第九話「ニートを抱える家族」


 空には立体的な影がついた雲な浮かび、列をなして、ゆっくりと空を移動していました。


 私は森を切り開いて出来た一本道をのんびりと歩いていました。さながら、空に浮かぶ雲たちのように。


 それにしても、なんだか久しぶりに森の木々を見た気がします。最近は都会の夜景やどこまでも広がる海の水平線ばかり堪能していたものですから余計に。


 やっぱり美しい景色を眺めると心が落ち着きます。淡いピンク色の髪の毛を2つのリボンで括り、おさげの形に整えた髪型をして、大きなマントのしたにはノースリーブの少し季節外れな服装のいかにもよそ者の私。

 旅人のように悠々自適に過ごしているように見える私。ゆく先々の景色を満喫する私は、さながら旅を楽しむ旅人のよう。しかし、私は旅をしているわけでも悠々自適に過ごしているわけでもありません。私はあくまで家出という名の長旅を送っているだけの、ただの家出少女です。


 ところで、今私が立っている大きな道の傍らには、たくさんのログハウスが立ち並んでいした。全てのログハウスの屋根からは小さな煙突が伸びていて、そこからもくもくと白い煙が立ち上っています。そしてそこに住んでいる住民は、心穏やかで自然の中の暮らしを満喫しておられる方ばかり。彼らは皆一様に充実した生活を送っているようでした。


「いらっしゃいませー」


「美味しいパンがあるよーそこのお姉ちゃんー」


 道の片隅で屋台を開いている小さな姉妹が私のほうを向いて手を降っています。私は気付いたらその屋台から香る良い香りに誘われていました。


「「いらっしゃーい」」


「その美味しいパンとやらを頂けますか?」


「「まいどありー。ありがとう優しいお姉ちゃん。」」


 私は彼女たちが丹精込めて作ったであろうパンを片手に歩きました。いやあ、今日は実に良い日ですね。


 大きな道を右に行ったり左に行ったりしながら、私は今日泊まらせていただく家族を探して歩きました。


 この近辺の森の中は豊富な資源と食料が整っていて、もし家がなくとも生活できるような環境なのだそうな。しかし人目に付きやすい開けた森なので、誰も森の中でサバイバル生活を送ってみようとはしません。もしあの開けた森の中でワイルドなサバイバル生活を送る人がいるのならば、おそらくその人はとても目立ちたがり屋でしょうね。


「さて、どの家にしましょうかね…ん?」


 どの家族か良いかいつものように探していると、私の視界に小さな掲示板が入ってきました。

 私は興味本位でその掲示板を見てみることにします。


「…雉野ジャーナル、新コーナー。色々やってみた?」


 私は一番に目に入った一つの記事を読んでみました。



___雉野ジャーナル新コーナー 色々やってみた

 

 この企画は記者である私が様々な体験をしてその感想を皆さんにお届けするというコーナーです!皆さんに楽しんでもらえるように頑張るであります!

 さて今回は昔流行ったミントスコーラをやって見ようと思います。

 まずはミントスとコーラを用意して、これら2つをドッキング!

 結果は写真の通り大成功!見事な吹き出し具合です!凄いです!まるで魔法みたいですね☆

 気になる方はぜひやってみてください!以上!



「…うわぁ。」


 思わず声が漏れました。


 何なんですか?この発想力が乏しい企画内容は。酷いです。とにかく酷いです。もし許されるのなら、この記事をここから引っ剥がしてベリベリに破いて差し上げたいところです。


 こんな記事、掲示板に貼ることはおろか、世に出して良いような出来じゃありませんよ。


「酷い出来ですね…」思わず毒を吐く私。


「だろ?こんな記事じゃ売れねえよな。」


 そんな私に言葉を返す人がいました。私は声がする方を振り返ります。そこにはちょびヒゲの生えた、ダンディーなおじさんが立っていました。片手には雉野ジャーナルと書いた雑誌の束を持ち、目の前の台車にも大量の雑誌が重ねられていました。


「貴方は?」


「俺は雉野ジャーナルの販売人のジラードだ。よろしく。」


 名刺を差し出すジラードさん。名刺には彼の連絡先とジラードさんの名前、雉野ジャーナルの住所が書かれていました。


「私の名前はククースです。あの、なんかごめんなさい。」


「いや。君が酷いと思う気持ちもわかる。この記事は俺も酷いと思う。」


 ジラードさんは頭をぼりぼりと掻きながらため息をつきました。


「これを書いたのはうちの優秀な記者なんだ。アイツは普段は優秀なんだけど、最近どうも不調でな。なかなかおもしろい記事を書いてくれないんだよ。」


 曰く、雉野ジャーナルにはとても優秀な記者がいるそうです。その人はネタが有るときはとっても良い記事を書くらしいのですが、最近はネタがなくスランプに陥っているそうで。だからこんな流行りの二番煎じな記事しか書けないそうです。いや、にしても酷いですけどね。


「しかし、どうして掲示板にこんな記事を貼り付けているんですか?こんな恥ずかしい記事を大々的に公表するなんて、雉野ジャーナルにはプライドがないんですか?」


「…言うねぇ。」


「あ、すみません。」つい発言に毒が混じってしまいました。


「最近のメディア業界は過酷でね。生き残るためには、誰も取り上げたことのない斬新で、かつ面白いコーナーを企画する必要があるんだよ。そしてその面白いコーナーをピックアップして様々な場所に掲示する。そしてその内容に興味を持ってくれた人に買ってもらうっていう手法をうちはとっているんだよ。」


「なるほど。」


「でも、まあ肝心の記事が面白くないから良くないよな…。ククースちゃんの言う通り、うちの会社にプライドがないと思われるのも無理はない。」


 ジラードさんは掲示板に貼られた記事を指でなぞり、またもやため息を吐きました。


「あと数日も経たないうちに、この掲示板にも貼られなくなるってよ。なんと言うか、まあ…。」


「良いじゃないですか。貴方もわざわざここに貼らないで済むんでしょ?仕事が楽になるのでは?」


 おっと、また口が滑りました。


「…確かに楽にはなるな。」


「冗談ですよ。」


 私は愛想笑いに愛想笑いを重ねました。

 私の冗談にジラードさんは一瞬笑みを浮かべたように見えましたが、おそらく気のせいでしょうね。


「ところでククースちゃん。」


「何です?」


「そこまで言うんだったら、なにか良いアドバイスとかくれても良いんじゃないか?」


「アドバイスですか~」


「うん。だってこのままだと、仕事が減るのは良いにしても、その仕事すら無くなっちまいそうな気がするんだよな。」


 確かにこのままだと、彼の会社は潰れかねませんね。

 まあ正直そんなこと私の知ったこっちゃねーのですが、まあこういう時は適当なことでも言ってその場をしのぎますか。


 私は少し頭を巡らせて言いました。


「なら、珍しい家族とかを取り上げてみるのはいかがでしょう?」私の経験上、意外とこの世界は面白い家族で溢れていると思いますよ。


「家族?そんなんじゃ売れねえと思うけどな。」なら聞くな。


「もう良いです。私はこれで…」


「なあククースちゃん。温情措置で良いからよぉ、今日のあまり分買ってくんね?」


「嫌です。」


 私は丁寧に断って差し上げました。



   ●



 俺は世界一おもしろくて凄い男だ。


 だけど世間は俺の凄さに気づかない。

 けれど俺はそんな冷たい世間に屈しない。俺はいつか、時代が俺に追いついてくれることを信じている。


 俺は誰しもが働かなければならないこの社会に疑問を抱いている。世の社会人は強制的に働かされ、働かざるものは食うべからずのこの世の中。


 俺はこんな腐った世の中が許せない。だから俺はこの世の中に一石を投じるために、働かないという道を選択した!俺は勇敢でかっこいい男なのだ!なのに世間は俺に冷たい視線を送ってくる。だが俺は屈しない!さっきも言ったが、俺はいつか時代が追いついてくれると信じているのだ。


 俺の名前はジーユ。黒髪で赤いジャケットがトレードマーク。顔はイケメン。最強の無職だ。


 俺の家族は爺、親父、母さん、妹二人の六人家族。俺は三人兄妹の長男だぜ。惚れるだろ?ちなみに今絶賛彼女募集中だ。もし俺の家族になりたい人がいたら、ぜひ声をかけてくれぃ。


 ちなみに今オレは散歩中だ。


 俺がこうして街を歩くと、人々は皆俺の方を向いて笑顔になる。この感じ実に気持ちが良い。このまちの人は俺のスター性を感じ取っているようだ。いやあ、照れるなぁ。


「おっと!」


「ああ、すみません。」


 俺がよそ見をしていると、俺の前からやってきた一人の女の子とぶつかった。俺にぶつかってきたピンク髪の女の子は、可愛い声で俺に謝罪の言葉をのべてきた。ぶつかった瞬間の彼女の残り香が俺の鼻をくすぐる。甘い香りがした。この香り、彼女の顔立ち、間違いなく彼女は俺の好みの女性だった。


「…なんです?」


「……あ、いや。なんでもない。」


 俺は彼女に冷たい視線を送られ、とっさに目をそらす。


「え、えっとな。俺の名前はジーユ。俺はいつか有名になる男なんだ。」


「…はあ。」


「だからよ、その、今のうちに握手とかしてあげても…良いんだぜ?」


 俺は最高のキメ顔で再び彼女のほうへ振り向いた。しかし、もうそこに彼女の姿はなかった。



   ○



「何なんですか?あの人?」


 私は突如ぶつかってきた怪しさ満点の男性から小走りで逃げていました。


 彼はよほどの目立ちたがり屋なのか、自分のことを「いつか有名になる男」だと自負していました。こういう自信家な人ほど誰からも注目されず虚しい思いをするだけだと思うのは私だけでしょうか?いえきっと私だけではないと思います。


 さて、気付いたらもう夕方ですね。そろそろ今日泊まらせてもらう家族を決めましょうかね。今回は特にこだわりもないので、早いうちに帽子を被っておくことにしました。


「今日はいっぱい儲かったね~」「ね~」


 私がのんきに歩いていると、私の前方から屋台でパンを売っていた姉妹が歩いてきました。仲良く手をつないで、スキップをしながら帰る二人は実に可愛らしく、目に入れても痛くないです。


「あ、お姉ちゃん。」「おねーちゃんだ」


 二人は私の姿を見るやいなや、可愛らしい声で“お姉ちゃんだ”と言いました。そして二人は私のもとへ駆け寄ってきます。そういえば、今の私は帽子を被っていましたね。


「見て~今日はたくさん儲かったんだよ~」「だよ~」


 二人は小さな手のひらを私に向けて、本日の売上を見せてきました。急にそんなの見せられても反応に困るんですが。


「すごいですねぇ~」


 私は適当に返事をしました。そして私は帽子を被り、二人の幼い姉妹の家族になったのでした。



「私の将来の夢はお医者さんになることなんだ~」「私はパティシエになること~」


「へえ~そうなんですね~」


 私は二人に挟まれるように手をつなぎ、一緒に帰路を歩みます。二人はあるきながら自身の夢を語っています。私はそんな彼女たちに無関心そうな返事を返しました。


「私達はね、今日働いたお金でお母さんになにかプレゼントしてあげるの~」「るの~」


「へえへえ、それはそれは、良い志ですね~」


 思いがけず彼女たちの家族になってしまいましたが、彼女たちのお姉ちゃんは正直大変です。二人は私に休む間も与えず「あのね」「ねーねー」と話しかけてくるので、私は愛想笑いを浮かべるのも少し疲れてきました。


 なので私は途中から無言を貫きました。そうしているうちに私達は家へと到着しました。


 彼女たちの家族になった場所からここまで意外と距離がありましたね。もう日は暮れて、あたりはすっかり暗くなっていました。


「ただいまー」「まー」


 二人は元気よく玄関の扉を開けました。すると…


「馬鹿野郎!!お前はいつになったら真面目に働くんだ!!」


 中から物凄く大きな怒号が聞こえ、私たちの耳をつんざきました。


「まあまあ、そんな怒りなさんな。そんなに怒ってばっかりだと寿命が縮むぜ?お爺さん」


 未だその余韻が残っている怒号を発したお爺さんに対し、私の目前にいるヘラヘラした男はそう言いました。彼は黒髪で赤いジャケットを身にまとっていました。どこかで見覚えがある格好でした。


「ふざけるな!!」顔を真赤にして怒るお爺さん。


「それに俺は今日も街のみんなを笑顔にして回ったんだぜ?みんな俺をみると自然と笑顔になるんだ。やっぱり俺ってスター性あるのかも?」


「馬鹿野郎!!それは嘲笑だと、いつになったら分かるんだ!」


「ん?なんだよ、そのちょうしょーって?今は朝食じゃなくて晩ごはんだぜ?ついにボケちまったのか?おじいさんよぉ。」


「…。」


 おじいさんは怒りを超越したのかもはや無言となり、今にも噴火しそうです。

 一方でこの男、まるで反省する素振りを見せません。さっきから腕を組んでイキリ散らしています。まるで「俺の何が悪いの?」と言わんばかりの態度です。


 それに、無茶苦茶な言い訳にも妙に自信が満ち溢れています。自意識過剰というか、ナルシストというか、街で会ったときから思ってはいましたが彼は見ててすごく痛々しいです。


「なあ見ろよククース。あのじじいの怒った顔。まじウケるよな。」


「お兄ちゃんまたやってるよ。」ひそひそ「ほんとにおじいちゃん怒らせるのが好きだよね。」


 そして今の私はそんな彼の妹という状態でした。滅茶苦茶いやです。私は彼の実の妹である二人に少し同情していました。ついでに彼のおじいさんにも。


「ぐぬぬ…もう我慢ならん!」


 お爺さんはついに我慢の限界を迎え思い切り壁を殴りました。壁には大きな穴が開き、ボロボロと破片が零れ落ちます。


「第二十五回目の家族会議じゃ!!」


 とお爺さんは叫びました。私はものすごくめんどくさそうな予感がしました。


 

 食卓は和風の部屋にちゃぶ台と座布団という質素な作り。私は座布団の上に腰を下ろします。


 そして私の反対側にお爺さん、そして今回の母と、父が座っていました。そして私の隣には今回の諸悪の根源である男が座っています。依然として大きな態度で。


「お姉ちゃんちょっと斜めってる。」


「うーんと、こう?」


「違う違うもうちょっと右。」


 私の後ろでは姉妹のお二人が“第二十五回家族会議”と手書きで書かれた紙を障子に貼り付けていました。必死に背伸びをしながら。


「これで良い?」


「うん、ありがとうお姉ちゃん。」「ありがとー」


 私は背が届いていない彼女たちのことが気になったので、立ち上がって彼女たちを手伝ってあげました。二人はお礼を言い、私に続いて隣の座布団に腰をおろしました。


 しかし本当に可愛そうですね。二人はこんなに小さいのにこのような面倒事に付き合わないといけないなんて。私なら絶対に嫌ですね。


 私は退屈しのぎに指を組みながら待っていました。そしてしばらくすると


「ごほん、えーこれより!第二十五回家族会議を始める!」


 お爺さんはちゃぶ台を叩きつけそう言いました。


 冒頭は彼がいかに馬鹿野郎かを説明するところから始まりました。


 曰く、私の隣りに座っているジーユという男は三十歳にして無職。親のすねをかじり続けても尚働こうとしないとんでもないクズ野郎です。

 そしてそんな彼をお爺さんはなんでも叱責し続けてきました。しかし彼はわけの分からぬ言い訳をほざき「俺は人気者だから」とか「いつか時代が追いついてくれる」などとぬかして己の欠点を全く治そうとはしませんでした。


 そんな彼を更生させることを目的として、お爺さんは一週間に数回このような家族会議を開いているそうです。しかし第二十五回というところから察するに、なかなかうまく行かないのでしょう。お気の毒です。


 そしてそんなクズな息子の一番の被害者は彼の母親でした。彼女はジーユさんのようなダメな息子を育てた諸悪の根源として近所の人からあらぬ噂を広められました。


 「あんな息子に育ったのは彼女の教育が悪かったから」だとか「子供は親に似るというからきっと彼の母親もろくでもない人間なのではないか」など。彼女が良い母親かどうかは姉妹二人の良い子っぷりを見ればなんとなく察せるとは思うのですが、やっぱりこの世の中悪いことのほうが注目されやすいのでしょう。彼女は町の人達からの誹謗中傷の末に病んでしまいました。


 そして彼の父親はと言いますと、仕事はしているものの働きたくないという考えはジーユさんと似通っているようで、出来ることなら俺もジーユと同じように無職になりたいとお爺さん(父にとってはお爺さんは父親)に言ったことがあるそうでその時はひどく叱られたといいます。どうやらジーユさんは母親に似ていると言うよりかは、父親に似てしまっていると言ったほうが正しいのかもしれませんね。


 そして第2第3の被害者であるのが二人の姉妹。彼女たちは自分たちの屋台を開いて、お母さんのためにお金を稼ぐぐらいお母さん思いな女の子です。彼女たちはこの家族会議に飽き飽きしているようで、おじいさんが精を込めてジーユさんの至らない所を力説している中、二人で手遊びをしていました。


「おい、タケシもなんとか言ったらどうだ!こいつはお前の息子なんだぞ!」


「……。」


 背中を叩かれても、うんともすんとも言わない父親。


「じゃあ奥さんは…」


 お爺さんはお母さんの方を一目みやります。彼女はこの世に絶望したかのような暗い表情を浮かべていました。そんな彼女に申し訳ないと思ったのか、お爺さんは咳払いをして私の方に視線を移します。


「なあククース。お前からもなんとか言ってやってくれ。」


 お爺さんは私に意見を求めてきました。

 私はジーユさんに目をやります。彼はあろうことか居眠りをしていました。

 私からは言うことは何もありませんね。正直彼に付ける薬はないと思います。


「お姉ちゃん。びしっと言ってあげてよ!」「そうだよ!これ以上お母さんを泣かせないためにもさ!」


 姉妹二人は我慢できずにジーユさんを指差しながら彼のことを批判しました。


「でもですね…」


「…うるせぇなお前ら!」


 姉妹の言葉に反応したのか、今まで寝ていたはずのジーユさんは顔を上げ二人を睨みつけます。


「「ひいっ!」」


 あまりの威圧感に圧倒された姉妹は怖がって私の後ろに隠れました。


「おい、ククース。妹の分際で俺に文句を言おうだなんて思うなよ?俺は誇りを持って働かない道を選んだんだ。俺の人生は俺のものだ。だから俺の生き方には誰にも文句言わせない。」


「でも…やっぱり働かないとダメだよ!」


「うるせぇ!!」


「お兄ちゃんが働かないからお母さんは毎日苦しんでるんだよ!だからお願い!」


「あーもううるせえんだよ!!黙れ!!」


 ジーユさんは必死に説得する姉妹にものを投げつけました。彼が投げつけた物が彼女たちに当たりました。


「うう…うえーーん。」「うわーーん。」


 ついに二人は泣き出してしまいました。


「へっ、ざまあみろ。」


 彼はそんな二人の姿を見て高らかに笑いました。


「…………。」


 見ていられません。


「…そんなに働きたくないなら、働かなくていいですよ。」


「お?」


「おいククース!」


 にやけるジーユさんの奥で、焦りと怒りが入り混じった表情を浮かべるお爺さん。だってこれ以外に言えることなんてないでしょう。彼は意地でも働きたくないと言ってるわけですし。


 ですが私は今まで通りにしても良いとは一言も言っていません。


「だけどその代わり、この家から出ていってください。」


「あ?何いってんだ?」


 ジーユさんは私の胸ぐらを掴みます。彼は私より歳上なので正直滅茶苦茶怖いですが、私は怯まず言葉を続けます。


「「お姉ちゃん。」」


「ただで出て行けとは言いません。私に良い考えがあるんです。」


「なんだよその考えって。」


「貴方にはこのまちの近辺の森の中で暮らしてもらうのです。」


「ふざけんな!それに何のメリットがあるっていうんだ!!」


 大声で怒鳴り散らすジーユさん。私達のことをお爺さん達が心配そうに見ています。


「メリットならありますよ。コレを見てください。」


 と言って私が取り出したのは、ジラードさんからもらった名刺です。


「私はこの出版会社の人と知り合いなんです。この会社は今珍しい家族というのを取り上げているんです。噂によるとこのコーナーは密かに人気がでていて、いずれどんどん有名になっていくんだとか。コレはチャンスだと思いません?貴方が森の中で一人で暮せば、私がこの人づてにあなたのことを取材してもらいます。そうしたら貴方の名前は多くの人に知れ渡ることでしょう。」


「俺の名前が…たくさんの人に…」


「いつか有名になる男なんですよね?コレは大チャンスですよ。」


 私はニヤリと笑ってみせて彼に名刺を近づけます。

 正直こんな提案、うまくいくとは思っていません。普通の人なら、そんな確証もない提案断ってしまうでしょうし。


「…俺が有名になる絶好の機会じゃねーか!やろう!やってやる!」


 しかし彼は思いの外単純でした。


「森の中には普通に暮らせる環境が整ってるから悪くないと思いますよ。ね、みなさんもそう思いません?ね?」


 私は思いっきり圧を込めてそう言いました。私が作った絶好のチャンス、無駄にしないでくださいよ?


「「「「「賛成!!!!!」」」」」


「俺も…」


 私の問いかけに賛成する五人。なぜかお父さんは俺もと言っていたように聞こえましたが、まあ良いでしょう。

 私にはこれ以上は知ったこっちゃないですからね。


「さて、そうと決まれば私も準備しないとですね…お?」


「「ありがと、お姉ちゃん。」」


「……。」


 私はお礼を言う二人を無視して廊下へと向かいました。


「もしもし、ジラードさんですか?お願いがあります。」


 そして私はジラードさんに電話をかけました。

 こうして第二十五回家族会議は全員の意見の合致によってようやく幕を閉じたのでした。



   ○



 数日後、私はとある家族の家を出ました。


 周りの家より一回り大きなログハウスなので少し期待していたのですが、正直残念です。

 私がとぼとぼと森と森に挟まれた大きな道を歩いていたそのときです。


「あーっ、見て!あれじゃない?」


「ほんとだ!見に行こ見に行こ~」


「あーあれが噂の…」


 何やら騒がしいですね。私はマントを羽織り、わいわいがやがやと盛り上がっている人だかりへと顔を出しました。


「見て!あれが噂の働かないで森で暮らす親子よ!」


「うわすげ。本当に森の中で暮らしてんじゃん!」


 人々が視線を向ける先には二人の親子がいました。


「うえーい。森での生活って案外楽勝だな。」


「ああ、これで俺も働かなくて済む。自然って最高~。」


 彼らは森の中での暮らしを満喫しておられました。働かなくて良いし、みんなからの注目を浴びれる。黒髪で赤いジャケットを羽織った男の人はとても満足そうにしていました。


「良かったですね~お爺さん。」


「ああ、これでダメな息子とその血を色濃く継いだ出来損ないの子供をなんとかすることが出来た。」


「ところであの男の人の奥さんはどうなったんですか?」


「あの人ならもう離婚するように話をつけておいた。あの人には本当に申し訳ないことをした。これからはもっと良い人を見つけて、幸せになってもらいたい。」


 何やら見覚えのあるお爺さんは、近所の人達にそう答えました。


 どうやらあのお母さんはお父さんと離婚するみたいですね。それが良い選択なのかどうかは分かりませんが、きっと彼女はダメな父親と息子の呪縛が解けて、ようやく肩の荷がおりたことだと思います。まあ、私には知ったこっちゃありませんが。


 私は再び大きな道の上へともどりました。そしてあの掲示板の前を通り過ぎます。


「よお、ククースちゃん。」


「あども、ジラードさん。」


 そこにはちょうど記事を貼り付けている真っ最中のジラードさんがいました。ジラードさんは以前お会いしたときとくらべて少し痩せているように見えました。


「拝見しても?」


「ああ、良いよ。」


 私は荷台に山積みとなった記事を一枚取りました。



___新コーナー 珍しい家族

 このコーナーは世界中の珍しい家族を私が直々に調査し、その実態を皆さんに知ってもらうコーナーです!もちろんノンフィクション!実録です!

 さて、栄えある珍しい家族第一号は「働かないで森の中で過ごす家族」ですっ!

 森の中でたった二人、俗世間から離れ自由に生きるその生き方に憧れる!?



 その記事には例の彼らの詳細が事細かに記載されていました。息子がずっと無職だったこと、そして彼の長ったらしい自論、そしてそんな彼に手を焼かされたお爺さんの話、人間関係が良くなく仕事が嫌になって息子と一緒に森の中で暮らすことにした父親の話、彼らが森の中で暮らす決意を固めたことで世界が変わったという話。


 そして、母親は決して間違った教育はしていなかったこと。母親は今、ダメダメな兄とは違ってとっても良い子な姉妹と一緒に仲良く暮らしていると書いてありました。


「意外とありふれた話題だと思ってたから心配だったけど、売れてよかった。この記事を読んだ数多くの無職たちがこぞって涙を流したそうだぜ?彼らに憧れて森の中で生活しようとするニートもいるんだとか。」


「あはは。それは…どうなんでしょうね?」


「なー。」


 私とジラードさんは記事に載っている二人の写真を見て笑いました。


「いやー本当にありがとうございました。」


「いえいえ。ククースちゃんも良いネタを提供してくれてどうもありがとう。」


 ちなみにこの“珍しい家族”というアイデアは私が発案したものなのです。

 どうやら私が電話をしたときには、もうこの企画が記者さんに気に入られたらしく、珍しい家族第一号は彼らを取材してくれと話をつけるのは簡単でした。


 そして私はその記事を一番にこの街の掲示板に貼ってくれとジラードさんにお願いをしました。そしたら彼は快く受け入れてくれ、記事ができるやいなや、すぐにこの掲示板に試作品第一号が貼り付けられました。そしてこの街を起点に噂は広がり、今や彼らは多くの人に知れ渡る大スターです。


「それに礼を言いわなきゃいけないのはこっちの方だ。ククースちゃんの提案がなかったら、いまごろ俺は職を失う所だった。君が良いネタを提供してくれて、そのネタを得た記者がまるで水を得た魚のように本領発揮してくれたから、もう雉野ジャーナルの売上は右肩上がりさ。うちの社長も、心から君に礼を言うよだってさ。」


 私にお礼を言い終えたあと、大きなあくびをするジラードさん。


「でもジラードさんはあんまり嬉しそうじゃありませんね。」


「…仕事が増えたからね。」


 ジラードさんの視線を追った先には、大量の雑誌が重ねられている台車がありました。


「…もしかして、これを全部押しながら?」


「売上があがったことで貼らなきゃいけない掲示板も増えたし、売らなきゃいけないノルマも増えたし、挙句の果てに給料は少ししか増えない。正直言って滅茶苦茶ブラックだと思うわ、うちの会社。」


「あはは、それはお気の毒に。」


 彼にとっては仕事が少ないほうが嬉しかったみたいです。私は愛想笑いをしました。


「そういえば、うちの記者が君にぜひ会いたいと言っていたんだが。」


「私にですか?」


「あいつ君に会わせろ会わせろってうるさいんだよ。なあククースちゃん。会ってくれないか?」


「嫌です。」


「じゃあそのかわりにこの記事買ってくんない?」


「それも嫌です。」


 私は丁重にお断りして差し上げました。



 空を見上げるとそこには雲ひとつない青空が広がっていました。

 私はのんびり気ままにあるきながら、街の出口へと歩いていました。すると


「お母さんはやくー!」「はやくー」


「待ってーふたりともー」


 前からあの姉妹とお母さんが仲良く歩いてきました。彼女たちのお母さんはすっかり元気になっていて、幸せそうな表情を浮かべていました。やっぱり彼女はあの二人のことで相当苦しんでいたのでしょう。彼女たちの彼女から異物を取り除いてあげたおかげで、彼女の肩の荷が下りたようで良かったです。


「うわっ。」お母さんの方ばかり見ていたものですから、私は走ってくる姉妹の妹さんに気が付きませんでした。私にぶつかって大きく尻餅をつく妹さん。


「ごめんなさい。」


「大丈夫ですか。」


 私は彼女に手を伸ばします。


「いてて…。あ、ありがとう。お姉ちゃん。」


「…私は貴方のお姉ちゃんではありませんよ。」


 私は思わずそうつぶやきました。私の言葉に彼女はピンときていないようで彼女は首をかしげていました。


「大丈夫?」妹さんに彼女のお姉ちゃんが追いつきます。


「うん。全然平気!」


「なら良かった。ほら行くよ!お母さんに追いつかれちゃう!」


「あっ、待ってよお姉ちゃん!」


 私の隣を二人は通り過ぎていきました。


「はぁ、はぁ、もうダメ…。」


 二人を追いかけていた母親は、私の前で膝に手を置き息を整えます。


「元気なお子さんですね。」


「ええ、元気すぎて困っちゃう。」


 かなりしんどそうなお母さんを気にかけた二人は、お母さんに駆け寄ります。


「大丈夫?お母さん。」


「もしかして病気!?」


「平気よ。少し疲れちゃっただけだから。」


 お母さんはオーバーなお姉ちゃんの頭を撫でます。


「病気になっても大丈夫だよ!私、将来お医者さんになって、お母さんを治してあげるから。」


「私も!私も!あ、私はパティシエだった。まあいいや、いつか私はお母さんに美味しいスイーツを食べさせてあげるね!」


「ふふふ、嬉しいわ。」


 お母さんは二人の姉妹と手をつなぎ、仲良く歩いていきました。とても幸せそうな表情で。


 私はそんな彼女たちに背を向けて、街の出口へと歩みました。

 あの二人はきっとあのニート息子のようにはならないでしょう。きっと彼を反面教師に、良い仕事に就くはずです。それこそ二人の夢に向かって…。


 

 まあ私の知ったこっちゃないですけどね。

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