第四話「家出少年再び」
私は国と国をつなぐ長い一本道を歩いていました。
冬の寂れた強い風が枯れ葉を散らし、枯れ葉は宙を舞いながらはるか彼方へと消えていきました。今日は風が強いです。今マントで空を飛ぶと私まで吹き飛ばされてしまいそうですね。
私は今日はくすんだピンクの髪を一つ括りにしています。長袖にマフラーで身を固め、寒さ対策はバッチリです。ちなみに明日からはもっと寒くなるそうです。
私は今日も今日とて家出の旅を続けています。
最近ふと疑問に思うことがあります。私は家出を始めてからどのくらいの距離を歩いているのか、と。私が今立っているこの場所は、私の故郷からどのくらい離れているのでしょうね?まあ、私の知ったこっちゃありませんけど。
家出を始めてから約三ヶ月。長かったような、短かったような、なんとも言えない微妙な気持ちです。
一体私の家出はいつまで続くのでしょう?それは私にも分かりません。
私は小さなため息を付いて、今日夜を過ごす国の門を通過するのでした。
○
いつも通り夜は明け、日は昇り、新たな一日が始まります。
私は通勤通学する有象無象の横を通り過ぎ、新しい街へと移動しようとしていました。いつもと変わらず、特にこれと言った目的もなく、ただぼんやりと。
しかし最近いつも代わり映えのない景色ばかりで少々飽きてきましたね。せっかくなので、今日は海の見える場所までマントで飛んでいきましょうか。この街から数キロ離れた場所には海があります。どうせ暇ですし、海岸に座りながら水平線の向こうを眺めながら考え事をするというのも悪くありません。
「……よし。」少しテンションが上がった私なのでした。
私の家出から始まった長旅は”家出”だと思えばすごく気が重くなりますが、”旅行”だと思うと少し気持ちが楽になります。ホトメさんのように旅を純粋に楽しめば、家出をしているという罪悪感も忘れられますし。
まるで自分が家出をしているということを正当化しているみたいですが、まあ良いでしょう。私の知ったこっちゃありません。
完全に開き直って、私はさっそく海が見える場所へ出発することにしました。私がマントの袖に腕を通した、その時でした。
「くくーすおねーちゃーーーーん!!!」
私の背後から何やら聞き覚えのある声が聞こえてきました。が、おそらく人違いでしょう。
私は無視してそのまま飛び立とうとしました。が、
「待ってくださいよー。」「キャっ……。」
その声の主が私のマントを強引に引っ張ったことで、私は盛大にコケました。
「何するんですか!」
「ごめんなさぁーい。」
私は鋭い眼差しで、私のマントを強引に引っ張った不届き者の方へと振り返りました。
「えへへ。久しぶりククースお姉ちゃん。」
そこには私が一番再会したくないと思っている人物、ツバサさんの姿がありました。
ツバサさん。彼との出会いは彼が私の家出に一緒に着いてきたいと言ったところからでした。あの時は彼の母親が強引に連れ帰ってくれたのでなんとか別れることが出来ましたが、まさかこんな場所で再会するだなんて驚きです。ここは彼の住んでいる街からはかなり離れているでしょうし、一体どうやってここまでやって来たのでしょうね。
まあ私の知ったこっちゃありませんけど。
立ち話もあれなので、私とツバサさんは近くのカフェに寄ることにしました。椅子に座り、横並びになって、私は注文したカフェオレを飲みます。
私はさきほど地面で擦って傷ができた膝をさすりました。
「いてて……」
「ごめんなさい。ククースお姉ちゃん。」
「謝ったら何でも許してもらえると思ったら大間違いですよ。女の子を怪我させるなんて、本当に最低です!」
「……だって、お姉ちゃんが無視するから。」
「…っ。まあ、確かにそれは私が悪かったです。ごめんなさい。」
「謝ったら何でも許してもらえると思ったら大間違いだよ!」
「お前が言うな。」
思わず口が悪くなる私でした。しかしなんでまた彼と再会しなければならないのでしょう。ホトメさんが縁のある人と再会するのと同じく、私は彼と縁があるということなのでしょうか?だとしたらこんなの悪縁でしかありませんけど。
似た者同士は惹かれ合うとは言いますが、実際に惹かれ合ってしまっては困りますね。ちなみに彼は私と再会できるだなんて思ってなかったそうで、調子に乗って「これって運命じゃないですか!?」などと曰わっていました。そんな運命いりません。
「てかさ」
「何です?」
「ククースお姉ちゃんのポニーテール可愛いね。」
「なっ……。ほ、褒めても何も出ませんよ。」
私より遥かに年下の男の子からいきなり可愛いと言われて少し動揺する私。よくもまあそんな小恥ずかしいセリフを平然と言えますね。全く…
私はため息を付いて、少し冷めたカフェオレを一口飲みました。
「ところでお姉ちゃんお腹空いてない?」
「え?まあ、少し空きましたね。」
「じゃあ僕が奢ってあげるよ。」
「あら?良いんですか」
少し目の色を変えて彼の方を見ます。小学生の男の子に奢って貰うのはどうかと一瞬思いましたが、お腹が空いた私にはそのような理性は仕事をしません。
まあさっきのお詫びということで、良いですよね。
「でもお金あるんですか?」
「ノープロブレムだよ!だって僕にはこれがあるからね。」
「?」
「じゃじゃーん!お母さんの財布~♪」
ペシッ
私はツバサさんの頭を軽く叩きました。
「いったーい。」
「いったーい、じゃないですよ。何考えてるんですか。いくら自分の親だからといえ、財布を盗んだら犯罪ですよ。」私は少し厳しめにお説教を始めました。
どおりでこんな遠くまで彼がやって来れた訳です。彼はきっとあらゆる交通機関を駆使して、絶対にお母さんに見つからない場所へと行こうとしたのでしょう。親の財布で。
「でもこれで絶対お母さんにバレないよ!」
ツバサさんはなぜか誇らしげそうにしていました。
やれやれ。家出をするために親の財布を盗むなんて言語両断ですね。さすがの私でもそのようなことはしません。私が家出をしたときに手に持っていたのは托卵の帽子と自分の財布だけでしたし。
はてさて。今回彼は親の財布を盗んでまで、家出をしたい事情があったのでしょうか。いや、彼のことです。どうせくだらない理由に決まってます。しかしなんやかんやで少し気になっている私なのでした。
私は彼の親のお金で奢って貰うわけにはいかないので、仕方なく自分のお金で軽い食事をとることにしました。なぜかツバサさんの分も一緒に。
「ありがとーククースお姉ちゃん。」
「良いですか?私はこれ以上貴方にそのお金を使わせないために奢ってあげるんですからね!」
「もー素直じゃないなー」
「……。」
「……ごめんなさい。」さっきたっぷりお灸を据えたおかげか、彼はほんの少しだけ丸くなっていました。
「……はぁ。しかし、今回はどういった経緯で家出をするに至ったのですか?」
私は流れで彼にそう尋ねました。別に知りたくなんかありませんよ?ただ普通に興味があるだけです(?)
「聞きたい?」
「出し渋るならいいです。」
「あーん聞いてよ~!聞いてよ~~!!」
「くっつかないでください。」私は肩を寄せてくるツバサさんを押し返しました。
「……実はね。今回は色々と深い事情があるんだよ。」
急に真面目な顔になるツバサさん。
「はぁ。」
「この理由を聞いたら、ククースお姉ちゃんも絶対共感してくれるはずだよ!」
「はぁ。」
なんだか嫌な予感がしてきました。
「お母さんはね、何でもダメってばかり言うんだよ!」
「はぁ……は?」
私は眉間にしわを寄せました。
「お母さんはね、自分が大人なのをいいことに僕がやろうとしてることに何でもかんでもダメダメってケチを付けてくるんだよ!いっつも我慢してたけど、もう我慢の限界!うんざりなんだよ~」
「私は貴方にうんざりですけどね。全く……」
私はカフェオレを飲み干し、長いため息を吐きました。そして新しく頼んでいたカフェオレを自分のところに寄せます。
「大人はいつもそうだ!子供の話をいつも真面目に聞いてくれない。いつも大人が正しいの一点張りで、僕たち子供の意見をだんあつしてくるんだよ!」
「そーですか。」
「ねえ、ククースお姉ちゃんも大人って勝手だと思うよね!」
「私は大人の意見は全て正しいと思いますけどね。」
「まさかお姉ちゃん、大人に肩入れする気!?」
「何言ってるんですか。もう黙ってください。カフェオレが不味くなります。」
やっぱり彼に少しでも期待した私が馬鹿でした。所詮彼は小さな子ども。ましてあのツバサさんです。
行動力だけは認めますが、その行動力に動機が全然見合っていません。今すぐ家に帰ることをおすすめします。それは彼にとっても彼のお母さんにとっても、私にとっても最善です。これ以上は本当にただのお金の無駄でしかありませんしね。
「まあ飽きるまで頑張ってください。私が言えることはそれだけです。」
私には彼がこれ以上何をしようと知ったこっちゃないので、適当に応援してその場を逃れようと考えました。
「……もしかして、ククースお姉ちゃん怒ってる?」
「別に怒ってはいませんよ?ただちょっと呆れただけです。」
「呆れた!?」
「ええ、馬鹿げた理由だと思います。」
「馬鹿げた!?そんな……ククースお姉ちゃんなら分かってくれると思ったのに!」
思わず思ったことが口から出てしまい、ツバサさんは頬を膨らませいじけてしまいました。
彼は不服そうに私を見上げ言いました。
「そう言うククースお姉ちゃんはどうして家出をしようと思ったのさ!!」
「えっ……。」
私は返す言葉を失い、そのまま黙ってしまいました。
私の家出の理由は簡単に言ってしまえば”自分の家族に嫌気が差したから”。私の境遇を何も知らない人にそのような事を言ったら、私の家出の理由も馬鹿げていると思われるに違いありません。
それもツバサさんに言ってしまおうものなら、「なんだ、大した事ないじゃん。」だとか「ククースお姉ちゃんも僕と同じような理由じゃん。呆れた~」などと言われてしまうに決まってます。
故に黙秘権を行使する私なのでした。
「言わないのー?」
「……はぁ。いや、言っても無駄だと思うので言いません。」
「えー言ってよ。」
「やです。」
「言って言ってー!」
「しつこいですね。そんなにしつこいとお母さんに来てもらいますよ。」
「でもお母さんが来たらククースお姉ちゃんもやばいんじゃない?」
「うっ…そうでした……。」
そういえば私は彼のお母さんに一度家出中だと見抜かれて警察を呼ばれそうになったのでした。
「大丈夫だよ。ここまで来ればお母さんが来る心配は無いし、さすがのお母さんも僕がこんなところにいるなんて分かるはずが……」
あからさまに分かりやすいフラグを立てるツバサさん。
そして彼がそう言い終わろうとした、その時でした
バーーン!!
カフェの扉が勢いよく開かれました。
「ツバサーー!!」同時に聞き覚えのある声が店内に響きます。
「お母さん!?」そして私の隣りに座っていたツバサさんが青ざめました。
そう、ツバサさんのお母さんのお出ましです。まるでツバサさんのフラグを回収するかのように、彼のお母さんがいきなり姿を表したのです。
私は驚きのあまり絶句しました。
「こんなところにいたのね!!」
「何で分かったの?絶対にバレないと思ったのに」
「アンタがどこへ行こうとお見通しよ!さあ早く帰るわよ!よくも私の財布を盗んで好き勝手やってくれたわね。」
「あーん助けてククースお姉ちゃーーん」
「……はぁ。」
私は立ち上がり、彼のことを持ち上げてお母さんのところへ強引に連れていきました。
「どうぞ。」
「……アンタ、どこかで見たような……?」
「あら?お会いしたことありましたっけ?」
「お母さん。この人前の家出グハァッ」私は手を離して彼を地面に落としました。
「どうぞ連れて帰ってあげてください。」
「うわーん。裏切り者ーーっ。」
「どうも。さあ行くわよ。帰ったらみっちりお仕置きだからね!」おー怖い怖い。
ツバサさんはこんなに怖いお母さんなのに、よく家出をしようと思いましたね。その覚悟だけは称賛に値します。彼のお母さんが私の親だったら、きっと家出なんて続けられていないでしょうね。
まあ私の知ったこっちゃありませんけど。
私はやれやれとため息を付きながら、連行されていく彼を後目に自分の席に戻ろうとした、
その時です。
「待ってよククースお姉……うわっ!」
ツバサさんは私の背後でコケました。そして……
「な”っ!?」
彼は転んだはずみに私の短パンを掴み、勢いよく脱がせてきました。
私の三つに分かれたスカートの隙間から白いパンツが顔をのぞかせています。私は顔を真っ赤に染め、急いでスカートを押さえました。
「……ふぁっ。」
ツバサさんはあろうことか私のパンツを下から見上げるように見てしまっていました。ツバサさんは私と同じく赤面し、目を大きく見開いていました。
「このっ……変態っ!!!」
私はツバサさんの顔に思わず蹴りを入れてしまいました。
その後、ツバサさんは無事に(?)お母さんに手を引かれて家へと帰っていきました。ツバサさんは目を回しながら鼻血をたらたらと垂らしていました。
それから私は恥ずかしさのあまり彼らを追うようにカフェを後にして、その後は彼らとは別の道を歩いていきました。
その後、ツバサさんがどうなったのかは私の知ったこっちゃありません。
○
私は海岸に座り込み、海を眺めながら物思いに耽っていました。キラキラと輝く海原はとても美しく、ちっぽけな悩みなんてどこかへ吹き飛んでしまいそうでした。
私はそんな美しい景色では吹き飛んでいかないような悩み事を抱え、そのことについて真剣に考えていました。
__私の家出の理由は、ツバサさんの理由と同じく大した事ない理由なのでしょうか?
……いや、断じてそんなことはありません。私の家出をするに至った経緯はツバサさんのと比べるとより複雑でどうすることもできないものです。それなのに彼と一緒だと思ってしまうだなんてどうかしてますよね。
前も思いましたけど、ツバサさんは本当に幸せ者です。
あんなふざけた理由で家出が出来るほどの心の余裕があって、その上ちゃんとお母さんに手を引かれて自分の家に帰ることが出来るのですから。
どうか彼が私と同じようにならないことを願うばかりです。
私はもう二度と彼と再会しないことを祈ります。
だって彼が家出をしようだなんて、100年早いのですから。
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