
そんな私の思いは秒で裏切られました。
私は向かって一番右のおじいさんの元へ行き、言われたように肩を揉みました。
「あー極楽じゃ~。」
「ククース、わしにも頼む。」
「わしにも。」
「わしにも。」
「わしにも。」
「ええ~っ。」
私は連鎖していくおじいさん達の言葉に思わず顔がひきつりました。
結局その後、私は全員の肩をもみほぐして差し上げましたが、彼らの要望はここからエスカレートしていくことになりました。
「ククース、庭の掃除をしてくれ。」
「ククース、一緒に将棋でもしよう。」
「ククース、トイレの紙が切れた。補充してくれ。」
「ククース、この文字なんて書いてあるかのう?」
「ククース、畑仕事手伝ってくれい。」
「ククース、お風呂一緒に入ろう。」
「ククース、メガネはどこかのう?」
私は連続で何回も呼ばれる自分の名前に耳鳴りがしてきました。そんな私にお構いなしに、彼らはじゃんじゃん私をこき使いまくります。最初の頃は大したこと無かった要望もだんだんいい気になったのか、どんどん無茶苦茶になっていきました。この人たち、人使いが荒すぎます。
いつもなら帽子を脱いで別の家族に移行するところですが、今回は一応仕事なのでそうはいきません。
「き、記者さん。応援を要請します。」
「えー無理だよ。私帽子持ってないし。それに今忙しいんだよね~。ガンバ☆」
記者さんに助けを求めましたが、相変わらずのウザイ態度ですぐに電話を切られてしまいました。あの記者野郎め。
「「ククース。晩御飯はまだかのう?」」
「え?晩ごはんも私が作るんですか?」
「「何言ってるんじゃ!女ならそのくらい当たり前じゃろ?」」
老いぼれおじいさんたちは口を揃えてそう言いました。こんなステレオタイプな女性差別発言初めて言われましたよ。いつまでもそんな腐った考えだから結婚はおろか、異性と関わることが出来ないんですよ。
なんとなく彼らが今まで異性と付き合えなかった原因がわかった気がしました。腹が立つので、あとで記者さんに頼んでそのことだけ強調して書いてもらいましょう。
私は反論するわけにもいかないので、仕方なく全員分の晩ごはんを作りました。七人分の晩ごはんを作るのは死ぬほど疲れました。彼らを育てた母親には頭が上がりません。
それから私は老人たちをお風呂に入れる手伝いをさせられた挙げ句、その後根付かせる世話もする羽目になりました。
「はぁ…終わった。」
私は食卓の机の上にぐったりと倒れ込み、ため息を付きました。
子供の頃一時期”立派なお母さんになりたい”と思っていた時期があって、色んな家事をこなす練習を重ねていたのである程度は楽にこなせました。しかしそれ以上に無茶な要望が多かったのでそのせいで物凄く疲れました。もはや家事というより介護に近いです。
やっと眠れる。私はそう思いました。
しかし
ぐおぉおおぉおぉ
「…!?」
おんぼろ民家をけたたましく振動されるこの音の正体。そう、これは彼らのいびきです。
彼らのいびきは今まで私が聞いてきたどの音よりも大きいです。七人合わさっているのも相まって、彼らのいびきは絶えず響き続けます。このままだと家が崩壊してしまいそうです。
「くぅぅぅ…」
ひたすら働かされた上にこの仕打ち。私が一体何をしたって言うんですか。
しかし、ここが一番の山場です。
あと数時間、今日をやり過ごせばこの苦痛から解放されるはずです。
私はやけになってカフェオレの缶を大量に封を切り、一気飲みしました。そしてティッシュで耳を塞ぎ、机に顔を突っ伏して寝ました。…いや、寝れませんでした。
翌朝、私は家の前できしゃさんを待ってました。
髪の毛を整えていないので、私の神は癖っ毛でボサボサ。そして目の下には大きな隈が出来てました。
しばらくしてキックボードに乗って記者さんがやってきました。
「やほーククースさ…ってどうしたの?その形相。」
「あ”…あ”あ”ー…。」
私は聞き取り不能な声を発しました。翻訳すると「おせーよこの記者野郎!」と言っています。
「大丈夫?なんかゾンビみたいだけど。」
「あ”…きょ、今日で終わりですよね…?」
私は声を振り絞りそう尋ねました。
「いや、あと一日残ってますけど?」
「え”?」
彼女は平然とそう言いました。
私は彼女の聞き捨てならない言葉を聞いて硬直しました。
アンタはどんだけ私を絶望の淵に叩き落とせば気が済むんですか。記者さんの顔が、まるで悪魔のように見え始める私でした。
しかし冷静になって思い出してみると、たしかに彼女は昨日”2日ぐらい”と言っていたようなきがします。
いえ、嘘です。嘘ですよね?嘘って言ってくださいよ。ねえ…ねえ!
「どんな感じかな~って思って見に来たんだけど。ククースさん、大丈夫じゃなさそうだね。」
「嫌だぁぁぁぁぁ。死にたくないぃぃぃぃぃぃ。」私は涙目になりながらそう言いました。
「大げさですねぇ。別に死にやしませんよ。それよりネタネタ!ほい、頑張って!」
「「ククース、朝ごはんはまだかのう?」」
「ほら、呼んでるよ。」
「いやだぁ。」私は彼女のキックボードにしがみつきます。しかし力が出ず、あえなく記者さんを逃してしまいました。
「バイバーイ。じゃあ感想楽しみにしてる♪」
「ククース。」「ククース。」「ククース。」「ククース。」「ククース。」「ククース。」「ククース。」
「嫌あぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
この後のことは、あまり記憶にありません。
◯
私はとある家族におつかいを任され、家を出ました。例のごとく私の頭には托卵の帽子を被っていました。
右手に買い物メモを持ち、左手に提げたマイバックをゆらゆら揺らしながら、私はのんびりと歩いていました。
そしてしばらくすると、私の目の前に大きな掲示板が現れました。その掲示板には色んなイベントの情報が記載されたポスターと、雉野ジャーナルの記事が貼られていました。
『老人一家。結婚できずに数十年。同じ家族視点で見る彼らの”リアル”な生活。』
そこには私が味わった地獄のような体験が、きしゃさんを主体に面白おかしくまとめられていました。記者さんに念を押した通り、彼らの女性に対する上からな態度のことが事細かに書かれていましたが、それ以外の私に関する体験談は全てカットされていました。
まあ私は記者さんに”私の名前を絶対載せないでくれ”とは言いましたが、少しは私の苦労したことを記述してほしかったですね。あれから私は、おじいさんを見る度にトラウマが蘇るようになってしまいました。
もう雉野ジャーナルとは二度と関わりたくありません。
早く倒産すればいいのに、あんなダメダメ企業。
「ほうほう、なかなかおもしろいっすなー!」
私が記事とにらめっこしていると、私の隣からその記事を賞賛する声が聞こえてきました。
私は鋭い目つきのまま隣の方へ目をやりました。するとそこには中学生くらいの女の子がキャラメルポップコーンを食べながら興味津々に記事を読んでいました。
発色の良い黄色のツインテールに、私と同じくらい貧相な胸。
黒いローブを着て、頭には帽子を被っています。よく見るとその帽子は卵の形を模していて、ボロボロにひび割れた破片をセロハンテープで貼っていました。
「貴方は?」
「お?私ですか?私は旅人のつっつーと申します。よろしくお願いします。」
私は自ずと差し出された彼女の手を取り握手を交わします。彼女の手はキャラメルのせいか少しべとべととしていました。汚い。
「おや?その帽子。もしや托卵の帽子じゃないっすか!私もこれ!托卵の帽子を持ってるんですよ!いやー嬉しいっすな~。まさかこんなところで同じ帽子を持った人と出会えるなんて。お名前は?」
「あ、私はククースです。」
「ククースさん。どうもよろしくっす。」
ハイテンションな彼女に、私は若干引いていました。
なんとなく彼女と私は対極な場所にいるなと察しました。彼女はホトメさん以上に眩しくて、目が眩んで見えなくなってしまいそうです。
なんだか私とは相性の悪そうな性格の人と巡り会ってしまったみたいですね。
「いやー偶然って凄いですなー。私感激っすよ!やっぱり好奇心は私のことを裏切りませんね~。好奇心ISベスト。ノー好奇心、ノーライフですねぇ。」
「は、はあ。」何言ってるんでしょうこの人。私は普通にドン引きしていました。
「それにしても、この記事面白いっすな~。」
彼女は再び雉野ジャーナルの記事へと視線を移しました。ここで私は記者さんが話していたことを思い出しました。
「あの。もしかして貴方、このジャーナルの記者から取材を受けなかった?」
「ん?きじのじゃーなる…あーそういえば受けましたよ。なんだか面白そうだったんで。」
「やっぱり。」面白そうが動機だなんて、ますますホトメさんみたいですね。
記者さんが言っていた托卵の帽子を持った取材相手は、どうやら彼女のことで間違いなさそうですね。彼女の話していたように「好奇心」がどーのこーの言ってますしね。
「あ、もしかしてククースさんこの雉野ジャーナルさんと知り合いっすか?良ければ詳しく聞かせてほしいっす。」
「え?あ…いや、なら自分の目で確かめてもらった方が…」
説明するとその最中に嫌な思い出が蘇ってきそうだったので、私は代わりにジラードさんの名刺を渡してあげることにしました。
「ありがとうございます。」
「悪いことは言いませんから、あんまりこの会社には関わらないほうが良いですよ。そもそも雉野ジャーナルに何か用でもあるんですか?」
「え?特に無いっすよ。」
「ならどうして」
「ふふふ、そんなの決まってるじゃないですか。」
彼女は謎のしたり顔を浮かべ、ローブの右袖をまくり、謎のポーズを取りながら言いました。
「好奇心ですっ!」
と。
「は、はぁ…」私は返す言葉も見当たらず適当な言葉しか出てきませんでした。
「あ、もうこんな時間。早く帰らないと今回のお父様に叱られてしまいます~!それじゃククースさん、またお会いしましょう。」
さようなら
彼女はそう言って去っていきました。
おそらく私は今度、彼女と再会することはないでしょう。まあ彼女の帽子がホトメさんと同じ用に”縁ある人と再会できる”帽子でなければの話ですが。
まあ良いです。ホトメさんは良いですけど、あんなに明るく元気な子を前にすると、私は著しく自己肯定感を削がれてしまいます。だからああいうタイプの人とは極力会いたくありません。私はああいう人たちとは別の次元を生きていますからね。
私は彼女の立ち去っていく姿を見送りました。
その後のつっつーさんのこと、雉野ジャーナルの行く末。
その全ては私の知ったこっちゃない物語です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます