第四話「陰に潜む家族」
この世界には科学と魔法が共存しています。
昔は魔法使いと科学者が互いに協力し、様々な文明を築き上げてきました。しかし時が経つごとに、魔法より科学のほうがさらなる進化を遂げ、魔法は人々から忘れ去られるようになりました。
魔法使いや魔女の数も次第に減少。魔法文化は衰退の一途を辿っているのでした。
今回の話は、かつて魔女が統治していた街に住む、陰に潜む家族のお話です。
○
秋です。
最近季節の移り変わりに、少し疎くなりつつある私ではありますが、あの忌まわしい夏が終わったとなると少し嬉しい気持ちになります。まあ秋が終われば、忌まわしい冬が訪れるのは少し憂鬱ですけれど。
それはさておき、皆さん。秋といえばなにを思い浮かべます?
私の場合、真っ先に頭に思い浮かぶのはやはり『読書の秋』ですね。銀杏の木、もしくは紅葉の木の下で、優雅に読書を嗜む。実に風情があって素敵だと思いませんか?思いますよね?
と言うわけで私は今、本を片手に持ちながら、どこか居心地が良い街がないかと探しながら優雅な空の旅を嗜んでいました。
そしてそんな私の目に入ったのは、煌々と金色に輝く銀杏が立ち並ぶ小さな街。
私は方向転換し、その街に降り立ちました。
街に着いたら、とりあえずのんびりしたいですね…。
しかし、私の予定に反して、街の人々はとても忙しなくしていました。その光景は、私の想像するのんびりさとは程遠く、人々は銀杏の落ち葉を掻き分けながら労働の真っ最中。
「いらっしゃい。出来立てパンだよ~。」
「さあさあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!採れたての新鮮な野菜だよ~。」
「お客さん!とってもお似合いですよ。他にもいろんな服がありますので、是非見て行ってください!」
街の人たちは、皆楽しそうにそれぞれの職務を全うしているようでした。
私はそんな彼らの様子を見て、呟きます。
「…暑い」と。
私の頬を涼しい秋の風が優しく撫でます。ですが今の私は、そんな秋の風の涼しさを感じないほどに暑さを覚えていました。この暑さ。どこか夏の暑苦しさに似ています。
この暑さの原因は、彼らの働きっぷりにあります。と言うのもこの街の人々の労働に対する熱量は、他の街の人々とかなり異なっているのです。
「すみません!何か手伝えることはないですかね?僕、一生懸命やるんで!だからとりあえず僕に何か仕事をください!!」
「よーしお前ら!今から一日でここに立派な家を建てるぞ!勿論休憩なしでだ!」
「うぉぉぉおおお!働くのって最高!!」
「働くものは食うべからずだぞ!!お前ら働けぇぇえ!!」
「今は労働の秋だ!!お前ら気合い入れて行けや!!!」
「おおぉぉぉおおぉおぉお!!!」
「………暑い。」
やっぱり暑いです。この街の人々は労働に対し、異常なほどに熱くなっておられるようでした。
それにこの街の嫌なところは、誰一人として私と同じように冷めた人がいないところです。みんな労働の秋だから労働しなければいけないと言う訳のわからない理屈を述べていました。人々は、皆一様に仕事に対し暑っ苦しい考えを持っているみたいです。
なんだかとっても息苦しいですね…今回の街は。これではのんびりどころか、私まで彼らの勢いに飲み込まれてしまいそうです。
かと言って、この街の周辺には他に行くあてがありません。マントもしばらく使えないでしょうし、一体どうしたものやら。
ぐぅぅ
お腹がなりました。色々思うところはありますが、とりあえず腹ごしらえでもするとしましょう。
そう考え、私が彼らに背を向けて歩き出そうとすると…
「うわっ」
私は誰かとぶつかり、軽く尻餅をつきました。
「あららららぁぁ、だいじょーぶですかぁ?」
そう私に呼びかけるのは、黒いフードのついたマントを身に纏い、目には目のデザインが施された怪しいアイマスクをつけている女性。日傘を片手に、私にまっすぐ手を差し伸べてきました。
「大丈夫です。ごめんなさい、前を見てなかったもので。」
「うふふぅ、良いのよぉ。わたぁしもよそ見してたからぁ。」
彼女は怪しい喋り方で、そう言いました。いやよそ見以前に、前見えてませんよね。ソレ。
私は終始怪しげな雰囲気を醸し出している彼女に不信感を抱きつつも、その感情が悟られる前にそそくさとその場を去ります。彼女は後ろで笑いながら、私の反対方向へと歩いていきました。
●
昔、とある街に一人の魔女がやってきました。
魔女は街を気に入りました。彼女は自分の力を駆使して、街のリーダーになりました。
彼女は魔力を使って街の住人を意のままにし、自分の理想の街を作り上げました。彼女の理想とする街、それは「働き者しかいない街」です。
彼女の理想の街は年中無休の24時間労働。誰しもが思うでしょう、地獄です。
住人は最初は嫌そうにしていましたが、働かなければならなかったので働きました。
働く気がない怠け者は、魔女が自らの手で街から追い出しました。魔女は働かない者が大嫌いなのです。
しかし魔女は働き者には好意的でした。良い功績を残した住人には、最高の待遇でもてなしました。魔女の統制は滅茶苦茶ですけど、住人からの信頼はそこそこあったのです。
やがて長い年月が経ち、魔女は寿命を迎えました。
彼女には後継者がいませんでした。なので住人たちはやっと魔女の呪縛から解放され、働くことを強制されず、自由になりました。
しかし、住人たちは思いました。
「あれ?自由になったのは良いけど、仕事以外何をすれば良いんだ?」と。
住人達は、かつて散々嫌そうにしていた労働に歪んだ快感を覚え、今もなおまるで社畜のように働くようになりました。
そして働くことは文化になり、私が今回訪れた街は「働き者の街」として定着するようになったのでした。
○
…と。なるほど、そう言う訳だったのですね。
私はカフェオレを片手に本を読みながらため息をこぼしました。
銀杏の葉が舞い散る木の下で、優雅に本を嗜む昼下がり。これもまた一興。私はカフェオレから立ち上る湯気に息を吹きかけながら、自分が過ごしたかった理想の時間に満足していました。
しかし私の気分とは裏腹に、街の住人達は今も変わらず熱い情熱を仕事に捧げているようでした。
「はぁ。相変わらず暑苦しいですね…。」
「だな。」
私の呟きにまさかの共感の声。私が顔を上げると、そこにはスーツを身に纏った女性が立っていました。髪色はカーディナルレッド、七三分けにした髪の間から覗くエメラルドのような瞳はまっすぐと私のもとへ向けられています。
「あの…何か?」
「アンタ、ちょっと聞いても良いか?」
アンタて。
「私の名前はククースです。」
「そっか。ならククース、少し聞きたいことがある。」
「まだ名前を聞いていません。」
「…雉野あけみ。これで満足か?」
あけみさんは少し不満そうな顔をしていました。
「はい。で、何ですか?私読書中なんで、手短にお願いします。」
「単刀直入に聞く。アンタ、この街で最近頻繁に起きてる失踪事件について何か知らないか?」
彼女曰く、この働き者の街では近年頻繁に失踪事件が起きているようです。しかも失踪するのはその家族もろとも。
失踪した人たちの店は皆一様に閉店し、彼らの行方は分からずじまい…だそうです。
「失踪した人たちの職業は順番に八百屋、魚屋、玩具屋、ピザ屋。なんの因果関係があるのかさっぱり分からない。」
「はぁ。」
「どう思う?」
「…よく分かりませんし、知ったこっちゃありませんね。」
私は途中で読むのをやめた本を閉じ、両手を上に上げながらそう言いました。
「それに、もしかしてそれ失踪事件でも何でもないんじゃないですか?」
「…どういうことだ?」
「ここは働き者しかいない街です。ですが、中にはどうしても働きたくない人もいるのではないですか?」
「まあ居るだろうな。そりゃ」
「ならばそんな方々が家族総出でこの街から出て行ったと考えるとどうでしょう?」
「…なるほど。確かに辻褄が合う。」
「つまりそう言うことです。失踪事件の真相は、働きたくない者達がこの街から去って行ったという考えであながち間違いでは無いのではないでしょうか?」
「…そうだな。」
私は饒舌になって自論を述べました。そんな私の発言に、彼女は訝しげな表情をしながらも納得しているようでした。
「…とりあえず、アンタの言う考えで今一度事件を見返してみるよ。協力感謝する。」
「どうも。では私はこれで。」
「おう。」
私は彼女に背を向けて歩き出しました。
○
「お前らー、夕方でも気合い入れて行けやー!」
「おー!」
夕方になっても、彼らの熱気は相変わらずでした。私は忙しなく行き来する人々の波を交わしながら、いつも通り今日泊まらせてもらう家を探していました。
「はぁ、どこかに居ないですかね?働く気がない家族は。」
この街の住人…いやこの街の家族は、皆この街の昔からの文化に侵されているようで、どの家族も一様に24時間労働に勤しんでいるようでした。しかも誰一人として嫌そうな顔をしておらず、「私は今日休むんだもん。」と言おうものなら、家族から白い目で見られること間違いなしの雰囲気に包まれていました。
私がそんな家族の一員になろうものなら、強制的に24時間労働させられることは火を見るよりも明らかです。
できれば夜は普通に睡眠を取るような家族が良いです。いや、もっと贅沢を言うなら働かなくて良い、みんな怠け者の家族が良いです。
この街のどこかにいませんかね?そんな素敵な家族。いませんかね?いないですか、そうですか。
「おわぁぁ、ぁぁぁあすみませんんねぇぇぇ。」
あ。
いました。そういえば一人だけいました。唯一働く気が無さそうな、街の人たちとは違ってやけにじめじめした雰囲気に包まれている人。
私は声のする方を振り返りました。
「馬鹿野郎!働きもしない奴がぶつかってきてんじゃねぇ!!」
「おほほぉ、酷い言いようですねぇぇ。」
相変わらずアイマスクをして、通行人にぶつかる迷惑な人。
彼女は今日、私とぶつかったあの不気味な女の人でした。
彼女…名前はフクーロさん。彼女の家は予想通りとても怪しげな雰囲気を醸し出していました。彼女の家は街外れにある一軒家。かなり年季が入っていて、天災が起きたら崩れてしまいそうです。街外れということもあって街の中心部と比べてかなり落ち着いていて、個人的には居心地の良い場所といえます。
「ただいまぁぁぁあ。」
私はフクーロさんの後に続いて家の中へ入りました。家に入った瞬間、じめじめした空気が私を包み込みました。家の外とは違って、彼女の家の中は居心地が悪そうです。
「おかえり…。」
書籍を片手に現れたのは、おそらくフクーロさんの夫。彼女と同じくフードのついたマントを身に纏い、アイマスクをつけていました。先ほども言いましたが、それって前見えてるんですか?
「ただいまぁぁ、ロウル。」
「…ククース。なんだその格好は?」
ロウルと呼ばれた彼は私の姿を見て、そう言いました。
「え…。」
「朝起きたらフードを纏えといつも言ってるだろ。今からでも良いから早く着替えてこい。お前もこのようになりたいのか?」
ロウルさんは右手でマントをどかし、自身の左腕を見せました。しかし、そこには左腕はありませんでした。
「は、はい。ごめんなさい。」
私は若干動揺しながら謝罪の言葉を述べました。そして私はフクーロさんが持ってきたマントを纏います。ついでにアイマスクも着けられそうになりましたが、一応丁重にお断りさせていただきました。
このようになりたいとは、一体どういう意味なのでしょうか?
「フクーロ、お腹が減った。」
「はぁぁい。今から準備しまあすねぇぇ。あ、ククース。ご飯ができるまでぇ、クーの相手をしてあげてねぇ。」
「クー?」
私が首を傾げると、私のマントを誰かが引っ張っているのを感じました。私は引っ張られている方に視線を移すと、そこにはフクーロさん達と同じ格好をした小さな男の子がいました。
「あそんで」
「遊ぶ?」
「かくれんぼ」
私は男の子に手を引かれ、家の奥へと案内されました。
「ボクが50びょうかぞえるから、そのあいだにかくれてね。」
「えぇ…。」
「じゃあいくよ。いーち…にーぃ…」
私はクーさんに言われるがまま、かくれんぼの相手をすることになりました。私は未だ内装がわかってない家の中を歩きながら隠れられる場所を探します。
「…不気味。」
家の中は相変わらず不気味でした。歩くたびに床は軋み、家の廊下の照明は蝋燭の灯りのみ、空気も重いしまるでお化け屋敷にいるみたいです。今から一人でこの家のどこかに隠れないといけないなんて、正直言って滅茶苦茶怖いです。
「うぅ…怖い…。」
私はあまりに怖いので泣きそうになっていました。私は涙を堪えながら、とりあえず一室の机の下に隠れました。
私は隠れながら怖さを誤魔化すために、部屋の中を一望しました。部屋に入るときに蜘蛛の巣に引っかかったので、恐らくこの部屋は使っていないのでしょう。しかし部屋の中に置かれた家具には、やけに生活感がある気がしました。まるでかつては人が住んでいたかのように…。
「みーつけた。」
「きゃっ!」
私は驚きのあまり尻餅をつけました。机の上から私の方を覗き込む彼の口角が徐々に上がっていきます。アイマスクをしているのでよく分かりませんが、彼が嬉しそうなのはなんとなく分かりました。
「おねえちゃんのまけ。」
「ええ、負けですよ。負けでいいからもう終わりましょうよ。」
「やだ。つぎはぼくがかくれる。」
「えぇ~。」
「じゃあ50びょうかぞえてね。」
クーさんは私を壁の方へ向かせて部屋の外へ出ていきました。私は仕方なく50秒数えて、彼を探すために部屋を出ました。
「もう…なんでどこにもいないんですか。」
それから私はあちこち探し回りましたが、どこにもいませんでした。私は上の階から順番に探しましたがどこにもいません。部屋に入るたびに蜘蛛の巣が髪の毛に掛かりますし…もう嫌です。
私は半泣きになりながらあちこち探し回りました。そして私はとある場所の前にたどり着きます。
「地下室?」
それは地下へと続く階段でした。階段の下には古びたドアがあり、気のせいかもしれませんが少し人の気配を感じました。
私は恐怖で足が震えているのに気付きます。けれど私は、目の前のドアにとても興味がそそられます。私は震える足を動かし、階段を降りようとしました。すると
「おい。」
「ひぃっ!!」
私は肩をすくませ後ろを振り返ると、そこにはロウルさんがいました。
「そこは立ち入ってはダメだといつも言っているだろう。」
「ご、ごめんなさい。」
私は急いで階段を駆け上がりました。ロウルさんは私のフードをつかみ、私を足止めします。
「お前、なんだか怪しいな。」
「!?」
ロウルさんの鋭い目つきに、私の背筋が凍りました。
ロウルさんはそれから私に厳しく注意した後に、自分の部屋へと帰っていきました。私は足がすくんで動けませんでした。一応私がよそ者とはバレていないようでしたが、彼には随分と怪しまれてしまっているようですね。
「おそいよおねえちゃん」
「…あぁ。」私は情けない声を漏らしました。
「おかあさんがごはんだってさ。はやくいこうよ」
クーさんの言葉に、私はとりあえず安堵しました。
ようやくご飯の時間です。ロウルさんに怪しまれているのは少し心配ですが、とりあえずご飯を食べて落ち着くことにしましょう。
少し心配していたご飯の時間でしたが、彼らの家庭料理はいたって普通…というか意外と豪華でした。
目の前に並ぶのは魚、肉、野菜の豪華なご馳走。しかもどれも出来立てほやほや。私はさっきの恐怖を忘れ、料理を舌鼓を打っていました。まあ、依然としてロウルさんだけは私に対して疑いの目を受けているようでしたけど。
ある程度料理を嗜んだ頃、私は一つ疑問に思いました。
「あの…お母さん。」私は小声でフクーロさんに尋ねました。
「なぁぁあに?」
「お母さんとお父さんはどんな仕事をしているのですか?」
「何言ってるのぉ?私たちは働かなぁいわよ。」
やはりそうですか。
私が抱いた疑問。それは、なぜ彼らは働いていないのにこのような豪華な料理を食べられるのか?と言ったものです。
働いていないということは、彼らに収入が無いということになります。それなのにこんなに豪華な料理が食べられるのは謎です。一体どう言った仕掛けなのでしょうか?
…まあ私には知ったこっちゃありませんけど。
私はお風呂に入りながら、この後どうするかを考えていました。
はっきり言ってこのままこの家で夜を過ごすのはあまり良くないと思います。ロウルさんからも疑われているわけですし、お風呂からあがった後すぐにこの家を後にするのが賢明な気がしてきました。
それにこの家族からは少し危険な匂いがします。地下室の件もそうですし、豪華な料理の件もそうです。
「仕方がありませんね…。」
湯冷めしてしまいますが、やむを得ません。お風呂に入る前に帽子を脱いだので、あと20分ほどで帽子の魔力は切れます。
私はお風呂を出て、脱衣所でいつもの格好に着替えたのちに家を出ました。
こっそりと玄関の扉を閉めて、私は街の中心部へと歩き出しました。
街の中心部は相変わらず活気にあふれ、やけに煌々と光り輝いていました。この辺りのお店は閉まっているというのに大したものです。
「…24時間営業。」
私は家の近くにあった八百屋さんの看板が目に入りました。そこにははっきりと24時間営業と書かれていました。しかしおかしなことに、その八百屋さんは閉まっています。
「…え。」
そして私は順番に隣の店へと視線を移して気付きます。となりに建っている魚屋、玩具屋、ピザ屋…その全ては24時間営業という看板を下げているのにも関わらず、どの店も閉まっていることに。
「これって…。」
そして私は気付きます。
八百屋、魚屋、玩具屋、ピザ屋…フクーロ一家の家から続くこの四軒の店。それらは全て、今日の昼間「失踪事件」について調べていた女性の情報にあった店と一致していたのです。
「…うっ!?」
「やはりな。」
私が事の真相に勘づいたのも束の間、私の口を怪しげな臭いを放つ布が覆います。
「うふふぅ、この子が私たちの秘密を探ろうとしたのねぇえ…ってあら?この子、今日会ったわぁぁ。」
「俺たちのことに勘づいた以上、生かしては置けない。」
「…ん~んぐっ!むぅっ!」
私は体を捩り暴れました。しかし私の抵抗も虚しく、私の意識は闇へと落ちていきました。
○
「…はっ。」
目が覚めると、そこは真っ暗な部屋の中でした。私の体は椅子に縛り付けられて身動きが取れません。
「助けて!」
どんなに大声で叫んでも返事はなく、私の声は虚しく小さな部屋の中で反響しました。
「無駄よぉお~。ここは地下だから、どんなに声を出してもむぅぅだぁああ。」
そんな私を嘲笑うかのように現れたのはフクーロさんとロウルさん。ロウルさんの片手には私の帽子が握られていました。
「この帽子からやけに強い魔力を感じると思ったら、まさかこの帽子は他人の家族になれる魔法具だったとはね。どおりで君のことを娘だと思い込んでいたわけだよ。」
やはりロウルさんには私の帽子の魔力に勘付かれていたようです。
まずいですね。この状況、どう足掻いても絶望的な未来しか見えません。
かくなる上は…
「失踪事件の犯人はあなた達だったのですね。」
「…なぁぁーんだ。まだ気付いてなかったんだねぇぇえ。」
こうなったら、事件の真相だけでも冥土の土産に聞かせてもらいましょう。…と、ヤケクソになって強がる私。けれど私の足はガクガクと震えていました。
「私の予想はこうです。あなた達は働きたくないけどお金がなければ生活が厳しい。だから働き者の家を襲撃し、金品を奪って、証拠隠滅のために彼らを殺した。違いますか?」
「…ああ、おおかたその予想で間違いないさ。」
「失礼ねぇええ殺してなんかないわぁよぉ。みんなここにいるわ。」
フクーロさんの背後にあった大きな扉が開き、そこにはおそらく失踪事件で行方不明となったのであろう人たちがいました。八百屋さんの格好をしている人や、魚屋さんの格好をしている人など、間違いありません。
彼らは目にアイマスクを被せられ、眠っているように横たわっていました。どうやら死んでいるわけではないようです。
「みんな働いて疲れていると思ったからぁ、私がこうしてあげたのよぉお。私たちがつけてるアイマスクには人を眠らせると同時にぃ、その人の時間の経過も止めることができるのぉぉお。まあ私たちがつけても平気なんだけどね。」
「…まあ、本当は殺そうかと思ったんだが、フクーロがどうしてもというからこのような形で閉じ込めておいた。実に不本意だが、まあこいつらから多額の金品を奪えたから良しとしよう。」
ロウルさんは私にゆっくりと歩み寄り、言いました。
「どうだ?これが俺の家族の生き方だ。」
「最低ですね。」
「…なんだって?」
「あなた達のやっていることはただの八つ当たりです。働きたくないからって、真面目に働いている人から金品を奪うなんて最低としか言えませ…」
「お前に何がわかる!!」
彼の怒号が小さな地下室に響きます。そして彼は私の顎に指をあてがい、私の顔を上向かせました。
「人の苦労も知らないくせに、偉そうなことを言うな!!」
「ええ知りませんよ。私とあなたは所詮赤の他人です。私は赤の他人のことなんてどうでも良いと思っている性分ですから、当然あなた達の苦労なんて興味ないです。知ったこっちゃありません。」
彼を睨みつけ、私は先ほどまで抱いていた恐怖を忘れてそう吐き捨てました。
一瞬歯を食いしばり指に力をいれる彼。しかしすぐに余裕がある表情に戻り、私のことを見下しながらニヤリと笑いました。
「……フッ。まあいい、どうせお前もアイツらの仲間入りさ。やれ」
「何を…むぐっ!」
私の口を後ろから誰かが塞ぎました。
視線を斜め後ろに向けると、そこにはクーさんがいました。
「俺たちの秘密を知ってしまった以上、生きて帰らせるわけにはいかない。お前にはここで死んでもらう。」
「んー!」
「あばれないでね。」
私は口にガムテープを貼られ、完全に喋れなくなりました。
必死に身を捩り、拘束を解こうとしても解けない。叫ぼうと思って声を出してもくぐもった声しか発せない。私はさっきまでの妙な余裕をすっかりなくし、半泣きになりながら必死に抵抗しました。
「はぁあーいこれがあなたのアイマスクよぉぉお~。今楽にしてあげるからぁねぇぇえ~。」
「生憎だが、このアイマスクをつけても他の奴みたいにはいかないぞ。このアイマスクをつけた瞬間、お前は永遠の眠りにつく。お前はここで短い生涯を終えるんだ。」
「んーっ!!むぐっ…ふっー!!」
私の抵抗も虚しく、アイマスクを持ったフクーロさんは徐々に私に近づいていきます。涙でぐしゃぐしゃになる視界、自分の声とは思えないほどくぐもった声、もがくたびに締め付けられる縄の痛み、その全てが恐怖を倍増させ、私の置かれている現状を痛いほど思い知らされました。
私は死を覚悟しました。どうせ私の人生、思い返してみれば別にたいしたことはありませんでした。正直こんな最期は不本意ですが、辛くてつまらない、そんな人生がここでようやく終わるんだと考えると悪い気はしない…
「ううぅー!ぐぐぐっー!」
嘘です。死にたくないです。
私は椅子ごと後退り、フクーロさんから距離をとりました。しかし椅子の脚が床の亀裂に引っかかり、私はそのまま後ろへ倒れてしまいました。
「うふふ、ごめんねぇえぇえ。あなたとはお友達になれそぉな気がしたんだけどねぇえ。」
「…うー。」
ゆっくりと私の視界をアイマスクが覆います。
私は目を瞑りました。
完全に抵抗を諦めた、その時…
バン!
「そこまでだ。お前ら、動くんじゃねえぞ。」
勢いよく地下室のドアを蹴破ったのは、昨日の昼間、私に聞き込みをしてきた赤髪の女性、あけみさんでした。
ペリペリペリ…
「だいじょーぶかー?」
口に貼られたガムテープを、あけみさんは強引に剥がします。
「ウウッ…痛いですぅ。」
「まあそう泣くなって。助かったんだから、もっと嬉しそうにしろよ。」
「………っ。」
「…はぁ。だから泣くなって言ってんだろ?ほら」
あけみさんはハンカチを取り出し、私の涙をそっと拭いました。私は余計に泣きました。
椅子に拘束されていて自分で涙を拭えず、恥ずかしいことこの上ないのですが、私はどうしても泣くのを我慢できませんでした。あけみさんはそんな私に対し、少し戸惑っていました。
やがて私は落ち着いて、やっといつものように喋れるようになりました。
「落ち着いたか?」
「…ありがとうございます。あけみさん。」
「礼は要らねえよ。私は自分の勘に従っただけさ。」
あけみさんはタバコに火をつけて、今度は動けないように拘束したロウルさん達の方へ行きます。
「…。」
「アンタらが失踪事件の犯人だったんだな。まあ安心しな。人は殺してないし、ククースのことも殺そうとしたけど結果生きてるから、アンタらは死刑にはならない。だが、相応の罰は受けてもらうからな。覚悟しろよ。」
「…お前もあいつと一緒だな。俺たちのことを何も分かっちゃいない。」
「ああアンタのことなんざ知らん。私は事件を解決できればそれで良い。行くぞ」
あけみさんが引く縄には、ロウルさんを先頭に3人の家族が繋がれていました。おそらく事件の首謀者はロウルさんなのでしょうが、フクーロさんやクーさんはどうなるのでしょうか?彼と同じように、二人にも重い罰が課せられるのでしょうか?
まあ私には知ったこっちゃありませんが。
「…誰も理解しちゃくれないんだ。俺たちの苦労も、全部…。」
小さく呟きながら、地下室の階段を登っていくロウルさん達。私は彼らの姿を遠目に見ながら歩いていました。
やがてあけみさんは玄関まで辿り着きました。彼女は勢いよく玄関のドアを蹴り開けました。
「…わ、眩し。」
開いたドアから入り込んだ光は、暗い家の中の闇を払い、ロウルさんを照らします。
「ゔっ…ゔぐぐ…ゔぁああああああああああぁあぁあああぁあ!!!!」
その瞬間ロウルさんはもがき苦しみ、玄関の床を転げ回りました。繋がれた縄に引っ張られ、フクーロさん達は床や壁へと叩きつけられました。
「どうした!?」
「ゔゔゔ…はやぐ…どあを…しめろぉぉ…」
彼は苦しみながら、真っ暗な暗闇の先へ手を伸ばしました。あけみさんは慌てて玄関のドアを閉めようとしました。しかし、蹴り開けたことでドアが壊れてしまったようです。ドアはぴくりとも動きませんでした。
「…ぐっ…もう、だめだ…」
その言葉を最期に、ロウルさんは動かなくなりました。
「ロウルぅぅ?死んじゃったのぉお?」
フクーロさんは悲しげな声を発しながら動かなくなった彼の体を触ります。
その瞬間彼の体は灰のように崩れおち、跡形もなく消え去りました。
●
かつて働き者の街を統治した魔女には、一緒に暮らしている一人の孫がいました。
彼は根っからの怠け者でした。その性格は働き者には程遠く、彼は魔女にとって忌むべき存在でした。
ですが魔女は彼が成長して大人になれば、街の人々のように働き者になると考えていました。彼は魔女に負けず劣らずの優秀な魔法使いだったので、彼女はそれなりに期待していたのです。
しかし、彼は大人になっても怠け者のままでした。ある日痺れを切らした魔女は彼に説教をしました。「怠けず働きなさい」と彼女は言いました。魔女にとってそれは彼に与えた最後のチャンスでした。
しかし彼は
「ん?陽の光が眩しいから嫌だ。」
とふざけた返事をしました。
彼の態度は、魔女の逆鱗に触れました。
魔女は彼に呪いをかけました。彼の家族もろとも。
魔女のかけた呪い、それは『陽の光に当たると消滅してしまう呪い』でした。
呪いをかけられた3人は、街外れの小さな家に閉じ込められました。逃げようと思っても陽の光を浴びれば消えてしまうから逃げられない。彼らは働き者の国に居続けなければならなくなりました。
やがて彼らは呑気に働いている街の住人に強い嫉妬を抱くようになりました。
働き者を襲い、金品を強奪する。陰に潜みながら、彼らは汚い手を使うようになったのでした…
この文は、途中で読むのをやめた本の続き書かれた一文です。
○
「ところで、あけみさんはどうして彼らが犯人だと気付いたのですか?」
街を出る前、私はあけみさんにそう尋ねます。あかねさんはタバコを吸いながら言いました。
「…正直、私はアイツらよりアンタの方が怪しいと思ってたんだけどなぁ。」
「はい?」どういうことでしょうか。私は首を傾げます。
「この街に調査しにきて、私は真っ先にアイツらのことを疑った。だけど証拠がなくてアイツらを犯人としていいものかと思ってたんだ。そんな時、アンタに会った。昨日の昼間のアンタの証言は、明らかに今回の事件の真相を紛らわすような言い回しだったからな。余計に怪しいと感じた。」
「ほう。」変に口出しなんてするもんじゃないですね。
「私はアンタの後を尾行した。そして、アンタがアイツらの家に入っていくのを見た。その時どういうわけかアンタがアイツらの家族なんじゃないかと勘違いしてな。こりゃアイツらも黒だなと確信したわけ。まあ、結局アンタはただの被害者で家族でも何でもなかったんだがな。」
「ふむふむ。」というかそろそろ私の名前覚えてくれません?
「そうと決まればあとは強引に乗り込めば勝ちさ。私は気になることには頭を突っ込まずにいられないからな。まあ何でもかんでも突っ込むせいで、よく失敗するんだけど…。」
「私はそのあけみさんの性格のおかげで救われたというわけですね。」
「ああそういうことだ。」
あけみさんはドヤ顔でこっちをみてきました。
「…まあ、ありがとうございました。あけみさん。」
「感謝しろよ~じゃあな。」
彼女は私の頭をぐりぐりと撫でて、街の門をくぐっていきました。
私もあけみさんの後に続いて門をくぐります。その刹那、雲で隠れていた太陽が顔を出し、眩い日差しが私の行先を照らしました。
結局ロウルさんは何故あのようなことをするに至ったのでしょうか?それに何故ロウルさんは家を出た瞬間灰となって消えてしまったのでしょう?残されたフクーロさん達はこれからどうなるのでしょうか?
色々と思うところはありますが、私はそれらの疑問を晴らすことなく家出を続けます。
他人のことを詳しく知って何になるのでしょう?赤の他人の生い立ち、過去、抱えている悩みや苦しみ。それを私が知ったところで私になんの徳があるのでしょうか?
私は他人のことなんて知りません。
私は自分のことで精一杯ですから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます